筆者は悲しかった。日本人にはそう感じた人が多いのでは?
実を言うと筆者も、Apple Eventの途中でこの動画が流れた時に、物が壊れていく様子に「嫌だな」と感じた。しかし、その時は、記事を書くために動画を追っている最中だったので、深くは考える余裕はなかった。
その後、AppleEventが終わってから、私の思いを代弁してくれたtweetを目にして、強く共感した。それが、この成蹊大学法学部の塩澤一洋先生のtweetだ。
楽器を潰して破壊していく映像、つらかった。自分の全身が痛みを感じた。音楽を愛するAppleがこんな映像表現をするとは悲しみを超えている。デジタルがアナログ楽器を超えたとでも言いたいのだろうか。Appleがそんなにまで傲慢になってしまったのでないことを願う。楽器は大切にしていただきたい。
— 塩澤一洋, Kaz Shiozawa💕 (@shiology) May 7, 2024
先生とは取材などを通じてネットだけでなく現実でも知己を得ており、ヴァイオリン、ピアノ、ギターを深く愛していらっしゃることも存じ上げていたので、「まったくその通りだ」と思った。
動画が公開された夜に、iPad ProとiPad Airの記事を書き終わらなければならなかったが、このことが引っ掛かって筆が鈍った。思いを消化するために、個人アカウントでティム・クックの動画投稿に意見をしたほどだ。
リアルタイムでSNSを見ていると(数値的エビデンスはないので、エコーチャンバーである可能性も否定できないが)、このCMに特に嫌悪感を抱いているのは日本人。日本人のtweetに共感を示す海外の人も多いが、やはり割合でいうと圧倒的に日本人が多い。
海外、特にアップル本社でのあるアメリカでは問題にはならないのだろうか?
海外の人たちは、どうやら日本人ほど批判的ではないように見える。アメリカ(もしくは英語圏)では、YouTubeなどにおいて、ガジェットなどをプレス機で潰したり、トラックで轢いたり、銃で撃ったりして破壊する様子をコンテンツにしているものが多く見られており、ネットミームとして定番の文化となっている側面もある。ある意味、アップルはこのネットミームのトレンドに乗ったのだ(洗練されたやり方ではなかったかもしれないが)。
日本の文化圏は『無宗教』と言いながら、長く使ったものには神が宿るという付喪神や、万物にはひとつひとつ神が宿っていると考える八百万の神という思想など、アニミズムが深く浸透してる。たとえば、「茶碗を地面に投げつけて割って」と言われても、心理的にかなり抵抗がある人が多いはずだ。『ものを大事にする』『なんとなく、ものに人格、生命を感じる』というのは、我々日本人に深く染みついているようだ。
だから特に日本において、このCMに対する批判は大きなトレンドとなった。そのうちに、会社自体を批判するものや、製品自体を否定する発言も増えてきた。円安の影響で、特にiPad Proは我々日本人にとって『高嶺の華』である側面もあって、『酸っぱいブドウ』として発言される流れもあるかもしれない。
クリエイティブの両義性
筆者の私見を述べると、この動画を見てとても悲しく感じた、これは事実だ。
ガジェットや、モノを趣味とする人たちを取材してきているから、その愛する気持ちを踏みにじるような広告であるように感じる。
一方でクリエイティブの自由も信じてるし、子どもの頃から現代美術の世界を見てきているので(父が現代美術の彫刻家なので)、こういう破壊的クリエイティブがあることも理解している。スクラップ&ビルド、破壊の向こうに新しい世界があるのもまた当然だ。愛するのも、傷つけるのもクリエイティブ。アップルは常に攻めたクリエイティブを追求して来た。人々に強く訴えようとすると、時としてボーダーラインを越えてしまう。
アップルがこの動画を作るのも公開するのも自由だが、公開前にいろいろな属性の人に検証してもらうべきだっただろう。公開前の情報に触れる人を極端に制限する同社だから、なかなか難しい問題もあるだろうが、起こったことからすると、やはり配慮が足りなかったとは思う。
これをもってアップルという会社自体を否定するのも違うと思うし、この動画が世界に10万人以上もいる社員の総和の考えだとは思わない。「謝罪しろ!」というのも日本的意見で、そもそも誰に向かって謝罪しろというのか。
モノを大事にするのも日本人だが、ひとまず誰かが誰かを叩き始めると、尻馬に乗って叩き過ぎてしまうのも日本人の悪いクセ。ここらで一度冷静になってみてもいいのではないだろうか?
道具がかわいそうという議論をしながら、動物を屠って作った食事を食べるのも矛盾。いろいろな属性、思いを持った人がいる。大切なことは、お互いの違いを認め合って、理解することだ。
アップルにも我々日本人の感じ方を理解し、配慮して欲しいし。我々もそれに関しては声を上げるべきだろう。その上で、我々もアップルがこの動画を作った背景に思いをいたし理解するべきだ。
そろそろ、過剰に盛り上がるのをやめよう
本件は、おそらく日本法人の社内でも相当に問題になっていると思う。
まさに文化の違いの問題だから、それがUS本社の方にどのぐらい伝わってるかは分からない。しかし、起こったことを反省して、対応できる会社だろうとは信じている。おそらく、このクリエイティブは日本向けにはあまり拡散されなくなるのではないだろうか?(通常は広告予算を費やして、テレビに流したりネットの表示回数を増やしリする)。
ちょっと前に公開された、『iPhone 15 Precision Finding | Find Your Friends 』のクリエイティブは良くできている。これを作ったのもまたアップルなのだ。
ちなみに、「Crush!」で使われた楽器やゲーム機などは、すでに寿命を終えた中古品ををアップルが購入して撮影に使用したそうである。CGIではないらしいのは少し残念。
いずれにしても、聞く限りでは新しいiPad Proの性能は飛び抜けて素晴らしい。この動画は悲しいし、私の心を傷つけたが、それはそうとしてそろそろ新しいiPad Pro/Airそれ自体について、考えようと思っている。
(村上タクタ)
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