「大学時代は黒い背景ばかり描いていました。 “ポジティブ“が好きじゃないんです」
アトリエには大小さまざまな「顔」たちが雑然と並んでいる。相川さんにとって過去作品は、これまでの制作の証。働きながら描き続ける彼女の制作スタイルも気になる画角は決まって胸から上。「顔」のようで、その表情は感情を観る側の想像をかき立てる。多彩な配色、重ね、滲みから生み出される美しいグラデーション。その抽象 的な「顔」の表現には誰もが引きつけられる魅力がある。長岡造形 大学を卒業後、生まれ育った新潟市で制作活動を行いながら都内ギャラリーでも精力的に展示に参加する彼女が描く作品と、その制作スタイルを紐解いていく。
――相川さんが絵を描き始めたきっかけを教えてください。
小さい頃から「美少女戦士セーラームーン」のような可愛い女の子を描くのが好きでした。アニメや漫画をよく観ていたし、周りの大人に絵を描いてもらうのも好きで、「描いて!」とねだる子供だったようです。自宅にあるイーゼルは父から譲り受けたもので、今でも使っています。大学進学までは、ささっと描くようなペン画やアクリル画がほとんどでした。
というのも、とにかく早くたくさん描きたかったので、ペンやアクリルはすぐに乾くのが魅力でした。高校卒業後、絵で生きていきたいという気持ちを抱いて、新潟にある長岡造形大学のビジュアルアートコースに進みました。油画を本格的に始めたのはそれから。敬愛する大竹伸朗さんの作品に出会ったのもこの頃です。大学では油画を主 に学びながら、絵具が乾くのを待っている時間を使って、コラージュ制作もしていました。
――とにかく作品を多く描きたいという意志が強い印象です。現在は、働きながら制作活動を行っているとか。
仕事と制作活動は分けたい派。大学を出てからずっと制作活動を続けているので周囲からは「デザイナーになったらいいのに」と言われることもありました。でも、デザインって相手の意図を汲み取る仕事だなと。私には自分の描きたい絵しか描けないので、仕事は絵と全く関係のない職業に就きました。
学生時代はまだ若かったので、絵で食べていくぞ!と思っていました。現実は難しいことがよく分かったので、生活のために働いて、生きるために描いて、暮らしています。働きながら制作するのも、それはそれで時間が取れないので辛いですが……。
――これまでの作品を観ると、テイストや色使いがさまざまですね。
大学時代は暗い絵ばかり描いていました。背景は黒ばかり。今のような明るい色をほぼ使ってなかったんです。昔から、ポジティブな気持ちというのがあまり好きではなくて、どんどん暗い方へ没入していきましたね。
――なぜ暗い方へ?
同世代の活躍が眩しかったですね。それに、将来への不安もあったと思います。そんなとき、大学の先生が現代美術家・大竹伸朗の画集『全景』をたまたま借してくれました。それからは、アトリエでいつも画集を眺めていましたね。多作なところや活動のスタイル、彼のすべてがかっこいいです。その影響もあって油画が乾くまでの間に始めたコラージュは、卒業してからもしばらく続けていました。
――暗い絵からコラージュ、そしてなぜ油画に?
コラージュは急に飽きました。コラージュは失敗しても、上から重ねればいいんです。いい素材さえ見つけられれば良くなるので、如何様にも作れてしまう。私はもっと失敗したいなと思って。その分、油画は失敗が多くて、今作の失敗があって次作に進むことがで きるので、自分らしくていいですね。
必ず次のヒントになります。100点満点の作品ってなかなか出なくて、作品完成後すぐは「めちゃくちゃいい!」と思っても、翌朝、改めて見てみると全然良くないとか(笑)。時間を置くのがちょっと怖いですが、それがいいんです。
――最近の作品は明るい色が多いですね。何かきっかけが?
大学卒業後、一人で制作活動をするようになって明るくなっていきましたね。比較対象がいなくな った分、自由に描けるようになりました。あと、油絵具との出会いは大きいです。特に「ルミナスピンク」という発光色との出会いは劇的でしたね。画材屋さんで見つけて、その発色の良さに衝撃を受けました。
それから「黒」という色もやっぱり強い。どの色にも負けない強さが魅力的です。アクリルは乾くと色が変わってしまうけど、油はそのままの発色が作品になってくれるんです。今ではルミナスピンクは、すべての作品に使用しています。下絵を描くときも、輪郭はルミナスピンクからはじめるくらいです。
――大竹伸朗さんのように、相川さんも多作ですね。
描くのは短期集中型なので「描きたくないなー、失敗するかもなー」とウダウダと考えてから重い腰を上げて、そこからはさくっと描いてしまうことが多くて。描く手をずっと動かしていたくてコラージュを始めたので、スピード勝負。残念ながら駄作も多いです。
最近では、iPadのアプリでデジタル作品を描くようになって、また新しい扉が開いた感覚。油画は失敗が多いけど、画面上で描きたいものを試してみてから本番(油画)を描くことができるので。アプリでタッチも色も細かく選べるので、ストレスなくリアルに描けるのがいいですね。
油画の一発で描ける良さがありつつ、データ上でソフトからハードまでテクスチ ャーを表現できるのがミソです。油画は絵の中で迷いながら描き進めていく感覚。デジタルは画面上で実験できる便利さがあるのでどハマりしています。
――近年の作品では「表情」が著しく見えなくなっています。顔を描かないのはどうしてですか?
観る側に想像の余地を与えたかったんです。「これはこういう作品です」と説明してしまうのが苦手で、感情を読み取られたくなくて顔のパーツや目線が分からないようにと試行錯誤の末、この作風に辿り着きました。目を描くことにはずっと違和感があって、学生時代は逆に目をたくさん描いたこともありました。顔をなくしてから、今が一番自由に絵を描けています。
「耳のバリエーションは色々。耳を作品の軸にすることが多いのかも」
――作品によっては、顔のパーツが残っているものもありますね。
小さい頃からいろんな「顔」をよく見つける子供でした。トイレの壁の木目や部屋の壁紙に「顔」のようなものを見つけて遊んだり。最近になって、顔を認識しやすいのは不安が多い女性に多いという説を聞いて、少し納得しています(笑)。顔って飽きないんです。これまで全身を描いていたこともありましたが、結局作品をよく見たら顔を連想できる絵になって。モデルの写真を見ながら描いていたこともありますが、窮屈でした。近頃の表現は、輪郭も表情もぐちゃぐちゃになって、どこまで顔を崩せるかに挑戦するのが気持ちいいですね。 そのなかでも、耳はいつも残しています。描き方はさまざまですが、耳を軸にして顔を描いている場合が多いです。
――活動拠点は新潟ですが、最近では東京での展示も多くされていますね。
今年に入ってから、グループ展も含めると月1くらいのペースで展示に参加しています。来年になったら暇になるかも……という不安もあります。原宿の「THE blank GALLERY」でのグループ展が転機になったと思います。そこで絵が売れてから流れが変わって、お声がけをいただくようになり、東京での展示に頻繁に呼んでもらっています。東京は美大や芸大が多いので若いお客さんがよく見てくれて、SNSでの反応をくれるのは嬉しいですね。 これからも、東京での展示は積極的にしていきたいです。
――今後、拠点を変える予定は?
新潟のほうがアトリエを広くとれるので、あまり考えてないですね。今はSNSもあるし、住む場所はどこでもいいので新潟を選び続けるんじゃないかな。と言っても場所にこだわりがあるわけではなくて、意識していません。展示をしてみて思うのは、私の絵はあまり新潟の人に受けが良くないんです。「私の描くような絵、好きじゃないでしょ?」と思いながら描いていますよ(笑)
――作品にはどんなメッセージを込めていますか?
少しでも救われた気持ちになっ てもらえたら、と思っています。 美術館帰りの「なんだか、いいもの観れたな」という、なんとも言えない充実感が好きで。やっぱり私はポジティブな気持ちが好きになれないけど、救いのある絵を観てもらって、お客さんになにかを感じてもらえた、それはとてもステキなことですよね。
――今後、どのような作品を作る予定でしょうか。
もう少し、顔だけでなく身体も取り入れて作品を描いてみたい。まずは実験的に手や上半身から始めて、身体全体を描くまでに辿り着きたいです。必然的にサイズの大きな作品になっていくと思います。大きなキャンバスに大きく顔 を描くのもいいですけど、次のステップは身体です。
――現在は、海外展開の話もあるそうですね。
インスタグラムのDM経由で、フランスにあるギャラリーからグループ展のお誘いがありました。海外に絵を発送したこともないし、正直不安ですね……。それでも興味はあるので現在進行形で話を進めています。そうやって外からも声をかけてもらえるのは光栄なことなので、海外でも私の作品を観てもらえる機会が作れるといいなと思いますね。まずは、国内の展示をより精力的にやっていこうと思っています。6月28日から7月10日まで、東京の「MEDEL GALLERY SHU」で個展も予定しているので、より多くの方に作品を見ていただきたいです。
KEIKO AIKAWA’S FAVORITE ITEMS|「制作になくてはならないもの」
ルミナスピンクの絵具
この発色の良さに出会って以来、明るい色を描くようになった運命の色。「油絵は乾いても色が変わらないのがいい」
大竹伸朗『全景 1955-2006』
大学時代、先生から勧められて傾倒した現代美術家の大竹伸朗。「コラージュを試したのも彼の影響が大きかった」
iPad
デジタル作品を制作するようになったのは最近のこと。「下絵感覚で使えるのがとても便利。今では手放せません」
(出典/「2nd 2022年7月号 Vol.184」)
Photo/Tatsuya Imai Text/Rikako Kanazawa
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