良質な国民的アニメを繰り返し観ていた
マンガ、アニメ、アイドル、ゲームに精通する、ニッポン放送アナウンサー・吉田尚記氏。生まれも育ちも東京・銀座という彼の1980年代は、サブカルチャーとともにあった。
「銀座で生まれ育った自分としては、外で遊ぶにしてもクルマが来ない、危なくないという理由でデパートの屋上で遊ぶんですよ。当時、そこにはやたらとゲーム機が置いてありました。その頃のデパートの屋上ってゲームセンターだったんです。そこでつながっちゃったのが『ゲームセンターあらし』でした」
『ゲームセンターあらし』は、史上初のゲームマンガ。主人公・石野あらしが、毎回荒唐無稽なテクニックを駆使して「スペースインベーダー」をはじめとするアーケードゲームを攻略していくというストーリーで、82年にはテレビアニメ化も果たすほどの人気を博した。
「最初に自分から観たいと思ったアニメは『あらし』じゃないかな。それこそゲームセンターというそれまでにない遊び場が生まれて、それを題材にしていた。僕はこれこそがメディアミックスだったと思います。当時はタイアップという概念もなく、ただ主人公がゲームを遊んでいるだけで、おそらく公式がチェックしたりしてないと思うんですよね。今だったら監修を通らないとは思いますが…。なので私は最初からメディアの境界に対する認識があいまいだったような気がします」
アニメもゲームもマンガも、面白ければ平等に楽しむ。すでに吉田氏の核となるものが育まれていたことがうかがえる。
「あと異常に観ていたのが『タイムボカンシリーズ』です。これに限らず、当時は夕方に繰り返しアニメが再放送されていましたよね。だから週にどのくらいアニメを観ていたか、というと毎日4〜5時はずっとテレビの前にいました。そこで再放送される『未来少年コナン』みたいな宮崎 駿系と『タイムボカンシリーズ』をずっと観ているという感じでした。
特に『タイムボカンシリーズ』のカラッとしたバカバカしさみたいなものは、落語にも通ずるものがあると思います。そこにタツノコらしいアニメ表現のすごさがあり、この時代最もハマったシリーズのひとつでした」
80年代は、アニメの再放送が溢れていた時代であり、吉田少年は浴びるようにアニメを観まくった。
「当時の特徴として、ビデオデッキとかもまだ普及してなかったから、みんな興味はあるけど第1話から観るのは大変でした。それにいつ新番組が始まるっていう情報源も、新聞のテレビ欄くらいしかなかった。今みたいに第1話から全部チェックする、みたいなことってあり得ない話でした。だからなんとなく内容を把握しながら観られるアニメばかりだった気がします。そういう意味で国民的アニメしかない時代でしたね。
国民的アニメとは、第1話を観なくてもなんとかなるアニメ。『ドラえもん』しかり『サザエさん』しかり、家族構成や関係性を知っているのが当たり前で、そこからどうするっていう作品。こういうアニメってやたら良質なんですよ。国民的アニメがテレビ局によってチョイスされて、それを繰り返し観るという時代でしたね。逆に言うと、全くダメダメなアニメって再放送自体されませんでした。
今だったらYouTu beのアップできる枠が限られているみたいなものです。YouTubeって、どんな駄作でもアップできるし、レコメンドは個人の嗜好に基づいているから、一人ひとり違う動画を観ている。我々は選抜されたものを みんなが観ていたということだと思います。編集の力が強かった時代です」
手あたり次第にアニメを観ていた吉田氏だが、ある時期から「自分はアニメが好きだ」と意して観るようになっていく。
「意識してアニメを観始めたのは、80年代の終わりだと思います。88年に中学校に入るんですが、その頃、学校に『アニメージュ』を持ってきてる子がいて、アニメの専門誌があることを知りました。初めてアニメ雑誌を買ったのが、中学2年の時の『ニュータイプ』だと思います。その辺から意識的にアニメファンですね。だんだんアニメを観なくなる同級生も多かったんですが、なんで卒業していくのかがわかりませんでしたね。卒業する理由がないじゃないですか」
この時期に出会ったのが、度々自身の口からも語られる『機動警察パトレイバー』だ。
「当時、中学校のアニメーション研究会が上映会をやっていて、そこで『トップをねらえ!』『パトレイバー』『となりのトトロ』といった、いかにも当時のハイティーンのオタクが選んだような作品を視聴覚室で流していたんです。そこで僕からするとアニメはカッコいいカウンターカルチャーに見えて、アニメを観ている方がロックを聴いているよりもカッコいいじゃんという気持ちがあったように思います。『やべぇな』『めちゃめちゃカッコいいな』と思ってアニメ雑誌を買い始めました」
あらためて『パトレイバー』の魅力をたずねると、「カウンターのカウンターであるところ」と吉田氏は語る。
「『パトレイバー』って冷静に考えるとあんなに心からおもしろいと思えたのは、自分には充分な前フリがあったからかな、とも思います。我々はまず『ガンダム』を観ていますが、そもそも『ガンダム』自体がみんなが基礎教養として観ていた、いわゆるスーパーロボット系アニメに対する強力なカウンターですよね。ロボットの活躍の場を宇宙戦争ではなく現代の東京にもってきたら、という意味でカウンターのカウンターなんです。これが実にぐっと刺さった。
この期間も『ガンダム』はやっていて、それももちろん観てるんですけど、それよりは『パトレイバー』という感じでしたね。考えてみたら『タイムボカン』 もロボットものなのにギャグをやっていますからね。そういうところが好きだったんだな」
【よっぴーのマイフェイバリット’80s①】ゲームセンターあらし(82年)
ゲームセンターを舞台に、主人公・石野あらしが”炎のコマ”などの必殺技を駆使してライバルたちとしのぎを削る。
『ゲームセンターあらし 炎のDVD BOX』 2万9,700円 販売元:メディアファクトリー
【よっぴーのマイフェイバリット’80s②】機動警察パトレイバー(89年)
OVAと劇場版の人気を受け制作されたテレビシリーズ(全47話)。第2小隊の各隊員や整備班のエピソードが豊富 。放送終了後、続編のOVAが制作された。
『機動警察パトレイバー ON TELEVISION BD-BOX1』
3万5,200円 発売元:バンダイナムコフィルムワークス・東北新社 販売元:バンダイナムコフィルムワークス
コアなアニメが存在感を増していく90年代
90年代に入ると、それまでにない斬新なアニメが次々と世に放たれるようになる。
「当時、『きんぎょ注意報!』の原作マンガを読むために、男子校の高校生なのに『なかよし』を買っていたんです。そこで『美少女戦士セーラームーン』が始まって、『やばいのが始まったぞ!』『こんなの好きに決まってる!』『これが流行らないわけない』って一発で思いました。舞台が麻布十番で仙台坂の上にある偏差値90の元麻布高校っていうのが出てくるんですけど、僕、そこ(モデルとなった麻布高校) に通っていたんですよ(笑)。その学校で『セーラームーン』を読んでいる人なんて僕か漫研のもう一人くらいで」
90年代前半のアニメシーンにおいて、実は少女マンガ原作アニメに重要な作品が多かったと吉田氏は語る。
「当時、『セーラームーン』だけでなく、『きんぎょ注意報!』『赤ずきんチャチャ』『姫ちゃんのリボン』あたりの少女マンガ原作アニメも、おもしろい! と思って観てました。これらの作品には尖ったクリエイターが多数参加していて、そこから新しいアニメ表現も開発されていきました。特におもしろかったのが『こどものおもちゃ』です。高校2年くらいに放送されていたんですが、テーマとしても難しいものを扱っているのに大地丙太郎(あきたろう)監督(※)の表現はキレキレでしたし、熱心に観ていたなぁ」
※.…アニメーション監督、演出家。代表作に『ナースエンジェルりりかSOS』『おじゃる丸』など。
女子が活躍するアニメが多数登場するなかで、特にインパクトが大きかったのが『ふしぎの海のナディア』だった。
「こんなにオタク色の強いものがNHKで、このクオリティで放送されるんだと驚きました。放送時間になると同時にビデオの録画ボタンを押していましたね。3周くらい観ました」
そして、吉田氏と言えば『パトレイバー』に代表される押井 守監督作品だ。90年代を代表する押井アニメと言えば、世界の映画シーンにも影響を与えた『GHOST IN THE SHELL/攻殻機動隊』だと吉田氏は語る。
「それこそイベントを渋谷公会堂に観に行って、それを主催していたのがニッポン放送だったんです。自分は『エヴァ』よりも『攻殻機動隊』の方が好きでした。この時代のアニメのなかで、突き抜けてすごい作品でした。これがなければ『マトリックス』もないわけですからね」
もうひとつ、90年代のアニメで押さえておきたい作品が、近未来を舞台に、SF的なレーシングマシンが活躍するアニメ『新世紀GPXサイバーフォーミュラ』だという。
「『サイバーフォーミュラ』も重要なアニメです。三石琴乃さんの初メインヒロイン作品ですね。当時は押井アニメみたいな、わりと大人っぽいものに憧れていたんですが、『サイバーフォーミュラ』も大人っぽい雰囲気がありました。F1ブームを背景に作られていたと思います」
ちなみに吉田氏は、この4月から40〜50代のアニメファンがスナックで語り合うように思い出のアニメを掘り下げるトーク番組『アニマックス presents 吉田尚記のオタクガストロノミー』(アニマックス)をスタートさせている。その第1回にとり上げたアニメこそが『サイバーフォーミュラ』だ。
「『エヴァンゲリオン』とか『ガンダム』でもいいんですけど、本気のアニメ好きに向けていることを表明するためには超メジャー作品じゃなく、ほんとのアニメ好きが愛していた作品であるべきだと思ったんですよ。もうひとつ理由があって、劇中の大会が2023年に開催されたという設定があるからです。他に2023年のアニメはないかと思って調べたら、『サイレントメビウス』がありました。どっちも91年頃の作品です。この作品もいつか番組で取り上げようと思っています。そういうことを始めてしまうくらい、当時のアニメには何かありますね」
誰もが知っているアニメが幅を利かせていた80年代に対し、アニメファンの間で話題となるコアなアニメが存在感を増していくのが90年代の特徴だろう。
「『サイバーフォーミュラ』とか『サイレントメビウス』って接点がない人は一生視界に入らないじゃないですか。メジャーなシーンで人気を集めた作品でなくても、アニメファン同士で楽しめる世界ができ始めた。本格的にオタクが勃興していくのがまさに1990年くらいからです。いわば、もうひとつ別の情報空間ができ上がったわけです。
ただ意外とオタクって世間のことを見てますからね。世間との呼応と、『所詮社会に理解されないよな』っていう2つの価値観を同時に楽しんでいる節があります。世間の話題もきちんとわかることが重要で、うちの母がよく言っていた『専門バカになるな』って言葉が今につながっている気がします」
消費するだけのオタクはあまりいなかった
そんな吉田家の教育のたまものなのか。吉田少年は、アニメのみならずさまざまな趣味に興じていた。 「特にハマったのはアイドルかなぁ。東京パフォーマンスドールは出待ちをするくらい好きでしたし、パソコンも当然ゲームとかめちゃくちゃやっていました。あとは落語が今に至るまで好きですよね。それと、青春きっぷで日本の端から端まで行ってました」
それらの趣味の原動力となったのは、やはりアニメであった。
「『パトレイバー』のマンガを描かれたゆうきまさみさんの『究極超人あ〜る』も好きだったので、その影響を受けて高校生の頃はやたら旅行する「地歴部」という謎の部活に所属していました。忘れもしないのが高校2年の時、『あ〜る』がOVA化されて、九段会館でイベントをやったんですが、そこに出てきたのが山本正之さんでした」
山本正之というと、「タイムボカンシリーズ」の主題歌の他、『燃えよドラゴンズ!』や数多くの児童曲、アニメソングを生み出したシンガーソングライターである。
「小学校の頃は作者なんて気にしないで『タイムボカン』を観ているじゃないですか。歌も好きで歌ったり聴いたりしていたんですが、『究極超人あ〜る』のイメージアルバムは20万枚、30万枚と売れた大ヒット作品ですが、もう、それが大好きで。そのブックレットを見たら、そこに”山本正之”の名前を見つけて、『あれ、この人タイムボカンの人だ』と気づいたんです。
それで調べて行くと、いろんな所に名前が出ているんです。しかもちゃんとライブとかやっていることを知って、中学校の頃からライブ会場に足を運んでいました。空前絶後の人ですよね。いまだにフォロワーがいない。あとはゆうきまさみ〜とり・みき〜火浦 功という角川オタク文脈があって、最終的に彼らのルーツであるクレイジーキャッツにたどり着いて、名画座に映画の無責任男シリーズを観にいったりしていました。全部アニメきっかけで世界が広がっていますね。
アニメは深掘りの仕方がいくらでもあるんですよ。『合う気になったらどこまでも掘っていくもの』というのが当たり前だと思っていたんですが、おもしろいと思ったらそこで終わりという人がいることを大人になって知って、意外でしたね。最近は”聖地巡礼”という言葉ができましたけど、『あ〜る』のOVAは飯田線の旅行が舞台なので、実際に僕も飯田線の田切駅(長野県)まで行ったりしてました。
逆に言うと今ほど供給量がないから、握って当たり前。おもしろかったらいろんな味わい方がしたいから、そうなるとアニメだけ観てればいいというわけではなかったのがこの時代です。そうするとオタクの世界から離れた作品にも触れるし、全国に旅行も行くようになりました」
オタクはインドアというステレオタイプなイメージがあるが、実は好きなものに対して非常に貪欲で、とんでもない行動力を発揮する人種なのだ。
「この頃は消費するだけのオタクってあまりいなかったように思います。自分でおもしろくしていかないとどうにもならない。今のオタクは”アニメが好き”と自分の属性を決めて、延々アニメを観ている感じですが、当時は面白いものをたどっていったらアニメにまでたどり着いたという人が多かったんだろうなという気がしますね」
吉田氏は今やアナウンサーとして数多くのアニメ作品のイベントでMCを務めるようになった。仕事としてアニメとつき合うことで、作品の見え方が変わったり、新たな発見はあったりするのだろうか。
「作品に関わるようになった。とは言っても作り手じゃないですからね。今も見る側というのは変わりません。ただ、今度この仕事をやりましょうということで、それまで触れてこなかったようなアニメを観ておもしろいと思うことが増えました。より一層雑食になりましたね」
【よっぴーのマイフェイバリット’90s①】ふしぎの海のナディア(90〜91年)
庵野秀明初の連続テレビアニメ監督作品。 ジュール・ヴェルヌ『海底二万里』を原案とし、 ジュブナイル感にあふれた傑作 。
『ふしぎの海のナディア Blu-ray BOX STANDARD EDITION』
2万4,200円 発売元・販売元:キングレコード
【よっぴーのマイフェイバリット’90s②】こどものおもちゃ(96〜98年)
学校や、家庭、恋愛、友人関係、芸能活動といったさまざまな問題を子供視点で描く。「小学生編」「中学生編」 合わせた全102話が放送された。 監督は大地丙太郎。
『こどものおもちゃ 小学生編 Blu-rayBOX』 2万8,600円
『こどものおもちゃ 中学生編 Blu-rayBOX』 2万8,600円
発売元・販売元:フロンティアワークス
【よっぴーのマイフェイバリット’90s③】GHOST IN THE SHELL ’90s /攻殻機動隊(95年)
士郎正宗による原作の設定を活かしながら、押井 守監督独自の世界観が全開。「人間とは何か」と いう『ブレードランナー』的命題を扱う。
『GHOST IN THE SHELL/攻殻機動隊 4Kリマスターセット (4K ULTRA HD Blu-ray&Blu-ray Disc 2枚組)』
1万780円
発売元:バンダイナムコフィルムワークス・講談社・ MANGA ENTERTAINMENT 販売元:バンダイナムコフィルムワークス
※情報は取材当時のものです。
(出典/「昭和50年男 2023年7月号 Vol.023」)
取材・文:有田シュン 撮影:坂本光三郎
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