創作活動60年以上。iPadを導入するなど新たな創造の地平を切り拓く画家・デイヴィッド・ホックニー。

  • 2023.07.15

7月15日より東京都現代美術館で大規模個展が開催される英国の画家、デイヴィッド・ホックニー。1960年代から現在まで60年以上にわたり、絵画、ドローイング、版画、写真、舞台芸術などの分野で活躍し、2010年からはiPadを画材として制作に導入して新たな創造の地平を切り拓いている。今なお精力的に制作を続けるホックニーの魅力、そして日本では27年ぶりとなる展覧会の見どころを解き明かす。

画家・デイヴィッド・ホックニー|1937年イングランド北部ブラッドフォード生まれ。ロンドンの王立美術学校で学び、1964年ロサンゼルスに移住。米西海岸の情景を色鮮やかに描いた絵画で一躍脚光を浴びる。以後、60年以上にわたり、絵画、ドローイング、版画、写真、舞台芸術などの分野で活躍。現在は仏ノルマンディーに居を構える。2010年からはiPadを画材として制作に導入し、新たな創造の地平を切り拓いている ノルマンディーにて 2021年4月1日 ©David Hockney Photo: Jean-Pierre Goncalves de Lima

「ホックニーの作品には、目が離せず素通りできない力が備わっています」

デイヴィッド・ホックニー《No.118、2020年3月16日「春の到来 ノルマンディー2020年」より》 2020年 作家蔵 ©David Hockney|近年のホックニーを代表する〈春の到来〉シリーズから。題材のラッパスイセンは西欧では春の訪れを知らせるもので、今回の展覧会では同モチーフの旧作と併置される

日本国内の美術館では実に27年ぶりとなる大規模個展が東京都現代美術館で開催されるデイヴィッド・ホックニー。60年以上にわたり創作活動を行い、今もなお新作を発表し続けるホックニーの魅力や「デイヴィッド・ホックニー展」の見どころを担当学芸員である東京都現代美術館学芸員の楠本愛さんに伺った。

まず始めにデイヴィッド・ホックニーについてお話ししますと、1937年、イギリスのブラッドフォードという工業都市に生まれました。大学のときにロンドンに出て、大学を卒業してからは1960年代半ばにロサンゼルスへ拠点を移します。

ここまでが一般的によく知られているホックニーなんですが、実は1968年に一度イギリスに戻ってしまうんですね。そのあとパリやロンドンで制作を続け、1978年にロサンゼルスに戻ります。2004年までは、ロンドンのスタジオは残しつつもずっとロサンゼルスを拠点にしていました。

それから風景画を描くために地元のイースト・ヨークシャーに移り、2013年にはまたロサンゼルスに戻るのですが、やはり風景画を描きたいということで2019年から現在までフランス・ノルマンディーに暮らしています。

ホックニーというとロサンゼルスのプールの絵のイメージが強いかと思うのですが、それは作家のキャリアのなかでもごく限られた一部分でしかないということは本展を考えるうえで大切だと思います

——イギリスやロサンゼルスで制作された代表作から直近の作品まで、ホックニーの足跡と今を体験することができる展覧会だと思いますから、制作拠点の変化を知っておくことが鑑賞の手助けにもなりそうです。本展の企画が持ち上がったのはいつ頃でしたか?

2018年頃ですね。ホックニーは当館においてとても重要な作家のひとりなんです。というのも、27年前の個展は当館で開催しています。そして、国外の作家の中では最も多い150点の作品を収蔵しており、これは世界的にみても珍しいことなんです。

そして、もうひとつは2017年から2018年にかけて、ホックニーの80歳を記念した大きな回顧展がロンドンのテート・ブリテンとパリのポンピドゥー・センター、ニューヨークのメトロポリタン美術館で開催されたのですけれど、それを拝見しまして「やはりホックニーの作品を日本でお見せしたい」と思ったことです。

その後、読売新聞社さんにも入っていただき、当館と読売新聞社さんの共同開催というかたちで企画を進めていきました。実はこの展覧会は当初2021年に開催する予定だったんです。

——そうだったんですね。

2019年、ノルマンディーに移られたばかりのホックニーさんにお目にかかりまして、「ぜひ東京で展覧会を開催したい」とお話ししました。そのときに了承いただいたのが2021年の開催だったんです。その後、ご存じのようにコロナがあって、そういうタイミングで開催するというのがなかなか難しくなり、無期限延期になってしまいました。

しかし、コロナの感染状況やホックニー自身もノルマンディーで精力的に制作を続けているということを考え、やはり今ホックニーを日本で見せるというのはとても重要なのではないかということで、2023年開催を再び打診したのが2021年に入ったくらいの時期でした。

変わりゆくものをどう捉えどう描くかはホックニーの一貫した問題意識。

デイヴィッド・ホックニー《スプリンクラー》 1967年 東京都現代美術館 ©David Hockney

——なるほど。こうして開催が決まって何よりですね。今回の展覧会に出展する作品の選定において、何か軸になるようなことというのはありますか?

まず、展覧会を開催したいとホックニーに持ちかけた際にひとつだけ言われたのが「回顧展にはしたくない」ということでした。過去にホックニーは回顧展と称されるものをこれまでに3回しかしていません。1970年、そして自身が50歳と80歳の年です。それ以外の個展はキュレーターがコンセプトに基づいて企画したものです。

ですが私たちは27年ぶりですし回顧展をしたい。でもそれと同時に1996年以降の作品をきちんと見せたいというのもありまして、そのせめぎ合いのなかでどうするか考えていきました。実際にはホックニーに話を持ちかけたのとほぼ同じタイミングで彼の作品を管理しているロサンゼルスのスタジオに連絡してリサーチさせてもらい作品を拝見しまして、そのなかで選んでいったというところです。

デイヴィッド・ホックニー《クラーク夫妻とパーシー》1970-71年 テート ©David Hockney

——回顧展にしたくないというのは現役で精力的に制作をしているからなのですかね。

それもありますし、作家としては今自分が作っているものを見せたいという希望はあると思います。私たちとしても、作家がこれまでどういうことを考えてどういう作品を作ってきたかは大事なのですが、その結果、今どういう仕事をしているのかというのを見せるのは現代美術を扱う美術館としては非常に大切なことかなと思います。ですので作家と私たちのあいだでそのあたりの齟齬はまったくありませんでした。

ホックニーの作品は個人蔵のものも多く、現実問題としてそれらを含めて網羅的にというのは難しいというのもあるのですが、できる限り60年代から今までの60年間を見透せるような内容にはしたいと考えていますね。

デイヴィッド・ホックニー《午後のスイミング》1979年 東京都現代美術館 ©David Hockney / Tyler Graphics Ltd. Photo: Richard Schmidt

——60年間を見透せる内容とのことですが、作品の見せ方、会場構成についてお聞かせください。

会場構成は前半後半という感じでわりと明確に分かれています。前半はほぼ時系列で、初めてホックニーの作品に触れる方でも創作の歩みがわかるような内容になっています。ですがテーマごとに展示室を構成していまして、そのテーマに合わせた近作をもあわせて展示します。

そういう構成にした理由は、絵画、ドローイング、版画、写真、舞台芸術、そして近年ではiPadを駆使した作品と、さまざまな技術や画材を用いて活動していることで全体像を捉えるのが難しいと考えられているホックニーの60年間変わらない問題意識——それが今回の展覧会のテーマでもあるのですが——である「私たちが世界をどう見ているか」そして「それを二次元にどう置き換えて表現するのか」という一貫した姿勢を作品を通じてお見せしたいということなんです。

前半はこういった構成で、後半はとにかく大きい作品を展示します。東京都現代美術館は天井が非常に高くて空間も広い。そうした特徴を活かしています。ホックニーが2005年以降に制作している風景画は非常に大型ですが、それに包み込まれるような感覚を味わっていただけると思います。展示室で深呼吸ができるような気持ちのいい空間になったらいいなと。

展覧会のメインビジュアルにもなっている《ノルマンディーの12か月 2020-2021年》という作品は幅90メートルあるんですが、これを途切れることなく展示するのも見どころのひとつです。

デイヴィッド・ホックニー《龍安寺の石庭を歩く 1983年2月、京都》1983年 東京都現代美術館©David Hockney Photo: Richard Schmidt|こちらは1960年代から1980年代にかけての作品。二度と繰り返されることのない時間における光やものの、刹那の美しさを作品にとどめるというアプローチはホックニーに一貫して見てとれる。描く主題は自分の目で見たもののみ。「どのように見て、どう描くか」というこれも変わらない問題意識を、表現方法もさまざまな作品から考えるのも楽しい。右ページ上の写真作品は、ピカソのキュビスムなどを参照しつつ生み出されたフォトコラージュ

——東京都現代美術館は周囲の環境もいいですから、鑑賞体験で得た気持ちよさをそのまま家まで持って帰れそうです。

展覧会に来るところから展覧会を見たあとまでが展覧会体験のひとつだと思いますから、ホックニー展を通じてそう感じてもらえたら嬉しいですね。

包み込まれるような感覚を味わえる近年の大型作品を広々とした空間で。

デイヴィッド・ホックニー《2022年6月25日、(額に入った)花を見る》2022年 作家蔵 © David Hockney assisted by Jonathan Wilkinson

——楽しみです。では最後に本展とホックニーの魅力を改めてお話しいただけますか。

現代美術は勉強しないと見れないんじゃないか、難しいんじゃないかという方も多いと思うんですが、ホックニーの作品には一切そういう難解さがありません。本人もなるべく多くの人に見てほしいと思って描いていますし、題材も彼の身近なものであり誰もが「見てわかる」ものばかりです。

その意味では非常に間口の広い作家といえるのですが、実際に作品を見たときの「目が離せない、素通りできない感じ」を醸し出す作品の力が群を抜いていて、なおかつそれを60年にもわたって続けている。これはすごいと思います。

デイヴィッド・ホックニー《スタジオにて、2017年12月》 2017年 テート © David Hockney assisted by Jonathan Wilkinson

2005年頃からホックニーは毎年のように〈春の到来〉を描いています。冬の終わりから夏の始まりまでの劇的な季節の移り変わりはホックニーにとって非常に魅力的なようです。以前ホックニーに「なぜ春の到来を繰り返し描くのか」と訊ねたのですが、ひと言「ジョイフル」と返ってきました。これには季節の変化にワクワクする感じと、そうした変化を自分が描くことができる楽しみ、というふたつの側面があるんじゃないでしょうか。

有名な《スプリンクラー》や《午後のスイミング》の水しぶきや光を見てもわかるように「変わりゆくもの、二度とない瞬間をどのように捉えてどう描くか」というのはホックニーの一貫した姿勢ですが、近作においてもそれは明確ですね。

実は当初の予定通り2021年に開催されていたとしたら最後は前述の〈春の到来〉のシリーズで終わるはずだったんですが、延期になったことで近年の集大成である90メートルの大作《ノルマンディーの12か月 2020-2021年》を展示できることになりました。

絵巻のように12か月という季節の流れを追っているこの作品を、四季があって絵巻物の文化もある日本で公開できることをホックニーは非常に喜んでいます。日本の方にとって親和性が高い作品だと思いますので、ぜひこの機会に体験してみてください。

デイヴィッド・ホックニー《ノルマンディーの12か月 2020-2021年》(部分) 2020-21年 作家蔵 ©David Hockney
デイヴィッド・ホックニー《ノルマンディーの12か月 2020-2021年》(部分) 2020-21年 作家蔵 ©David Hockney|ここに掲載されているのは近年に制作された作品。いずれも日本初公開となるものだ。《ノルマンディーの12か月 2020-2021年》(部分)は、2019年より拠点としているフランス・ノルマンディーの自然と季節の移り変わりを描いた大作で、全長はなんと90メートルにもおよぶ。東京都現代美術館の広々とした空間を活かして展示されるこの作品は本展の見どころのひとつ。作品世界に没入できそうだ

日本で27年ぶりとなる大規模個展が東京都現代美術館で開催。

デイヴィッド・ホックニー 《自画像、2021年12月10日》  2021年 作家蔵 ©David Hockney Photo: Jonathan Wilkinson

本展は全8章で構成され、作家の画業を見透せると同時に、ホックニーが今、何をどのように見てそれをどう表現しているのかを紹介している。展示作品を網羅した充実の図録、公式のオリジナルグッズ(Tシャツ、トートバッグほか多数)もホックニー監修のもと鋭意製作中とのことなので、詳細は公式サイトにてご確認あれ。

「デイヴィッド・ホックニー展」

会期:2023年7月15日(土)〜11月5日(日)
会場:東京都現代美術館 企画展示室1F/3F
公式サイト:www.mot-art-museum.jp/hockney
問い合わせ:050-5541-8600(ハローダイヤル)
休館日:月曜日(7/17、9/18、10/9は開館)、7/18、9/19、10/10
開館時間:10時〜18時(展示室入場は閉館の30分前まで)
観覧料:一般2300円、大学生・65歳以上1600円、
中高生1000円、小学生以下無料

(出典/「2nd 2023年8月号 Vol.197」

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