独自設計のApple Siliconを持つことで、製品開発の自由を得た
2020年にM1が登場した時には驚いた。
それまで、Macはインテルのチップセットを搭載していたが、それでは製品開発のスケジュールがインテルのチップの開発の進捗に左右されてしまう。
初代Mac時代のMotorola、 PowerPC時代のMotorola、IBM、アップルの3社連合、そしてインテル時代、と、常にアップルは他社のチップセット開発スケジュールに左右されてきていた。自社製チップセットはアップルの悲願だったともいえる。
それが実現する基礎となったのがiPhoneの成功だ。iPhone 4に搭載されたA4から、アップルは自社でチップセットを設計するようになり、当初Samsungで生産されていたが、iPhone 6に搭載されたA8からは台湾のTSMCで生産するようになった。
その後、iPhoneの高性能化とともに、Aシリーズチップはどんどん高性能化するようになる。
チップセット高性能化の基本的な技術は、いかに細い回路を不具合なく生産できるかにかかっている。2014年のA8で20nm(ナノメートル)だった回路の配線の幅は、現在には他の追従を許さない3nmにまで至っており、これがiPhoneのAシリーズチップの高性能を支えている。スマホはパソコンとは比べ物にならないほど大量生産されるので、その数の力をもってして、アップルとTSMCは二人三脚で他の追従を許さない微細化技術を進化させた。
そして、2020年6月のWWDCで、『Apple Silicon』の開発が発表された。
それは、その数の力でコストを押し下げたiPhone用チップのコアを、たくさん積んでパソコンに利用するという計画だった。スマホの性能競争によって培われた処理能力の高さと、発熱の低さ、つまり消費電力あたりの処理能力が、従来のパソコン用チップセットに比べて圧倒的に高いのだ。
そして、2020年11月。M1チップを搭載したMacBook Airが発売された。どうやらこれは、当時販売されていたiPhone 12シリーズに搭載されていたA14 Bionicのコア数を増したものらしかった。A14 BionicではCPUの高性能コア2+高効率コア4、GPU 4コア、メモリ4~6GBだったのを、M1ではCPUの高性能コア4+高効率コア4、GPU 7~8コア、メモリ8~16GBとして、パソコンに必要な性能を稼いだ。
当時のインテルチップに対して、M1の性能は圧倒的で、Macの高性能化が大きく進んだのはご存知のとおり。
その後さらにコア数を増した、M1 Pro、M1 Max、M1 Ultraというチップが開発されていった。
M3登場わずか半年後に、M4がiPadに搭載されたワケ
そして、毎年、アップデートしていくiPhoneに並行して、回路の微細化技術が進むと、Mシリーズチップのナンバーも上がっていった。
5nmの第2世代の技術を使ったM2は2022年6月、他を圧する世界の頂点である3nmプロセスルールの技術を使ったM3は2023年10月に発表された。
iPhoneやiPadの下位モデルに使われるAシリーズチップと、MacやiPadに使われるMシリーズチップの開発タイミングはご覧のとおり。M1世代は、M1 Pro、M1 Max、M1 Ultraなどのバリエーションを作っていたせいか、長期間使われていたが、M2、M3と次第にサイクルが早くなる。
そして、今回iPad Proに搭載されたM4は、M3からわずか半年あまりの期間で発表された。ご存知の通り、まだM3シリーズはM3 Ultraが登場しておらず、MacBook ProとAir、iMacに搭載されただけのタイミングでの登場だ。
M4には、第2世代の3nm技術が使われているというが、現在のところこの技術はiPhoneにもMacにも使われていない。つまり、もっとも先進的技術がiPad Proに使われたということになる。
各アップルの製品ラインナップに、どのチップセットが搭載されたかを表にしてみよう(濃いイエローは現行機種。赤枠は最初に搭載されたモデル)。
M1世代はMac Proをのぞくほぼすべての製品に搭載された(M1の時代にはMacBook Air 15インチと、iPad Air 13インチはまだ登場していない)。
M2世代はiMacには搭載されなかったが、他のすべてのモデルに搭載された。
そして、M3世代はMacBook AirとPro、iMacに搭載されただけで、M4世代にバトンを渡しそうである(ここで、M3搭載機が出ても、どうも盛り上がらなさそう)。
発売したい製品のために、チップセットを準備する
アップルはチップセットが出来た順番に、マシンを開発していると、我々は思っていたが、どうも違うようである。
Apple Siliconの開発によって、アップルは、自ら必要とするチップを、必要とするタイミングで開発する自由を得た。
つまり、MacBook Air/Proシリーズに必要だから、M3、M3 Pro、M3 Maxが開発され、iPad Proに搭載する必要があるからM4が開発されたのである。
省電力性能と、小型で高性能が必要なモバイルモデルは最新の技術が投入され、そこまでシビアではないデスクトップモデルは、アップデート間隔を空ける戦略のようである。
MacBook Air/Proシリーズに搭載されるM3、M3 Pro、M3 Maxには、ビデオエンコードのための専用回路(メディアエンジン)が搭載され、M4にはタンデムOLEDを駆動するためのディスプレイエンジンが搭載された。iPad Proのディスプレイ技術の進化の途上にタンデムOLEDがあり、それを実現するためにM4チップが開発されているのである。ソフトウェアとハードウェア、そしてチップセットの開発まで、自社でハンドリングできるアップルならではの進化方向だ。
ディスプレイエンジンが次世代のMacに必要なのだろうか? MacBook ProにタンデムOLEDモデルが登場するのでなければこのディスプレイエンジンは不要なのだろうか? それともこの回路は、Macに積まれた場合、また別の役割を担うのだろうか? アップルは将来M4をMacに積む可能性についてはコメントしていない。
タンデムOLED用のディスプレイエンジンを持ったM4がMacBook Air/Pro、iMac、Mac miniなどに搭載されるかどうかは、今のところ分からない。
深層学習性能を司るNeural Engineの大幅性能向上
M4において、もうひとつアップルが強く主張しているのは、アップルはNeural Engineを大幅にパワーアップしており、AI分野においてもリーディングカンパニーであるということだ。
生成AIを推奨している人は「今回の発表会で、アップルはAIについて語らなかった」と感じており、アップルは「我々はAIのリーディングカンパニーである」と主張している。この認識のズレは興味深い。
アップルはChatGPTなど、いわゆるチャットベースの生成AIを直接OSに搭載することはしていない。生成AIは話題のアーキテクチャーではあるが、生成AIはハルシネーションの問題もあり、iPhoneなどに搭載した場合「iPhoneが間違ったことを言った」という印象を与えるだろう。リテラシーの高い層が、ハルシネーションが起こる理由なども理解して使う分にはいいが、iPhoneユーザーのすそ野はあまりにも広いので「コンピュータは正しいことを言う」と思っている人も多い。一般の人が使っても問題が起きないような実装が必要だろう。
対して、アップルは2017年発表のiPhone Xに搭載されたA11 Bionic以来、iPhoneやiPadのAシリーズチップや、MacやiPadのMシリーズチップに、深層学習専用のNeural Engineと呼ばれる回路を搭載している。搭載されて7年も経つので、OSやアプリのさまざまな部分に使われており、写真アプリで写っているものが何かを解説する機能や、ワンタップで写真を切り抜く機能、自然言語処理や、3Dゲーム、AR表現など、気付きにくいがさまざまなところで活用されているのだ。
『AI』という言葉の枠組みが人によって違うということかもしれないが、Apple SiliconはNeural Engineを搭載しており、深層学習処理において高い能力を持っているが、今話題になってる意味での生成AI機能を実装してはいない……ということになる。
しかし、他社のチップベンダーがようやく取り組みはじめたNPU(Neural Processing Units)については、もう7年も前から取り組んでいる。M4チップにおいても大幅にNeural Engineの性能は向上しており、なんと1秒間に38兆回の演算が可能となっている。高性能なNeural Engineや、それを活用してきた技術力は、エッジ側(端末側)で生成AIを活用するようになれば、きっと役に立つに違いない。
M2に対して1.5倍のCPU性能、最大4倍のGPU性能
CPUやGPUなど基本的部分の性能向上において、アップルは「M3搭載iPadが存在しないから」としてM2と比較しており、CPUパフォーマンスにおいてはM2より1.5倍高速、GPU性能においてはプロ向けレンダリングアプリにおいて最大4倍高速だと述べている。また、省電力性能も大幅に向上しているとのこと。
実際の性能向上幅については、iPad Proの試用機が手元に届いたらレビューできると思うので、そちらをお待ちいただきたい。
(村上タクタ)
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