映画が生活の近くにあった1980年代
「父がね、ものすごい映画好きで、子供の頃は毎週末映画に連れて行かれました」と映画監督の中島 央がインタビューの口火を切る。
「でも、途中で寝ちゃうこともあって…。そうすると『お前寝たから来週もう1回行くぞ』みたいな感じで何度も観せられる。僕たちが子供だった80年代は、アメリカ映画の全盛期じゃないですか。スティーヴン・スピルバーグとかジョージ・ルーカスがいて、さらにロバート・ゼメキスが出てきて。今よりもっと映画が生活そのものに近かったのかな。そんだけ朝から晩まで観ていれば映画好きになりますよ、当たり前ですけどね」
中島はサンフランシスコ州立大学映画学科に留学し、卒業後は脚本家として映画人のキャリアをスタート。2007年の監督デビュー作『Lily』は世界中の映画祭で激賞され、数々の賞を受賞した。その中島が監督・脚本を担当する最新作品が『TOKYO,I LOVE YOU』である。
東京の3つの街を舞台に、恋人・親子・親友の愛を描く連作
「昔、サンフランシスコから東京に帰ってきた時、東京ってなんて素敵な街だろうって思ったんです。特にお台場が東京でも最も好き。なんで『東京』という街を誰も取り上げないんだろうと昔から思っていたし、そういう映画をずっと作りたかった。なんか、やらなきゃいけないっていう使命感に近いっていうか」
本作は「東京」を舞台にした3つの物語(Chapter)で構成されている。
「Chapter One」は、未来からやってきた少女・アイが、東京タワーを舞台に幼馴染み同士のケンとミミの恋を実らせようと奔走する。「Chapter Two」は、新宿界隈で40年にもわたってキッチンカーを運営する父・ジョージと映画の制作を志望する娘・カレンとのこじれた関係を描く。そして「Chapter Three」は、ニューヨークから帰国したダンサーのリヒトが余命3ヶ月の友人の治療費を稼ぐために、仲間と協力してお台場を舞台に奮闘する。
Chapterは順に恋愛、家族愛、友情とどれも愛をテーマにしている。それらの主人公には、中島のパーソナリティが透けて見える。
「アメリカから帰国したというリヒトの身の上の設定は、自分を重ねているのと、脚本の都合上という理由から。ずっと原宿辺りに住んでいる人が突然『東京ってすばらしい! 愛してるぜ』なんて言うと『どうしたの?』ってなるし気持ち悪いでしょ。でも、長い間海外にいて久しぶりに東京を見ると『ヤベえ、東京って本当に最高じゃん』って自然に思える。僕も今はだいぶ落ち着いたけれど、昔は外国にいる間たまらなく親友に会いたくなったんですよ。リヒトが仲間と再会して酒を飲んではしゃぐシーンは、自分の体験そのものです」
Chapter Oneのケンとミミのラブストーリーは、中島の映画鑑賞の記憶によって生まれた。
「未来のケンとミミの娘・アイが現代にやってきて恋の架け橋になるって、『バック・トゥ・ザ・フューチャー』。本当に大好きな映画だし、僕たちの世代は何度も観ているよね」
Chapter Twoの主人公は、キッチンカーでの生活のこだわりを娘のカレンに説くジョージと、苦悩を抱えながら映画制作に取り組むカレン。両者は、中島の父親と映画監督である中島自身を投影しているかのようだ。
「2年前、ちょうどこの映画の脚本を書き始めた頃に僕の娘が生まれたんです。それもあって父親を描きたかったのかな。カレンは結構冷静にキャラクターを作りました。映画を撮れないのを周りの環境のせいに言い訳ばかりしていて、こういうヤツが実際にいたら面倒くさいだろうなって(笑)」
Chapter Threeでは、医療費を稼ぐためにリヒトがダンスコンテストに参加、そこで審査員から辛辣な言葉をかけられる。
「若い人へのメッセージっていうわけでもないですけど、自分が純粋に夢を求めてがんばろうという時に、それをくじくようなことを言うくだらない大人に会っても、決して負けないで、相手にしないでっていう。あと、リヒトが物語を引っ張る主人公なので、派手で圧倒的なパフォーマンスでそういう大人を軽くあしらうっていうカッコいい見せ場がないと映画のカタルシスがないんですよ」
連作である以上、これら3つのエピソードがどのように交差するのかも見所のひとつ。そこにも中島のキャリアや嗜好が影響している。
「異なる物語の登場人物を同じ舞台に登場させるくだりは、『ドラゴンクエストⅣ』を参考にしました。『ドラクエⅣ』って各章でキャラクターを育てて、最後の章で段々と集まってパーティが完成する。そのストーリー構成は革命的だし、大好きなゲームですよ。映画のChapterの時系列は、One→Three→Twoの順番ですが、これを使った仕掛けはクエンティン・タランティーノの『パルプ・フィクション』の手法からです」
今だからこそカッコつけずに愛を正面から描く
中島は「徹底的に娯楽性を追求したエンタメ作品を作りたいという強い意志を持って」制作に臨んだと、プレス向けにコメントをしている。どのような経緯でそのような心境に至ったのだろうか。
「コロナ禍で生と死みたいのをみんなが考えること、考える状況に追い込まれたら、映画や音楽でのカッコつけたりもったいぶったりする表現はこれからなくなるだろうと思ったんですね。『もっとストレートに語ろうよ』っていう気持ちが生まれてくる。ただ、愛とかLOVEって、一歩間違うと胡散臭くなっちゃうので気をつけなきゃいけないということは、同時にすごく考えています」
3つの愛の物語は、希望を感じさせる結末を迎える。「我々の背中を押すような物語になるように作りました」と中島は続けた。
「あなたはひょっとして自分の人生を暗く見てるかもしれないけど、そんなことはなくって。すごくいい友達も親も、恋人も、妻も、旦那もいるんだよ。人生ってすばらしいんだよ。もうね…人生自体を肯定しないと駄目だと思います。そう思えたのはこの映画がやっぱり『東京』を題材にしているから。僕はもう本当に心から東京が大好きなんで。『TOKYO,I LOVE YOU』っていうタイトルも好きだし、この映画自体が東京に向かって、愛を叫んでる映画だと思っています。今まで自分が作ったなかでも、ベストな3本の物語が生まれたという自信があります。もちろん、現時点ですけど」
『TOKYO, I LOVE YOU(トーキョー、アイラブユー)』
主演:山下 幸輝
出演:松村龍之介、羽谷勝太、坂井 翔、島津 見、下前祐貴、西村成忠、加藤ナナ、草野航大、奏 みみ、小山璃奈、オギー・ジョーンズ、長谷川美月、テリー伊藤、田中美里、他
監督・脚本:中島 央
制作:株式会社ウィスコム
配給:ナカチカピクチャーズ
製作:「TOKYO, I LOVE YOU」製作委員会
公式サイト https://tokyo-iloveyou.com/
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