奇跡と危機があって 現在の海島綿がある
服好きであれば、誰もが聞いたことがあり、着たこともあるに違いないシーアイランドコットン。しかし、この最高級綿が発展してきた歴史について詳しく知っている人間は少ないのではないだろうか‥‥。そこで、日本においてシーアイランドコットンの原綿調達およびこれを原料とする糸の生産と販売を手がけているシーアイランドクラブを訪問して話を聞いた。企画課の伊藤薫さんは、オーベルジュによるシーアイランドコットンプロジェクトで使われる糸の生産にも深く関与している。日本におけるシーアイランドコットンのスペシャリストだ。
「シーアイランドコットンの源流をたどると南米に行き着きます。現在のペルーとエクアドルの国境付近の海岸地帯ですね。ここを原産とする綿がシーアイランドコットンの祖先だとされています。考古学的な話になってきますが、この辺りの綿は紀元前の時代において、魚を獲るための網に使われていたことが遺跡調査からわかっています」
しかし、この頃の南米産原種は、まだ超長綿ではなかった。
「長い歴史をかけて人が移動するとともに綿花の種も一緒に運ばれ、その土地で育成されるようになっていきます(下の図の水色の矢印を参照)。南米から旅立ったシーアイランドコットンの原種(学術名:ゴシピウムバルバデンセ種)は、やがてカリブ海の島々へと到達します。そこでメキシコ原産の綿との遺伝子交配が何らかの事情で起きて、突然変異を果たすのです。メキシコ原産の綿も超長綿ではなかったのですが、このふたつが掛け合わされたことによって繊維長が長くなるという進化が起きました」
いつの段階で長くなったのか、どうして長くなることができたのか。これらについては現代の科学をもってしても判明していないという。いずれにしても、ふたつの綿花の出会いの奇跡が、シーアイランドコットン誕生の要因となった。
「カリブの島々が西インド諸島と呼ばれるようになるきっかけは、1492年にコロンブスがやってきたことです。コロンブスは、自分が着いた場所をインドの一部と思い込み、”インディアス”と呼びました。のちに、インドと区別するために”西インド諸島”という総称が与えられたのです。コロンブスの到達以来、西インド諸島は約100年に渡ってスペイン領でしたが、16世紀に英国が進出してくると綿花の栽培が盛んになります。現地の住民によって細々と行われていた綿花栽培が英国の国策として営まれるようになったのです」
18世紀には、英国にもたらされる原綿の6割以上が西インド諸島産になった。南米を旅立ち、カリブ海での奇跡の出会いで超長綿に進化したゴシピウムバルバデンセ種は、英国で王侯貴族から寵愛を受けることになった。そのあまりにも素晴らしい肌触りゆえに、西インド諸島産の原綿は、約200年にわたって英国が独占して自国に輸入するという政策がとられることになる。
「その英国独占時代に大きな役割を果たしたのがアメリカです。超長綿に進化したゴシピウムバルバデンセ種は、遂にアメリカにも到達します。18世紀後半になるとアメリカ南部沿岸のジョージア州シーアイランド地方において栽培が盛んになるのです。この地で産出される原綿が世界的に高い評価を得たことで、シーアイランドコットンという総称が生まれました」
シーアイランドコットンの旅路は、これからも続いていく
現在、シーアイランドコットンには西インド諸島産(ウエストインディアン・シーアイランドコットン)とアメリカ産(アメリカン・シーアイランドコットン)の2種類が存在。
「この状態になるまでには紆余曲折がありました。育成期間が長くて様々な手間がかかるうえ、単位面積あたりの収穫量が少ないシーアイランドコットンの栽培は、西インド諸島産において一時期は下火になってしまいます。そこには、機械化の力も借りて大規模に栽培できるアメリカ産シーアイランドコットンの競争力に勝つのが難しかったという理由もあるでしょう。
しかし、1932年には英国農務省の指導のもと、西インド諸島海島綿協会が設立、作付けから耕作、収穫、船積みに至るまで厳しく管理され、紡績も英国の3社に限定され、徹底した品質管理が行われていきます。西インド諸島産シーアイランドコットンのブランディングが再構築されたのです。その際、アメリカの地で選りすぐられてきた高品質な種がカリブ海に帰還しています(上の図の青色の矢印を参照)」
実はアメリカにおけるシーアイランドコットンの栽培も一度、大きな危機を迎えている。
「20世紀の初頭に壊滅的な害虫被害によって栽培が途絶えてしまったのです。別種の綿花栽培に切り替えられてしまいました。現在、テキサス州とニューメキシコ州の州境辺りで商業栽培されているアメリカ産シーアイランドコットンは、ニューメキシコ州立大学を中心として1980年代に開始されたプログラムを契機に、2016年にようやく復活したものです(上の図の紺色の矢印を参照)」
これまでに奇跡や危機を経験しながら、シーアイランドコットンの旅は何千年というスパンで続いてきた。今年、日本のオーベルジュが挑んだプロジェクトにより、旅路はひとつの区切りを迎えている。今後の方向性にも期待したい。
(出典/「2nd 2024年6月号 Vol.205」)
Photo/Yuta Okuyama, Norihito Suzuki, Shigeki Tsuji Text/Kiyoto Kuniryo
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