(写真中央)谷村有美/たにむらゆみ|シンガーソングライター。ピアノを駆使し叩くように演奏するライブには定評がある。エッセイ、特にラジオ・FMプログラムでのDJとしての実績も多数
(写真左)横内伸吾/よこうちしんご|昭和30年、富山県生まれ。2ndアルバム『Face』から谷村有美のプロデュースを担当した。他に手がけたアーティストに、五輪真弓、区麗情などがいる
(写真右)西脇辰弥/にしわきたつや|昭和39年、愛知県生まれ。1987年に音楽ユニットPAZZのメンバー(キーボード)としてデビュー。88年からは音楽プロデューサー、作曲家、編曲家として活躍している
『PRISM』の頃、コラボにはこんな発見があるんだというところにシフトした時期
西脇 最近のAORやシティポップ再評価というようなキーワードがここにあって、まさに僕は多感な時期にAORを浴びるように聴いて育っているから。AORってすごくさわやかで聴きやすい音楽というイメージがありますが、実はめちゃくちゃ意欲的で尖っていて、まだまだ尖り方のバリエーションがあると思っていたから、『PRISM』は変なリズムパターン、いかれたコード進行やとんでもない転調、超絶ユニゾン…。
谷村 全部入ってる(笑)!
西脇 そういう僕の思考を、有美ちゃんも横内さんもすごく喜んでおもしろがってくれてものすごく幸運でしたし、お二人には感謝しかありません(笑)。
谷村 「朝は朝 嘘は嘘」「かもめのように」とか『Hear』でも、西脇さん一人でも完結できるわけじゃないですか。それがだんだんいろんなミュージシャンを起用することによって「他の人とのコラボはこんな発見があるんだ!」というところにシフトした時期がありましたよね。それが『PRISM』の頃かな。
西脇 だんだんそういうことができるようになった。もともとはコミュ障の多重録音マニアだから(笑)。最初は譜面を書いて結構細かくフレーズを指定したけど、名プレイヤーと言われているような人たちに来てもらうようになって「あ、こういう風になるんだ」みたいな。同じフレーズを弾いてもプレイヤーによって全然変わるから、その「どうなるかわからない、でもすごくいいかもしれない」というところにだんだん興味がいくようになって。コミュ障からコミュニケーションができる大人になっていく過程ですよ(笑)。
―『PRISM』では「黄昏のシルエット」も衝撃的でした。ピアノソロを有美さんが弾かれることになった経緯は?
谷村 「弾かせて弾かせて! ここ弾けるよ」って(笑)。お手本を弾いてくださって、「このとおりでもいいし好きにしていいよ」という感じだったと思います。
横内 あのソロは「ステージ映えがしそうだな」という狙いはありましたね。
―88年、89年当時の谷村さんは多忙だったと推察されます。テレビやラジオなど何かしらのメディアでファンは毎日会える感じでした。
谷村 家賃、返してほしいというくらい家に居なかった(笑)。早朝生のテレビ番組の他に、ラジオは週に2時間枠の生放送が3本、さらに隔週で土曜に3時間の生放送でその合間に収録だったので。で、レコーディングは朝まででしたよね?
西脇 結構、昔はそうだった。時間がかかった。
谷村 レコーディングスタジオからそのまま朝の番組のスタジオに行ったりするのはしょっちゅうでしたね。レコーディングスタジオから行って、レコーディングスタジオにただいま、みたいな。
横内 テイラー・スウィフトだってこんなに忙しくないと思う(笑)。あの隙間でスタジオを押さえるのは大変だったんですよ。当時はまさにガールポップの絶頂期であり、スケジュールはきつかったですよね。
谷村 ツアーに出た時にはもう次のアルバムの曲作りだったから。待ってくれないマーケットの状態もあるし、代えはいくらでもいるからって。ただ、アルバムで勝負させてもらえているという自負がもてるようになっていたので、そこはあまり焦ってなかったですね。
ギターシンセソロが炸裂西脇ワールド
谷村 「HALF MOON」ってもともとあった曲ですか?
西脇 そう。あれも19歳の時に作ったの。
谷村 デモテープを聴かせていただいて、横内さんが「これしかないよね!」って。
―「HALF MOON」きっかけでアース・ウィンド・アンド・ファイアーやエアプレイを聴き始めた人も多そうです。
谷村 すごーい(笑)!
横内 なるほど(笑)。光栄なことですね。
西脇 「異様なコード進行」って言われることも。そうした感想は、すごくうれしい気がする(笑)。
谷村 コードを楽譜で見ても、あの曲になるとは思わないんですよね。弾いて歌っていくとメロディラインがすごく衝撃的で、弾き語りをした時に「なんじゃこの曲は!?」(笑)。知っているから歌えるけど、知らない人が初見では絶対無理というメロディワーク。ギターシンセソロも素敵ですよね。西脇ワールドバリバリ炸裂しまくり。
西脇 「HALF MOON」も「朝は朝 嘘は嘘」のソロもそうだけど、アドリブという要素は一切なくて前もって完璧に作曲されたものなんですよ。たとえばスタジオにギタリストを招んで「ソロやってください」という時は、その人にアドリブをお任せしてそのキャラクターを引き出すようにまとめていくのが基本なんですね。逆に書き譜で「このフレーズをやってください」という時は、テーマのフレーズやシンプルなものをお願いすることが多い。「朝は朝 嘘は嘘」や「HALF MOON」のような作り込んだソロを、ギタリストにそのとおりに弾いてもらうのが非常に申し訳なくて、自分のできるシンセでやらせてもらったという感じなんですよ。
谷村 「俺が弾くぜ」みたいなのかと思ってました(笑)。
西脇 まあ、そういう側面もなくはない…(笑)。
谷村 だから他の人が演奏するなんて、これっぽっちも想像しなかったので(笑)。
西脇 一般的なディレクターさんやプロデューサーさんは「ここはギターに差し替えでしょう?」と言う人の方が多いんですよ。だからおもしろがってくれた横内さんと有美ちゃんには本当に感謝なんです(笑)。それで自分のスタイルを一つ作ることができたし…。
谷村 今回この顔ぶれで鼎談できないかと西脇さんに電話をした時に「横内さんの男気で始まったレコーディングだから」って言ってたのは…。
西脇 そうそう。横内さんの「次はこれからの人たちで作るんだ」という英断は、なかなかできないと思うんですよね。
横内 本当に谷村有美の声のすべてを使える人は、やっぱり西脇さんだと思った。だから彼女はものすごく長い時間、スタジオに入っていたんですよ。自分のメインボーカルもそうだけど、その後にコーラスにかける時間が…。
西脇 そうそう、膨大に一人で重ねてた。
横内 人間シンセサイザーと化してたよね、完全に。
谷村 コーラスと言っても、オルガンのような声とか、尖ったシャリシャリした声とか、指定もちゃんとあるんですね。もうちょっと息を混ぜる感じとか丸くくるまる感じとか…いろんな声質に取り組むのがすごく楽しかった。だから職人っぽかったですよね。
西脇 あの瞬間は職人だよね。
―『Docile』で西脇さんとのコラボが終わるのですが、やりきった感じだったのですか?
横内 やっぱり「もうやっちゃったな」という感じはあったと思います。それまでのような「さぁ、次はこれだ」という感じがちょっと出にくくなっていた感じがあったかなと。担当も途中で変わったんだよね。
谷村 「ときめきをBelieve」は多分ツアーのゲネプロが終わって、レコーディング後に病院で点滴を打って入院して、そこから大宮ソニックシティの初日みたいなハードスケジュールだったので記憶がないんですよね。でも最後、横内さんがごめんねって言って泣いたの(笑)。
横内 身体がボロボロなのに「もう1テイクいこうか」って、なんて酷いやつなんだと。
谷村 『Docile』で大村雅朗さんが久しぶりにアレンジで参加してくださって、そして清水信之さんが登場するんです。信之さんは「がんばれブロークン・ハート」とか一連の西脇サウンドを聴いてくださっていて、「ちょっと、何やってくれちゃってるの!」と褒めていただきました。
西脇 信之さんとも親しいプロデューサーがね、『愛は元気です。』に入っている「どうでもいいの」を信之さんのアレンジと勘違いしたみたいで。信之さんに、「『どうでもいいの』って信之さんですよね?」って聞いちゃったみたいで、すかさず「これ西脇!」って…。
谷村 それ、信之さんも言ってた!
横内 「どうでもいいの」って、よくこんなオケ作ったなと思うぐらいだよね。ビッグバンドのすさまじい音圧!(笑)。
谷村 ゴージャスですよね(笑)。
―この顔ぶれでの『愛は元気です。Ⅱ』を期待してやまないという読者もいるはずです。
谷村 いいですね、やりたいな! 横内さん、お願いします!
西脇 これは横内さん以外あり得ないですね。
谷村 これまで話したように、90年代はありがたいことに超多忙で、コンビニに一人で行くことさえもできないくらい普通の日常があまりにもない状態でした。でも、今はたっぷり日常を満喫してるし、子供も育て上げてやっと時間がもてるようになってきました。ホロスコープや占いを見ても“解放される”と出ていて、「いやー、解放されるんだ!」と思って。なので、『愛は元気です。Ⅱ』、ぜひ!
【谷村有美最新INFORMATION】
https://www.sonymusic.co.jp/artist/YumiTanimura/info/557181
@tanimurayumi ブログwww.yumi-tanimura.com 谷村有美 official YouTube channel @yumitanimura_official
【西脇辰弥最新INFORMATIONはこちらより】
@xixiechenmi 公式サイトhttps://nishiwakitatsuya.com
(出典/「昭和50年男 2024年1月号 Vol.026」)
取材・文:北村和孝 撮影:吉場正和
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