日本人が独自に考案した日本発祥の「洋服」はスカジャンだけ。その歴史に迫る!

春の軽やかな装いにぴったりなのが、1枚で存在感を放つスカジャン。戦後の日本、駐留米兵が持ち帰った“記念品”に始まり、今では世界的なファッションアイテムとして知られる存在だ。アメカジ好きには欠かせないアイテムだが、日本発祥の洋服であることは知っての通り(知らなかった人はぜひこの記事を最後まで読んでほしい)。そこで今一度、テーラー東洋企画統括であり、スカジャン研究家としても活動する松山達朗さんにスカジャン誕生秘話とその魅力をお聞きした。

アメリカ兵を魅了した オリエンタルな刺繍。

テーラー東洋企画統括・ スカジャン研究家 松山達朗さん|1990年代に世界初のスカジャン専門書を出版したスカジャン研究の第一人者であり、現在はスカジャンの老舗であるテーラー東洋の企画統括を務める

スーベニアジャケット、通称「スカジャン」。第二次大戦終結直後の日本で生まれたジャケットで、当初は「鷲虎龍のジャンパー」などと呼ばれていた。西洋人から見た日本的なモチーフの刺繍が大いに評判を呼び、日本に駐留していたアメリカ兵士からファッション性の高い土産物として人気を博した。その歴史的背景をテーラー東洋の松山達朗さんはこう語る。

「スカジャンが誕生したのは1940年代、戦後間もない頃です。物資が不足し、東京に露店街があった時代でした。GHQが接収した銀座の“和光”は進駐軍将校専用のデパートになっていたため、その周辺には将校たちが土産として欲しがる露店が並んでいました。そこに刺繍入りのジャンパーが並ぶとすぐに売れるほどの人気となり、やがて米軍基地内の売店であるPXがこのジャンパーに目を付けました。PXの買い付け担当者が港商(東洋エンタープライズの前身)と正規ルートを結び、基地内に納入した物は日本人向けの洋服ではありませんでした」

様々な物が売られる中で、日本ならではの刺繍を取り入れたジャケットがスカジャンの始まり。アメリカ人に親しみやすいベースボールジャケットを模して、背中と胸に入れられるオリエンタルな刺繍は、婚礼衣装などに刺繍を入れていた桐生や足利の職人が手がけていた。ボディにはアメリカ人に人気のあるシルクに似た質感のアセテートレーヨンを使い、この刺繍ジャンバーは見栄えも良く、さも立派に見えたことだろう。

「もともとは日本の伝統文化を支えてきた職人たちが手掛けたもので、誰にでも容易にできる刺繍ではありませんでした。しかし、生産量が増えるにつれ、経験や技術が足りない職人を使わざるを得なくなることも。熟練の職人は美しい刺繍を施しますが、経験不足の職人の刺繍はかろうじて鷲が鳥と判断できるような、不格好なものでした。そのような完成度の低いものは正規のPXルートで弾かれ、基地周辺の土産物店で安く売られていたそうです。そして各地の土産物店もPXに負けじと、独自の発注をするようになっていきます。店頭で実演販売をする者や、個別にオーダーを受ける店も出てきました。スカジャンの語源である横須賀にはスーベニアショップが軒を連ね、スーベニアジャケットが連日飛ぶように売れていきました。しかもアメリカ海軍の空母の入港情報を入手すると、入港前から空母の名前を刺繍しておいたり、乗員名簿がわかれば部隊名や個人名まで刺繍して待っていたそうです。こんな逞しい商魂が、スーベニアジャケットにバリエーションをもたらしたのでしょう」

アメリカにはない極めて細かく丁寧な刺繍もまたスカジャンの大きな魅力。東洋的な柄に加えて、日本の職人が手がける刺繍は、洋服というよりもはや“アートピース”と呼べる。当時の刺繍ならではの“味”や“存在感” には刺繍されるモチーフもポイントだと、松山さんは語る。

「刺繍のバリエーションは、3大モチーフとされる鷲・虎・龍を筆頭に、日本地図や富士山、舞妓など、日本の象徴がモチーフ化されていきました。スカジャンは現在でもアメリカンカジュアルのひとつとして愛され続けていますが、日本人が独自に考案した「洋服」はスカジャンだけと言えるでしょう。世界でファッションデザイナーが活躍しても、一般名詞として定着した洋服は他にありません。スカジャンこそが『日本発祥の唯一の洋服』なんです」

1970年代に入ると日本の若者が横須賀のドブ板通りのイメージから刺繍入りのジャンパーを「スカジャン」と呼び、1980年代にはファッション雑誌がスカジャンを取り上げ、1990年代にヴィンテージ古着が世界的に注目されるとスカジャンも高額で取引されるようになっていくのだ。

1950年代に佐世保のスーベニアショップで撮影された一枚。米兵が制服の上から虎柄のスカジャンを羽織っている
港商商会(のちの東洋エンタープライズ)がPXへジャケットを納入した際の明細書。納品伝票には「SOUVENIR JACKET」と記載
スカジャンの袖に龍の刺繍を入れるアイデアは、1940年代に港商商会によって考案された

1950年代に港商商会の工場で使われていた刺繍の型。鷲や虎、ジャパンマップやレアなスカルまで。当時からスカジャンに携わってきた同社ならではの貴重な資料

【問い合わせ】
テーラー東洋(東洋エンタープライズ) 
TEL03-3632-2321
https://www.tailortoyo.jp

(出典/「Lightning 2025年6月号」)

この記事を書いた人
ADちゃん
この記事を書いた人

ADちゃん

ストリート&ミリタリー系編集者

Lightning本誌ではミリタリー担当として活動中。米空軍のフライトジャケットも大好きだけど、どちらかといえば土臭い米陸軍モノが大好物。そして得意とするミリタリージャンルは、第二次世界大戦から特殊部隊などの現代戦まで幅広く網羅。その流れからミリタリー系のバックパックも好き。まぁとにかく質実剛健なプロダクツが好きな男。【得意分野】ヴィンテージ古着、スケートボード、ミリタリーファッション、サバイバルゲーム
SHARE:

Pick Up おすすめ記事

生きたレザーの表情を活かす。これまでになかった唯一無二の革ジャン、「ストラム」の流儀。

  • 2025.10.30

生きたレザーの質感にフォーカスし、“バーニングダイ”をはじめとする唯一無二のレザースタイルを提案するストラム。我流を貫き、その意思を思うがままにかき鳴らすことで、オリジナリティを磨き上げる孤高のレザーブランドだ。デザイナー桑原和生がレザーで表現するストラムのモノ作りの哲学、彼が革ジャンを通して描き出...

「BILTBUCK」の2025年は新素材によって既存モデルを再解釈した革ジャンに注目だ!

  • 2025.11.03

伝統と革新を往来しながら、レザーの魅力を追求するビルトバック。2025年のコレクションは、オリジナルレシピで仕立てた渾身の新素材によって既存モデルを再解釈。質感と経年変化、レザーの本質的な美学を磨き上げ、洒脱な大人たち〈Hep Cats & High Rollers〉へ贈る、進化であり深化の...

革ジャンの新機軸がここに。アメリカンでありながら細身でスタイリッシュな「FountainHead Leather」

  • 2025.10.31

群雄割拠の革ジャン業界において、カルト的な人気を誇り、独自のスタイルを貫くファウンテンヘッドレザー。アメリカンヘリテージをベースとしながらも、細身でスタイリッシュ、現代的な佇まいを見せる彼らのレザージャケットは、どこのカテゴリーにも属さない、まさに“唯我独尊”の存在感を放っている。 XI|シンプルな...

宮城県大崎市の名セレクトショップ「ウルフパック」が選ぶ「FINE CREEK」の銘品革ジャン4選。

  • 2025.10.31

宮城県大崎市に、ファインクリークを愛してやまない男がいる。男の名は齊藤勝良。東北にその名を轟かす名セレクトショップ、ウルフパックのオーナーだ。ファインクリーク愛が高じて、ショップの2階をレザー専用フロアにしてしまったほど。齊藤さんが愛する、ファインクリークの銘品を見ていくことにしよう。 FINE C...

“黒のコロンビア”って知ってる? オンオフ自在に着回せる、アップデートされたコロンビアの名品を紹介!

  • 2025.10.21

電車や車といった快適な空間から、暑さや寒さにさらされる屋外へ。都市生活は日々、急激な気温差や天候の変化に直面している。実はその環境こそ、自然で磨かれた「コロンビア」の技術が生きる場だ。撥水性や通気性といったアウトドア由来の機能を街に最適化し「コロンビア ブラックレーベル」は、都市生活者の毎日を快適に...

Pick Up おすすめ記事

【土井縫工所×2nd別注】日本屈指のシャツファクトリーが作る、アメトラ王道のボタンダウンシャツ発売!

  • 2025.10.07

これまでに、有名ブランドから新進気鋭ブランドまで幅広いコラボレーションアイテムを完全受注生産で世に送り出してきた「2nd別注」。今回もまた、渾身の別注が完成! >>購入はこちらから! トラッド派には欠かせない6つボタンのBDシャツ「6ボタン アイビーズB.D.シャツ」 アメリカントラッドを象徴するア...

「BILTBUCK」の2025年は新素材によって既存モデルを再解釈した革ジャンに注目だ!

  • 2025.11.03

伝統と革新を往来しながら、レザーの魅力を追求するビルトバック。2025年のコレクションは、オリジナルレシピで仕立てた渾身の新素材によって既存モデルを再解釈。質感と経年変化、レザーの本質的な美学を磨き上げ、洒脱な大人たち〈Hep Cats & High Rollers〉へ贈る、進化であり深化の...

【Punctuation × 2nd別注】手刺繍のぬくもり感じるロングビルキャップ発売!

  • 2025.10.29

これまでに、有名ブランドから新進気鋭ブランドまで幅広いコラボレーションアイテムを完全受注生産で世に送り出してきた「2nd別注」。今回もまた、渾身の別注が完成! >>購入はこちらから! 【Punctuation × 2nd】ロングビルキャップ[トラウト] 温もりのある手仕事が特徴の帽子ブランド「パンク...

“黒のコロンビア”って知ってる? オンオフ自在に着回せる、アップデートされたコロンビアの名品を紹介!

  • 2025.10.21

電車や車といった快適な空間から、暑さや寒さにさらされる屋外へ。都市生活は日々、急激な気温差や天候の変化に直面している。実はその環境こそ、自然で磨かれた「コロンビア」の技術が生きる場だ。撥水性や通気性といったアウトドア由来の機能を街に最適化し「コロンビア ブラックレーベル」は、都市生活者の毎日を快適に...

渋谷、銀座に続き、ブーツの聖地「スタンプタウン」が東北初の仙台にオープン!

  • 2025.10.30

時代を超えて銘品として愛されてきた堅牢なアメリカンワークブーツが一堂に会するブーツ専門店、スタンプタウンが宮城県仙台市に2025年9月20日オープン! 東北初となる仙台店は北のワークブーツ好きたちにとって待望の出店となった。 珠玉の銘品たちがココに揃う。 ブーツファンが待ち焦がれた東北エリア初となる...