ピコは、まるで脇差のような働きをする。
ピコは、侍の道具でいえば脇差のような存在。脇差はあくまでも補助の刀であり、護身用にしかならない短さ。しかし「必殺仕事人」(相変わらず、BSでよく放映している70~80年代の時代劇を見ている今日この頃です)の中村主水は、クライマックスの必殺シーンでよく脇差を使う。呑気な狸のような顔で相手に近づき、ここぞという場面で咄嗟に脇差を抜き、瞬殺する。仕事人としての主水の道具は脇差がほぼ主役。必殺の道具には、瞬時に取り出し、仕事が終わったらすぐに仕舞える脇差しのようなコンパクトさと軽快さが必要だ。
ラミーピコのキャッチコピーは「ポケットに収まるドイツの英知」。携帯時の全長は92mm。ワンノックで瞬時に123mmに伸びる。伸張するときに内部のスプリングが可動し、「シュキシュキン」というスムーズさを感じさせる独特のサウンドが響く。この低めの滑らかなサウンドは、内部で精密な金属のパーツが動作していることを感じさせる。こんなノック音がするペンはなかなかない。
文具店の店頭では短い状態で陳列されていることがほとんどで、多くの人はミニペンの一種と勘違いしているのではないだろうか。実は標準的な長さと絶妙な軸径(約12mm)を持つボールペンなのだ。直線の両端をきれいな半円で結んだ簡潔な形は、コンパクトさと相まってかわいい。ピコという名前の響きが愛らしさを後押しする。でも、この形には質実剛健な本性がすっぽりと隠れている。伸ばしたときに表れる後部の軸には黒い縦溝が付いたデザインで、同時に飛び出す先端にも同じ黒い縦溝がある。携帯時は丸みを帯びた最新の潜水艦のような形状で、ダイナミックな動作で一瞬で伸びると近未来型のストレートなペンに変身する様子は何度繰り返しても飽きず、ずっと眺めていられる。
愛らしいだけではない、即書きをするためのボールペンとして理想の構造。
ボタンでもなく、ツイストでもない。軸そのものをノックする。だから握ってから一瞬で書く態勢にできる。即書きをするためのボールペンとして理想の構造だ。自分が使っているピコの定位置はフライトジャケットの左上腕部のペン差しだ。夏は、ズボンのポケットに無造作に入れている。かなりハードに使っており、いろいろなものにぶつけてしまうので全身傷だらけだが、とても堅牢でトラブルはゼロ。「本当はマッチョな俺」をこっそり主張するマットブラックとインペリアルブルーの使用頻度が高いが、数年前から始まった限定カラーも気が付けば引き出しに全色並んでいた。これらはまさに猫かぶりな色。本性とネオンカラーとのギャップもまた楽しい。
ドイツ・ハイデルベルクの工場に取材に行ったときも、まっさきにピコの製造現場を見せてもらった。組み立ては熟練した経験者による手作業。内部パーツは予想通り金属製が多く、そして構造は複雑で緻密だった。「このエリアの撮影はなしで。ごめんなさい」と、ラミーの広報担当者がちょっと厳しい表情で背後に立っていた。ピコの本性はこっそりと隠しておきたいという親心なのだろう。
工場の取材の後、「ラミーのペンの中で、もっと注目されてもいい、もっと売れるべきと思っているモデルは?」とラミーの製造を管理するトップに質問してみた。まっさきに出た答えが「ピコ」だった。自分もまったく同感。いつでも、どこでも思いつきやひらめきの断片を漏らさず記録するメモ魔には最強の即書きツール。甲高いノック音もしないから静かな場所でも安心して使える。ラミー好きなら1本は持っているべき名品だと思う。
ちなみに筆記状態に伸ばした時の長さと軸の直径の比率は、多くのデザインアワードに輝くダイアログ3とほぼ同じ。デザイナー、フランコ・クリヴィオが作り上げたフォルムの端正な美しさも、ピコの隠れた魅力だ。
※「ラミーパーフェクトブック(枻出版社)」掲載記事を元に加筆。
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