奥深きヴィンテージレザージャケットの世界。
現在、アメリカンカジュアルにおいて、確固たる地位を築いているレザージャケットだが、どういう経緯を経て、今の形へと発展していったのか、知っているようで実は知らないことも多い。いま改めて、レザージャケットの歴史を知りたい。そんな思いを胸に、カナダ・トロントにあるデビッド・ヒメル氏のオフィスを訪ねた。
デビッド・ヒメル氏といえば、レザーブランド「HIMEL BROS」のデザイナーとして知られているが、700着以上のヴィンテージレザージャケットを所有し、その歴史を研究する「革ジャン研究家」としても知られている。膨大な数のヴィンテージに触れてきた彼は、レザージャケットの歴史をどう紐解くのか。アンティークの家具やヴィンテージアイテムが無造作に置かれた彼のオフィスでこちらの疑問をぶつけると、ゆっくりと話し始めた。
「そもそもアメリカでは、レザージャケットは仕事着として作られていました。一般の人が着るような、ファッション性の加味されたレザージャケットが生まれるのは1870年代くらいのことです。レザージャケットの歴史は、ソーイングマシン(ミシン)の発達と密接にかかわっています。かつてはネイティブアメリカンが手縫いで細々と作っていたレザージャケットですが、ミシンの発達に伴って、民間用に多くのレザージャケットが作られるようになりました」
デビッド氏が所有するヴィンテージの中で最も古いモデルが、上に紹介したレザーハンティングベストで、1890年代のものだという。確かに、身頃にはカラフルな刺繍が施され、ファッション性も高く、美しい。
ゆっくりと、言葉を選びながら話すデビッド氏。その興味深い話に、ぐいぐいと引き込まれていく。
「よく、飛行服の意匠がライダースジャケットに影響を及ぼしたという話を聞きます。もちろんそういった側面もありますが、そもそもフライトジャケットより、モーターサイクルジャケットの歴史の方が長いんです。飛行機が開発される以前から、モーターサイクルは存在したわけですから。元々、軍服として作られていたウール製のホースライディングジャケットが発展し、最初のライダースジャケットが誕生するわけです。
フライトジャケットに関していえば、当初は柔らかさと防寒性を兼ね備えたシープスキンが主流でした。A‐1にもシープスキンが多く使われていました。馬革が多く使われるようになるのは、A‐2からです」
A‐2がアメリカ陸軍航空隊に制式採用されるのは1932年のこと。その頃、アメリカのあらゆる産業で機械化が進み、農業にもトラクターが導入されたことで農耕馬が不要となり、そのため多くの馬革ジャケットが作られたという話は、レザージャケット界では通説となっている。デビッド氏にこの話をすると、これは僕の意見だが……と前置きした上で興味深い話をしてくれた。
「A‐2に馬革を使ったのは、革が余っていたからというよりも、やはりクオリティのためだと思います。ベジタブルタンニンで鞣した馬革は、繊維の絡みが強く、強度が高いんです。もしコストを安く抑えたいのなら、ラムやゴート、カウを使っていたと思います。
1920年代、アメリカで革の需要がいちばん高かったのが靴業界で、コードバンをソールに使ったりもしていました。そこで、余った他の部位の革でレザージャケットを作るところも多かったんです。シューカンパニーなら、ミシンも職人もすべて揃っていますから。そのため、1930年代頃のレザージャケットには馬革製のものが多かったのではないか、と僕は思いますね」
デビッド氏が手掛けるレザーブランド「HIMEDL BROS」。
デビッド氏が手掛けるレザーブランドがHIMEL BROSだ。ヴィンテージを愛するが故に、完全復刻を目指しているのかと思えば、そうではない。当時の製法は踏襲しながらも、デザインはオリジナル。「当時、この素材が存在したら、こんなジャケットが出来ていたのではないか?」。そんな想像力を膨らませながら、HIMEL BROSのアイテムは生み出される。こんな芸当が出来るのも、ヴィンテージを知り尽くしたデビッド氏の豊富な知識があればこそ。素材には日本の名タンナー、新喜皮革の馬革を採用している。
ケンジントン カフェレーサー
BUCO J-100をモチーフに、各所にラインを配した「ケンジントン カフェレーサー」。ライニングにはタイガーカモのファブリックを採用している。
ベックDポケットジャケット
ヴィンテージ市場でも人気の高い名品、ベック333 をモチーフにした、その名もずばりの「ベックDポケットジャケット」。ライニングはウール製。
スパダイナー
1930年代のカーコートをデザインモチーフにした「スパダイナー」。ダブルピン仕様で装飾の施されたバックルとベルトがアクセントになっている。
ウルヴァリン
身頃と背面にホースヘアを配したグリズリージャケットタイプ「ウルヴァリン」。ハトメジッパーやチンストラップなど往年のディテールが堪能できる。
(出典/「CLUTCH2022年10月号 Vol.87」)
Photo by Tadashi Tawarayama 俵山忠 Text by CLUTCH Magazine 編集部 https://himelbros.com/
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