最初の音源はレコードではなくカセットテープで。
不気味くん その頃ってすでに音源も買っていましたか?
矢島さん 初めはカセットテープだったね。家のレコードプレーヤーがホコリをかぶって使えないような状態だったから。中学生になってレコードが聴きたくなり、そのプレーヤーを使えるようにしてもらうんだけど。僕らの世代はレコードでもCDでもなくカセットテープで音楽聴いている人が多かった。生テープを買ってきて自分でエアチェックやダビングしてというのもあったけど、普通にアルバムのカセットバージョンが売られていたんだ。
『With The Beatles』とハリウッドボウルのライブ盤のカセットとか持っていたなぁ。一番最初に手に入れたのは、僕が風邪をひいたか何かで寝込んでいたときに「何か欲しいものはあるか」って聞かれて「ビートルズのカセット」と答えて買ってきてもらったものなんだけど、それが変な内容のカセットだったんだよね。
不気味くん あ! 別の人が歌ってるとかオルゴールバージョンとかですか? 高速のサービスエリアとかで売られているような?
矢島さん そうじゃないんだけど、一番曲数が多かったという理由でキャヴァーン・クラブのライブ録音のカセットを買ってきてくれたの。オーディエンス録音だから音が悪いんだこれが(笑)。父親はよくわかってもいないのに「昔の音源だからこういう音なんだ」とか言ってたけど(笑)。このカセットも何度も聴いていたから、大人になってミルクシェイクス(80年代のサイコーなUKガレージバンド)を聴いてあの感じを現代にやってるようだと嬉しくなったよ。
敬遠していたブルーハーツを聴くきっかけはビートルズ。
矢島さん そんなふうにして漫画が一番だったのがビートルズにとって代わって、そこからはビートルズと同時代のストーンズとかビーチボーイズなんかを聴くようになり、どんどん好きな音楽が増えていったね。中2くらいの頃になるとそれはもう色々聴いた。それこそフリッパーズ・ギターとかも出てきていたから。
不気味くん そのあたりからは怒涛のリスニング体験ですよね。
矢島さん そうだね。ところが90年代になるとビートルズばかりとも言っていられなくなって。ビートルズはずっと好きだったけど、それを隠すようになっちゃう。当時の10代の音楽好き、ロック好きがあえて避けるような存在だったんだよね、ビートルズって。ビートルズとストーンズだったらストーンズ聴いてるっていう方がカッコいいみたいなムードがあったように思う。
90年にストーンズの初来日公演があってすごく話題になったのね。で、その数カ月後にポール・マッカートニーも初来日を果たすんだけど、ストーンズの方にかき消されちゃっていた印象があったな。それが寂しかった。ほかの人に聞いたら「そんなことないよ」と言われるかもしれないけど、僕が見ていた景色はそうだったんだよね。
不気味くん ビートルズは音楽の教科書に曲が取り上げられるくらいだしロックじゃないよね、ということですかね。定番というか。
矢島さん そうだね。これは前にも話したと思うんだけど、ある日の深夜、ブルーハーツのマーシー(真島昌利)がビートルズを語るという特番をやっていて、たまたま観てたら「ビートルズこそが最高のロックンロール・バンドだ」といってて最高に嬉しかったのをよく覚えている。当時のブルーハーツってクラスのみんなは好きだけど自分はあれをいいっていってはいけないように思っていたのね。
不気味くん その当時はブルーハーツがメインストリームだったということですね。
矢島さん そうそう。でも、こういう人がブルーハーツをやってるんだ! ってめちゃくちゃ嬉しくなって「だったら俺もブルーハーツ聴いていいんだ」と思ったんだ。その番組の少しあとに「あの娘にタッチ」という曲がシングルで出て、これが60年代ポップスっぽいいい曲で、オールナイトニッポンでパワープレイされていたんだけど「この曲のよさをわかるのは俺だけだ」って当時思っていたね。
不気味くん ブルーハーツを聴くようになるきっかけもビートルズだったんですね。
矢島さん 僕の大好きなビートルズを最高だっていうマーシーに感動したね。でもそんなことをいう人は珍しかった気がする。おそらくマーシーも時代のそういう空気を察知してあえて発言していたんじゃないかな。
ビートルズと渋谷系の狭間で複雑な気持ちに。
不気味くん そんな90年代前半のムードが払拭されるのが、最初の方に話が出ていた『ザ・ビートルズ・アンソロジー』ということになるんでしょうか。
矢島さん そうだね。それに入る前にもう少し90年代前半の話をすると、僕からしたらビートルズが冷遇されていたその時代に、ビートルズはいい、特に初期がいいといっていたのが藤原ヒロシさんと〈アンダーカバー〉の高橋盾さんだったのね。このふたりが評価していたのには結構感動したな。それとさっきもちょっと言ったように、僕は90年代前半にフリッパーズやのちに渋谷系と称されるバンド、ミュージシャンの音楽にも触れてゆくことになるんだけど、このあたりの人たちやそのファンってビートルズを否定はしないんだけどいいとも言わないというところがあった。
要は主流がいいとは言わない文化だったの。僕はそういう捉え方にもすごく感化されていろんな音楽に出会うことができたわけなんだけど、ただビートルズはビートルズでずっと好きだったから複雑な気持ちではあったなぁ。
不気味くん なるほど、ゆらぎというか引き裂かれるというか。
矢島さん そういうムードを変えたのが『ザ・ビートルズ・アンソロジー』だったと思うんだ。これで世間的な認識のされ方が変わって、ビートルズの発見/再発見につながったはず。
不気味くん 改めて聴き直す人と新しくビートルズに触れる人、両方出てきたということですね。
矢島さん 中村一義とかその頃のサニーデイ・サービスとか明らかにビートルズっぽくなっていたじゃない。このあたりでようやくリアルタイムの音楽と自分の心のなかでずっと想っているビートルズとが足並みを揃えたなという感覚があったよね。真心ブラザーズが1996年にリリースした「拝啓、ジョン・レノン」を聴いて、自分が考えていたのと同じようなことを歌っているなと思ったな。「ビートルズを聴かないことで何か新しいものを探そうとした」ってね。ドンピシャだった。
簡単には決められない一番好きなアルバム。
不気味くん ちなみにベタな質問ですけど、矢島さんが一番好きなアルバムを強いて挙げるとしたらどれになりますか?
矢島さん いやー答えられないよなぁ……。『リボルバー』が好きだったんだけど『ホワイト・アルバム』がいいかなっていう時期もあったり、やっぱり今は初期作品がいいなぁとか。あ、でも『ビートルズ・フォー・セール』はずっと好きだったかな。
不気味くん 僕も『フォー・セール』が一番好きですね。レコードを買い始めた頃にたまたま父親が持っていたんです。
矢島さん 1964年のアルバムだけど、1966年あたりのサウンドだよね。先を行ってた。
不気味くん 初めはカセットテープで聴いていたということでしたが、レコードで買うようになるのはいつ頃でしたか?
矢島さん レコード好きになって色々買ってからだね。大学生になって「そういえばビートルズってカセットしかないな」と思ってレコードを探すようになった。その頃もUKオリジナルは高価だったから当然買えなかったけど、それでもUK盤のコーティング・ジャケットとかにこだわって探していたよ。当時で1800円くらいだったと思うけど、今はもっと値段が上がっているね。それだけ探している人が多いということで、90年代の冷遇期を知っている身としては感慨深いなぁ。でもやっぱり憧れるのはUKオリジナル盤。いつか欲しいなってずっと思ってるんだ。
不気味くん んんんん……矢島さん……、これから買いに行きましょう!
矢島さん え?
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