「趣味の文具箱」編集長・清水のつぶやき<第9回>万年筆インク2500色を探検する

チョモランマ(英名エベレスト)は、ネパールとチベット自治区の国境にある山。標高は8848m。辞書を引くと「実現困難な目標」の意味もあるようだ。登頂するルートは複数あり、ノーマルルートと呼ばれる南東稜は成功率が高い。だから頂上を確実に目ざすのならノーマルルートを選べばいい。にもかわらず、登頂が困難な北稜ルートをあえて選んで昇る登山家もいる。このルートはテントを張るのも難しい急斜面が多く、雪崩や落石の危険も高い。北稜ルートで成功すると、今度はボンベなしの無酸素で挑む冒険野郎が登場して……

と、チョモランマの探検に例えるにはあまりにも大げさ過ぎるのだけど、5月9日に発売になった「INK CATALOG 万年筆インクを楽しむ本」を作る作業は、雑誌編集者にとって探検を企画する登山家のようなものだった。インクカタログという頂上(完成)を目指す道に命を脅かすような危険はほとんどない。でも「北稜ルートを無酸素で」と探検家が思いつくのと同じように「この1年間に世に出た新しいインクを全部集める」と企画会議で口走ってみたら最後、1か月くらいの制作期間で500色以上のインクを集め、手書きでインクの色サンプルを作り、写真撮影をして、従来からある2000色に加えて順番を並べ替え、印刷所から色校正を出してもらい、実際の色と比べて修正して……と、担当者(とその周辺)は体力と勝負しながらインクカタログ作りという冒険の日々に突入することになる。

最近のインクは彩度が高い、つまり鮮やかで発色のよいものが増えている。紙の印刷とは3つの原色(実際はこれに黒が加わる)を合わせて実際の形や色をそれらしく擬似的に見せる技術だ。蛍光っぽい色などは忠実に再現することは不可能。しかし印刷の技術を使ってそれらしい色に近付けることはできる。いかにインクの素の色に近付けるか。これが色校正という最後のアタックとなる。

万年筆のインクカタログの歴史は、雑誌「趣味の文具箱」の創刊号(2004年)から始まった。当時はインクの種類はそれほど多くはなかった。それでも主要な万年筆ブランドが揃えている純正インクを集めてみたら全部で約120色あった。それを黒、青、赤、紫…など色別に各社を並べてみると微妙ながらすべての色に違いがあることもわかった。だったら、もれなく全部集めて誌面に並べてみよう、という軽い試みからインクカタログが始まった。その後「世の中にあるブルーインクを可能な限り集めてみる」「インクブランドを全網羅してみる」「色を分解・分析してチャートに散りばめる」……など、様々な挑戦を試み、そして形にしてきた。

「INK CATALOG 万年筆インクを楽しむ本」に掲載しているインクは約2500色。万年筆やインクメーカーのブランドと、日本全国のショップオリジナルに大きく分けて掲載している。インクから広がる万年筆の楽しい世界を少しでも多くの人に感じて欲しい。こう願う「趣味の文具箱」編集部の地道ながらも結構命がけの探検は、これからも続いていく。

INK CATALOG 万年筆インクを楽しむ本
税込2200円
B5・160ページ

この記事を書いた人
清水茂樹
この記事を書いた人

清水茂樹

編集長兼文具バカ

雑誌「趣味の文具箱」編集長。1965年福島県会津若松市生まれ。文房具に関する雑誌の編集、オリジナル文具の開発を担当。2004年に「趣味の文具箱」創刊し、世界中の文具メーカーの取材を勢力的に続け、最新の文具情報を発信。筆記具や文房具の魅力と、手で書くことの楽しさを伝えている。
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