かつて日本で一番アメリカに近かった上野アメ横。ここで育った4人の物語

1970〜80年代、日本が憧れたアメリカという国に一番近い場所だったのが上野アメ横。ネットなんてない時代に、よりリアルなアメリカを求めて多くの人が訪れた。そんな時代に客として、店員として、アメ横に通った洒落者4人。今なお色褪せないそれぞれのアメ横の思い出を語ってもらう。

今の自分があるのは、ヤヨイがあったから|「ソーズカンパニー」バイヤー・塚本淳也さん

1970年生まれ。現在バイヤーを務めるソーズカンパニーの立ち上げメンバーのひとり。アメ横で一番通っていたアメカジショップは「ヤヨイ」だそう。若い頃、お金がなく古着を主に買っていたことから古着の知識も豊富である

「ヤヨイで働いていたのは、18歳の頃。バイトという形で1年弱くらい働いてました。本当は『タウンスポット』っていう古着屋でバイトをしたかったのですが、募集していないって言われてしまって、その古着屋の2階にあった輸入モノを扱う『フィールドライン』というお店の人にアメ横で働いたら良いんじゃないか、と助言を受けて『フロムA』って求人誌に載っていたヤヨイに応募したんですよ」

その後ヤヨイで働き始めたという塚本淳也さんに当時の思い出を語ってもらった。

「ヤヨイは昔から場所は変わらず、広さも当時のままなんです。今は佐藤さんがひとりで店に立っていると思うのですが、僕がバイトしていた時は常時4人で接客していました。店内には入れなかったので営業中はずっと店の前の通路にいました。でも店員が4人必要なくらい多くのお客さんが来ていましたね」

そのアルバイト時代に当時ヤヨイでバイヤーを務めていた、澤野さん(ソーズカンパニーの創業者)との出会いが人生を大きく左右したという。

「今、僕がこうしてこの仕事をしているのは、ヤヨイで働いていた時に澤野さんと出会ったことが大きいですね。バイトを始めて半年くらいに、独立するから一緒に来ないかと澤野さんに誘われたんです。当時18歳ですから、今もその会社で働いているなんて想像もしなかったですけど、その時誘われていなかったら全く違う人生だったと思います」

期間としては1年弱と短い期間ではあるが、彼の人生の分岐点にはヤヨイがあった。

あの頃の思い出「レッドウイングのブーツ」

当時、塚本さんがアルバイトをしていた時にヤヨイで購入した「レッドウイング」のブーツ。現在は履いてはいないそうだが、家に残してあったという。かなり履き込まれた状態で破れこそないが、経年でついた傷がいい雰囲気。

アメリカンカルチャーを知るために通ったアメ横|「原宿キャシディ」店長・八木沢博幸さん

1956年生まれ。アメ横の名店「る〜ふ」に面接に行ったのだが「みどりや」と「る〜ふ」の社長同士の話し合いで「原宿キャシディ」の前身である「みどりや」に入社をすることになる。開店から43年、現在も店頭に立ち続ける

「初めて目的を持ってアメ横に行ったのは高校3年生の時ですね。アメリカのローファーが欲しくって、「ジーエイチバス」の[ウィージャン]を買いに行ったんです。でも思っていたよりも価格が高くて、買ったら帰りの運賃がなくなってしまうことが分かったんです。それで急遽「セバゴ」を買ったんですよ。高校の決まりでは黒のみだったんですけど、茶色を履いて通ってました」

アメ横での思い出を語ってくれたのは原宿キャシディの店長を務める八木沢さん。高校を卒業してからもアメ横へは通っていたという。

「当時、アメ横でスウェットを買って帰ったことがあったんです。家に帰ったら、母親に『その服魚臭くない?』と言われたんですよ。新品だったんですけどね。反論して『これはアメリカの匂いだ!』なんて言ったのを覚えています。でも、おそらくアメ横の匂いなんでしょうけどね。当時からいろんなお店が混在していましたから」

八木沢さんにとってのアメ横とはアメリカを知ることができる場所だったそう。

「アメ横は、本当のアメリカの手がかりを見つけられる場所でした。デザインの学校に通っていたこともあって、アメリカのデザインを見るのが好きだったんです。洋服だけではなくて、化粧品のパッケージだったり、なんてことないものだったのですが、リアルなアメリカを感じられた気がしたんですよね。日本語じゃなくて、英語表記があることすら楽しかったんです。僕にとってのアメ横はアメリカの文化を体感する場所でしたね」

あの頃の思い出「アイゾッドラコステのニット」

学生時代にアメ横へ行き購入したという「アイゾッドラコステ」のセーター。当時パール編みのものは多かったが、そうでないものを探して購入。本当はネイビーが欲しかったのだが売り切れで仕方なく赤を購入したという。

ボクたち、財布の中身以外はすべてMADE IN USAだね!|「セプティズ」オーナー・玉木朗さん

1955年生まれ。一時は大井町の「みどりや(現在の原宿キャシディ)」で働きかけるも、「る〜ふ」に面接に来ていた八木沢さんとの電撃的なトレードを経て、76年からアメ横で働く。2002年、三軒茶屋にセプティズをオープン

玉木朗さんは、1974年に京都から上京している。

「私は高校時代に神戸の高架下でリアルなアメリカものに触れるようになりました。しかし、高校3年の時に初めてアメ横に行った時にはぶったまげました(笑)。神戸だとシャツ1枚がガラスケースに入っているイメージでしたが、アメ横ではそれが色違いで何枚も積んでありましたから」

上野アメ横に衝撃を受けた玉木さんが当時において人気を集めていたインポートショップの「る〜ふ」で働き始めたのは76年の暮れだ。現在のアメ横センタービルが、まだバラックだった時代。シップスの前身であるミウラと背中合わせの場所にて営業していたのが、「る〜ふ」である。

「しばらくしてからは自分もアメリカに買い付けに行くようになるわけですが、まだまだ現地の情報が日本では乏しいなかで実際にUCLAの学生をつかまえて、「それ、どこで売ってるの?」と聞いたりしながら、現在進行形のリアルなアイテムを揃えていきました。ラコステのアイゾッドのポロシャツ、ファーラーのフレアパンツは本当によく売れた記憶がありますね」

当然ながら、2013年刊行の玉木さんの著書『ボク達の超B級アーカイブ』にはアメ横で買った懐かしい品も掲載。当時を知る人も知らない人も、ぜひご一読を(玉木朗『ボク達の超B級アーカイブ』/光文社)

今回の取材では玉木さん所蔵の往年の雑誌を見せていただいた。そのなかで75年の『平凡パンチ』では巻頭にて五月みどりの妖艶なヌードが数ページに渡って披露された後、続く第1特集がアメ横のショップ紹介になっていた。

「私も強烈に惹きつけられて働いてきましたし、全国からお客さんが来られていたアメ横の引力はすごかったですよ。財布の中身である日本の紙幣と硬貨以外は、服からペンなどの小物に至るまで、アメ横に来るとすべての持ち物が米国製で揃いましたからね」

あの頃の思い出「フリーマンのデザートブーツ」

高校3年で初めてアメ横に行った際、このデザートブーツを購入。「その時にる〜ふに行き、『これはアメリカのデザートブーツだよ』と教えられて買いました」。以降、5〜6回ほど買い替えながら履き続けてきた思い出の逸品。

19歳から上野アメ横にて情熱のトルネードを体感!|「シップス銀座店」スタッフ・雨宮教夫さん

1954年生まれ。72年からシップスの前身、上野アメ横の「ミウラ」で働き、75年から渋谷にオープンした「ミウラ&サンズ」へ。77年にシップスの名を初めて使ってオープンしたのは銀座店だが、そこで現在も接客している 

いま、シップスは全国に77店舗を構えている。その起源となった1店舗目は上野アメ横で生まれた。雨宮教夫さんは、シップス創成期の上野アメ横時代を知るレジェンドスタッフだ。

「シップスは米軍放出品を売る三浦商店として52年に創業したのが起源です。70年に店名をミウラに改称しています。リーやコンバースといったリアルなアメリカものをダイレクトに買い付けて日本の若者たちに伝えていたのがミウラでした。私は大学入学のために72年に山梨県から上京しています。初めてミウラを訪れた際には、『ここはアメリカじゃん!』と思いましたね。普通のジーンズショップとは明らかに違う品揃えでした」

雨宮さんは上野アメ横で過ごした70年代を振り返り、「(お客さんに対して)絶対に嘘をついてはいけない! ということを学んだ日々であり、私の基礎ですね」と語る

ミウラに足繁く通うようになった雨宮さんは、当時の店長から「ウチで働かないか?」という運命のオファーを頂戴する。そして、大学1年時からミウラでの熱狂的なアルバイト生活が始まった。

3坪半(畳7枚ほど)というミウラの店内にはアメリカンアイテムが所狭しと並んでいた。「特に73年以降、他店にはないアイテムが数多く揃うようになり、クチコミで人気が拡大しました」

「もう大学にはほとんど行かずにアメ横で働いていましたね。周囲の多くの店が60年代から人気だったアイビーのノリを大切にしていたのに対し、ミウラは独自の視点で西海岸のリアルなアメカジをセレクトしていました。モノとスタッフとカスタマー、すべての熱量が高くて狭い店内に渦巻いていましたよ。この時代のアメ横を体感できて本当に幸せでしたね」

あの頃の思い出「リーのオーバーオール」

1972年の夏、雨宮さんがミウラで働き出して最初に買ったアイテムがこちら。「当時はバラックだった店内が暑くて耐えられず、Tシャツを脱いで上半身裸になってこれを着て。

※情報は取材当時のものです。現在取り扱っていない場合があります。

(出典/「2nd 2023年11月号 Vol.199」

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