マシュマロマンの絶大なインパクト
山本 井上さんの生年は?
井上 僕は昭和53 (1978)年ですね。
山本 『ゴーストバスターズ』を初めて観たのはいつ頃ですか?
井上 多分、小学校一年生ぐらいの時かな。茨城に住んでいたことがあって、その時ですね。
山本 茨城の映画館で観たんですか?
井上 映画館ではないんですよ。うちは当時眼鏡屋さんでして、隣がレンタルビデオ屋さんだったんです。うちの両親と顔馴染みで、一本分の料金で何本も借りられるとかいう風に優遇されてて、それで親父も借りてたんですね。その流れで僕も観たんですけど。あと当時の僕の幼馴染みが映画が大好きで。その子がずっと『ゴーストバスターズ』のことで騒いでたんですよね。当時は『グレムリン』( 84年)とかあの辺が大好きで、それでそういう映画があることを知ってすごく観たくて。ビデオになるなり観たっていう感じでした。
山本 劇中のお化けで当時印象に残ってたのはなんですか?井上シンプルに緑色のスライマーとか、お化けなのかわからないけどマシュマロマンですね。もう小学校一年生くらいだと、『ゴーストバスターズ』=マシュマロマンみたいな認識ですね。クラスにちょっと丸い子がいると「マシュマロマン」ってあだ名をつけたり(笑)。
山本 駄菓子屋でマシュマロ食べたりしました?
井上 好き好んでは食べてないんですけど、多分マシュマロマンを見た後に食べてるんですよ。最後にマシュマロマンが溶かされてビチョビチョになるじゃないですか。あれ見るとアイスクリームみたいでとても美味しそうですよね。それで食べてみたら「あ、こんな味なんだ」って思った記憶はあります。
山本 日本ではあまり食べないですよね。
井上 日本の文化にはないですよね。多分マシュマロマンでマシュマロを知ったぐらいじゃないかな。
山本 当時の『ゴーストバスターズ』の解説本に「ニューヨーカーはマシュマロをコーヒーに浸して食べる」って書いてありましたよ。確かスタバにもそんなメニューがあったような。あとバーベキューの時に串に刺して焼きマシュマロとか。アメリカの人はそうやって食べるんだと。井上映画を観てると海外の食文化とかお菓子文化とか、カルチャーの違いを感じますね。
山本 同時期にスピルバーグあたりが作ってた特撮物に比べると、大人っぽい雰囲気がありますよね。子供の時はどうでした?ラブシーンなんかあるじゃないですか。
井上 子供の頃はなんだかわかってないですよね。「門の神」と「鍵の神」が何を意味するかなんて全くわかってないし、ダン・エイクロイドが寝てる時に出てくる美女の幽霊のくだりなんて全く何一つ違和感がなかった(笑)。大人になってから「あー、下ネタなんだ」とわかった(笑)。
山本 そうね。大人の娯楽っぽかった。
井上 向こうのコメディってちょっと下ネタやるじゃないですか。だから案外気にしてないのかもしれない。普通に子供向けにも作ってるだろうし。そんなに気にしないんだろうなぁって思いますね。
リアリティとフィクションのバランスが絶妙
山本 『ゴーストバスターズ』の魅力ってどんなところですか?
井上 基本はコメディなんですけど、リアリティとフィクションというか、空想の部分のバランスがめちゃくちゃすぐれていると思って。子供の頃はもちろん何も考えずに観てましたけど、今自分が脚本とか書かせてもらってる身で観ると、そういう絶妙な何か、科学者ですけど普通のおじさんたちがいて、普通のニューヨークの街があって、よくいる人たちがいるなかに、ちょこっと出てくる緑色のお化けみたいな、あの感じがすごく絶妙で、おもしろいと思っています。あと、今となっては全然ですけど、子供の頃は観ててこわかったんですよね。〝番犬〞とか。笑えるところがあり、こわいところがあるっていうのも、緩急がすばらしいっていうのが大きい部分でひとつあって。あとはもうセンスの塊というか、狙ってるか狙ってないか両方あると思うんですけど、とにかくセンスがいい。それも芸術的にセンスがいいわけじゃなくて、庶民的な日常の一歩先にあるセンスのよさというか、そのチョイスが本当にすごいと思う。それにゴーストたちが陽気ですよね。日本の幽霊って基本的に陰湿でこわいイメージがあるけど。音楽も忘れちゃいけない。いろんなことが重なって、それが本当に魅力的なんです。
山本 脚本をダン・エイクロイドとハロルド・ライミスが書いてるんですけどビル・マーレーも含めて、『サタデー・ナイト・ライブ』(※1)出身だもんね。やっぱりコメディのセンスがある。
※1…1975年から現在に至るまで放送されているアメリカの人気コメディ番組。ロバート・ダウニー・ジュニアやアダム・サンドラーら大物俳優もこの番組の出身。
井上 日本だとお笑いやってる人で役者もやる人はもちろんいるけど、そんなに地続きじゃないっていうか。アメリカはテレビで人気のおもしろい人がハリウッド映画に出るっていうのがごく普通にあったんですよね。
山本 そのコメディアン人脈で言えば、『ゴーストバスターズ』は最初、ジョン・ベルーシとエディ・マーフィが出る予定だったんです。当初は4人目の黒人のメンバーももっと活躍する予定だったらしいね。
井上 すごくうるさそう(笑)。当初の予定のジョン・ベルーシとダン・エイクロイドとエディ・マーフィの3人だったら、ジョン・ベルーシは『ブルース・ブラザーズ』(81年)でぽっちゃりしているけど動ける人の印象があるじゃないですか。エディ・マーフィもアクションやってる人だから動けそうだし、結構アクション系の『ゴーストバスターズ』になったかもしれないですね。割とみんな機敏に動くという。なんか勝手な妄想しちゃう。実際のキャストはアクションというよりも演技で見せる人たちだから。あれはあれですごくよかったっていう気はします。その辺のおじさん感があって。
山本 さっき言っていたリアリティで言うと、ゴーストがスライムになってるじゃない。残骸がベトベトに。日本のお化けとか幽霊って実体がないですけど、アメリカの人たちが考える幽霊は物質になっているというところがね。日本とは考え方が全然違う。
井上 なんでスライムだったんですかね?
山本 なんかべとべとになってるあの画はインパクトありましたけどね。
井上 あの人たちはああいうのを見てるのかなあ?
山本 実際に幽霊っていうのは信じていないんだけど、ああいう物質的なゴーストっていうのはいるんじゃないかというね。
井上 全く透明のやつっていう概念があまりないのかな?
山本 お化けをビームで吸い寄せてボックスの中に閉じ込めてますから。あれも完全に生き物みたいな扱いですよね。
井上 なんか獣みたいな感じで、あんまり人間体のお化けもいなかったし。
山本 日本だったら、祈祷したり呪文を唱えたりして消すっていう方向ですよね。
井上 ホラー映画で観てても、取り憑いたりするのと、もしくは怪物系ですね。宗教的な理由もあるんだと思うけど、悪魔が取り憑くとかが多い。だから珍しいですよね。何年か後でもホラー映画は『死霊館』(2013年)みたいなやつはあってもスライムのは出てこない(笑)。
山本 この後デミ・ムーアの『ゴースト/ニューヨークの幻』(90年)ってありましたけど、あれは完全に目に見えなくて魂だけみたいな感じでした。あの作品はちょっと日本の幽霊に近づいたんじゃないですかね。
井上 もともと基本概念はそういうことなのかもしれないですけど、勝手にスライムにした可能性ありそうですよね。
山本 スライムは当時流行ってましたもんね。『ドラクエ』とかにも出てきて。
井上 でも、お化けをそういう風にしたところが快挙ですよね。
山本 なかなか思いつかないですもんね。最初に出てくるお化けのスライマーはオニオンヘッドって呼ばれてたんですけど、あれも人間の残飯をいっぱい食うという。オニオンヘッドもお化けというよりはモンスターですよね、見え方としては。
井上 オニオンヘッドとマシュマロマンが人気あるんですけど、やっぱりスライムを発明したのは本当にすごい。
山本 キャラ勝負なところはありますよね。
運動会のダンスのBGMがあのテーマ曲に!
山本 公開後にこの映画はブームになるんですけど、身の周りで流行ってるなって感じたことはありましたか?
井上 あんまりないんですけど、校庭の登り棒でゴーストバスターズが出動する時にするするっと降りていくマネをするとかですかね(笑)。
山本 僕は東京生まれなんですけど、完全にブームになってて、小学校の運動会でダンスって種目があったんですけど、そこで使われた曲がレイ・パーカーJr.の『ゴーストバスターズ』でした。
井上 へぇ〜。それは全学年でやるんですか?
山本 学年ごとに曲は決まってたかな?それまでは喜多郎(※2)の『シルクロード』というゆったりした曲が使われてたんですけど、翌年から『ゴーストバスターズ』になって、ダンスも飛んだり跳ねたり激しくなったんですよ(笑)。
※2…世界規模で活躍するシンセサイザー奏者。芸名の由来は「ゲゲゲの鬼太郎」から。
井上 子供が踊ってるとかわいい。そう言われると至る所で音楽は流れていた気はします。
山本 MTVとかありましたからね。
井上 絶対影響を受けていたとは思いますね。
山本 あと、公開された直後の『オレたちひょうきん族』の「タケちゃんマン」のコーナーで「トーストバスターズ」ってパロディをやったんですよ。
井上 (笑)
山本 たけしさんとさんまちゃんがゴーストバスターズのコスプレをして、スライマーの役をラッシャー板前さんが着ぐるみ被ってやってましたね。それでトーストをムシャムシャ食うという(笑)。それは異様に覚えてますね。でも映画とは全然内容が違ってて(笑)。『ひょうきん族』のスタッフも多分映画を観ないで作ってましたよね。
井上 あぁ、雰囲気だけで(笑)。
山本 あとコント赤信号の小宮さん(※3)が、リック・モラニスにそっくりなんで、「パーティやってるんだけど来ないか?」っていう風に出てくるんですよ(笑)。それがウケたから、タケちゃんマンになると小宮さんがあの格好で出てきて、「パーティやってるんだけど来ないか?」ってモノマネをしょっちゅうやってましたね。そういうのも含めて、ブームになってた感じはありましたよね。※3…1980年に渡辺正行、ラサール石井とお笑いトリオ「コント赤信号」を結成。とぼけた雰囲気が味わいのあるベテラン芸人。
井上 最近もブーム再燃というか、2016年の女性が主人公のリブート版も、その後の『アフターライフ』(2021年)も僕は好きなんで、ぜひシリーズを続けてほしいですね。『アフターライフ』のラストはちょっと続編を匂わせていたし。
誰もが楽しめる極上のエンターテイメント
山本 『ゴーストバスターズ』以前にSFのゴースト物で、ああいうテイストの作品ってなかったですよね。あの作風はスピルバーグやルーカスにはなかったですよ。
井上 あの人たちはもっと真面目でウエルメイドな作風ですからね。
山本 『ビバリーヒルズ・コップ』(85年)とかは近い。ああいう軽いノリというか。
井上 『ゴーストバスターズ』はコメディなんだけどビデオ屋でコメディの棚に並ばない内容というか。『バック・トゥ・ザ・フューチャー』(85年)も内容はコメディですもんね。
山本 そうですね。
井上 または『ポリスアカデミー』(84年)みたいに徹底的にバカバカしいコメディって感じでしたよね(笑)。
山本 80年代はあれも許されてたんですよね。それこそ『超能力学園Z』( 83年)とか『ザ・カンニング』(82年)とかみたいな。
井上 『裸の銃を持つ男』(88年)とか、『ホット・ショット』(91年)とか(笑)。
山本 ああいうおバカコメディも最近はあんまり流行らなくなった。
井上 多分『オースティン・パワーズ』(98年)あたりが最後。
山本 そうそう、『オースティン・パワーズ』も好きな人は好きだけど、乗れない人は徹底的に乗れないみたいなところはありますよね。
井上 そうですね、変に下ネタも入ってるし。
山本 そこが『ブルース・ブラザーズ』との違いですよね。『ブルース・ブラザーズ』は誰が観てもすごいと思うだろうけど、『オースティン・パワーズ』くらいからマニアックな方向にいきましたよね。パロディの元ネタを知ってないとおもしろくないみたいな。だから『ゴーストバスターズ』は『ブルース・ブラザーズ』の流れで、『ビバリーヒルズ・コップ』もそうですけど、誰もが楽しめるエンターテイメントだと思う。
井上 本当にセンスの塊っていうか、奇跡が全部合体しているんじゃないかっていう作品ですよね。
山本 状況とかタイミングとか、時代性もあると思いますけどね。
井上 自分もマシュマロマンみたいなのを考えようと思うけど、なかなかできないですよね。どうしても『ゴーストバスターズ2』(89年)の自由の女神みたいになっちゃう(笑)。
(出典/「昭和50年男 2023年9月号 Vol.024」)
取材・文・構成:山本俊輔 撮影:金子良一
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