紳士服業界の重鎮・赤峰幸生さんが、3年ぶりのイタリアで再確認したクラシックの真髄とは?

紳士服業界の重鎮・赤峰幸生さんが世界のトラッドを解説するセカンド誌での連載。ついに最終回を迎えるにあたり特別編として、赤峰さんにとって3年ぶりとなるイタリア出張に同行。衣・食・住を一貫するクラシック文化の奥深さを、改めて実感させてもらった。

赤峰幸生|1944年東京都目黒区生まれ。桑沢デザイン研究所を卒業後、ChippやWAY-OUT、グレンオーヴァーといったトラッドブランドの企画、デザインを手掛ける。近年はカスタムクロージングブランド「Akamine Royal Line」を軸に、YouTubeやSNSをはじめ、様々な媒体を通して、クラシックな衣食住の文化を次世代に伝えている。2022年10月に発売された写真集『赤峰幸生の暮しっく』が、大好評発売中。売り切れる前にチェックを!

ちょい不良だけがイタリア文化にあらず!

『世界トラッド漫遊記』の最終回は、なんとイタリアからお届けします! 赤峰さんにとっては、とても縁深い国なんですよね。

赤峰 そうです。1980年代から仕事で足繁く通い、90年代後半にはミラノにアパートを借りて、ほぼ住んでいましたから。

イタリアというとピッティを闊歩するちょい不良オヤジのイメージが強いですが、赤峰さんも昔はちょい不良だったとか?

赤峰 そういうのは、私が一番嫌いなイタリアですから!

失礼しました!

赤峰 私は少年の頃から、ロベルト・ロッセリーニの『無防備都市』や、ルキノ・ヴィスコンティの『揺れる大地』といったネオレアリスモの映画を見て育ちました。敗戦後の貧しいイタリアを舞台に、現実を直視した社会的な映画作品のムーブメントです。自分の社会に対する視点はこれらの映画を通して培われましたし、イタリアの映画監督の、見せかけではない格好よさにもずいぶん影響を受けました。ズボンの裾幅がどうだとか、表面的な装いだけをもてはやす傾向には、全く感心しませんね。

す、すみません。その文化の真髄とは一体なんでしょうか?

赤峰 塩野七生さんとか須賀敦子さんのエッセイくらいは読んでおいてほしいけど、端的に言えば、ひと口に“イタリア文化”と呼べないところなんですよ。

ミラノで開催される世界的な生地の展示会「ミラノウニカ」の視察や、生地の買い付けのために、約3年ぶりのイタリア出張を果たした赤峰さん。ミラノとフィレンツェでたくさんの旧友たちと再会し、心を躍らせていた。なかでも世界の紳士服業界における最重要人物であり、伝説の洒落者、ルチアーノ・バルベラさん(写真中央)に会えたのは、赤峰さんにとっても望外の喜びだったよう。ちなみに赤峰さんはイタリア語はペラペラだ!

イタリア料理”なんて存在しない。

それはどういう意味ですか?

赤峰 イタリアが国家としてまとまったのは、1861年のこと。それまではフィレンツェ共和国やミラノ公国といった具合に、多くの都市国家に分かれ、独自の文化を培ってきました。単純にイタリアと一括りにはできないんですよ。ですから、本来〝イタリア料理〟なんてものは存在しません。あるのはその土地ごとの、郷土料理なんです。だから私は、イタリア国旗を掲げているようなレストランには絶対に行きません。

観光地でよく見ますね()

赤峰 そうした風潮に異を唱えるべく、80年代に私が監修したのが、恵比寿のトスカーナ料理店「イル・ボッカローネ」。郷土料理というコンセプトを掲げたイタリアンは、日本で初めてでしたよ。

赤峰さんは日本にイタリア郷土料理を広めた先駆者なんですね! ちなみに、イタリアでよく行くお店はどちらなんですか?

赤峰 ミラノの「ラ・ラッテリア」には、もう何十年も通ってます。予約不可、クレジットカード不可という不便なお店ですが、オーナーのマリアさんが本物の郷土料理、家庭料理を食べさせてくれる食堂です。私はガイドブックなんて見ずに街を歩き回って、おじいさん、おばあさんがやっているようなお店を探す。そうすることで、その街の食文化を象徴するお店を見つけることができるんです。

赤峰さんが絶賛するミラノのレストラン「ラ ラッテリア」。トマトとカラスミのパスタ(上写真)、レモンと青唐辛子のパスタ、マグロのロースト、目玉焼きのカラスミパウダーかけなど、シンプルだけど驚くほど美味い家庭料理を頂けるお店だ。特にパスタの茹で加減は絶妙! イタリア料理=ヘビーという固定観念を覆してくれる

予約を取らない食堂スタイルのレストラン「ラ ラッテリア」。オーナーのマリアさん(写真)の人柄も素晴らしく、地元の人もセレブリティも連日行列をつくる名店だ。赤峰さんはミラノにアパートを構えていたとき、連日連夜こちらに通っていた。ちなみに店名の「ラ ラッテリア(LA LATTERIA)」とは、〝牛乳屋〟という意味
この記事を書いた人
2nd 編集部
この記事を書いた人

2nd 編集部

休日服を楽しむためのマガジン

もっと休日服を楽しみたい! そんなコンセプトをもとに身近でリアルなオトナのファッションを提案しています。トラッド、アイビー、アメカジ、ミリタリー、古着にアウトドア、カジュアルスタイルの楽しみ方をウンチクたっぷりにお届けします。
SHARE:

Pick Up おすすめ記事

夏を装いが物足りない時のひと工夫。涼しげな素材と優しい配色で気軽に“レイヤード”を楽しむ

  • 2026.04.16

シャツとジーパン。それだけで成立することは分かっていながら、やっぱりちょっと物足りない、と感じたときに思い出してほしいキーワード。それは、レイヤードだ。ぜひ夏の装いのひと工夫に加えてもらいたい。 涼しげな素材×優しい配色のレイヤード 夏に着るトップスはシャツとインナーだけになりがち。だが、シャツの下...

これが“未来のヴィンテージ”。綿、糸、編み機……すべてに徹底的にこだわる唯一無二のカットソー

  • 2026.04.27

綿、糸、編み機……。素材から製法まで徹底的にこだわり、唯一無二のカットソーを創り続けるライディングハイ。「FUTURE VINTAGE(未来のヴィンテージ)」を目指す彼らのフィロソフィは如何にして形成されているのか。プロダクトの根幹をなす代表・薄 新大さんの“アイデアの源”に迫る。 More tha...

スニーカー派こそ知っておきたい、「クラークス オリジナルズ」の名作シューズとその歴史。

  • 2026.05.12

ご存知、英国生まれのシューメーカー「クラークス オリジナルズ」。実は本誌が標榜するアメリカンスタイルとも縁深い同ブランドの魅力について創業から現代にかけての歴史や数々の名作とともに、再考してみたいと思う。 英国で生まれ、アメリカで人気に火がついた稀有な存在。 アメカジ好きの本誌読者の皆様は、クラーク...

大人の夏はゆるくてこなれ感があるコーデが気分。“アジ”のあるピグメントTとデニムさえあればいい

  • 2026.04.17

ハナから古着みたいに着られる、アジのある服が大好きだ。「ジムマスター」が今季推すピグメントTとデニムも、加工感が素敵。いい“アジ”を知り尽くすふたりも、どうやら気に入ったご様子です。 「MIA MIA Kuramae」ヴォーンさんは、ピグメントTにオールインワンを着崩して合わす! 色ムラによる古着ラ...

Pick Up おすすめ記事

大人の夏はゆるくてこなれ感があるコーデが気分。“アジ”のあるピグメントTとデニムさえあればいい

  • 2026.04.17

ハナから古着みたいに着られる、アジのある服が大好きだ。「ジムマスター」が今季推すピグメントTとデニムも、加工感が素敵。いい“アジ”を知り尽くすふたりも、どうやら気に入ったご様子です。 「MIA MIA Kuramae」ヴォーンさんは、ピグメントTにオールインワンを着崩して合わす! 色ムラによる古着ラ...

夏服選びはエイトジーで完成させる! “ちょうどいい”アメカジアイテムが続々登場

  • 2026.05.01

エイトジーで完成させるお気に入りの夏支度。アロハにショーツ、Tシャツなど、エイトジーらしい“ちょうどいい”アメカジアイテムが今シーズンも徐々に揃い始めているぞ。 生地、グラフィック、色合いがマッチし、まるで着るアートピースのような存在感。|Waikiki Leaf & Fish Lot:8A...

夏を装いが物足りない時のひと工夫。涼しげな素材と優しい配色で気軽に“レイヤード”を楽しむ

  • 2026.04.16

シャツとジーパン。それだけで成立することは分かっていながら、やっぱりちょっと物足りない、と感じたときに思い出してほしいキーワード。それは、レイヤードだ。ぜひ夏の装いのひと工夫に加えてもらいたい。 涼しげな素材×優しい配色のレイヤード 夏に着るトップスはシャツとインナーだけになりがち。だが、シャツの下...

これが“未来のヴィンテージ”。綿、糸、編み機……すべてに徹底的にこだわる唯一無二のカットソー

  • 2026.04.27

綿、糸、編み機……。素材から製法まで徹底的にこだわり、唯一無二のカットソーを創り続けるライディングハイ。「FUTURE VINTAGE(未来のヴィンテージ)」を目指す彼らのフィロソフィは如何にして形成されているのか。プロダクトの根幹をなす代表・薄 新大さんの“アイデアの源”に迫る。 More tha...

【連載】ビートルズのことを考えない日は一日もなかった

  • 2024.02.05

80年代、私的ビートルズ物語。 ビートルズ研究と収集に勤しむビートルデイズを始めて早44年(Since1980)。 なにをするにもビートルズが基準だった『昭和40年男』編集長のビートルズ史を、 当時の出来事とともに振り返ります。