戸越銀座の一角にある、 水〜金曜だけ盛り上がる店。
その店は週3日だけ開く。水、木、金曜の夜7時から、のみだ。下町の風情を残す戸越銀座商店街から少し入った2階にある『ドリフターズスタンド』のことだ。
扱うのは、山や森を歩き回るための旅するドリフター(漂流者)向けの旅道具。特に超軽装で野山を歩く、UL(ウルトラライト)ハイキングのギアを多く揃える。
「僕自身がULハイカーなんですよ。まず自分の好きなモノを仲間たちに勧めたかった」と、オーナーのタケミチさんは言う。
「そしてもうひとつの好きなモノも、一緒に売っているわけです」
2つめの“好き”はクラフトビール。角打ちスタイルで、店でそのまま立ち飲みも楽しめる。
だからハイカーやランナーなど同好の士が集い、ビール片手にギアや外遊びの話で盛り上がる。立ち飲みをきっかけにULハイカーになる客や逆もまた多いらしい。そんないい店なら、もっと営業すればいいのに。そう伝えるとタケミチさんは笑顔で首を振った。
「今はしたくない。僕、平日の日中は会社員をしていますからね」
アメフトで培った戦略思考と向上心。
47年前、タケミチさんは北海道で生まれた。子どもの頃から外遊びを好み、中学まで野球少年。ただ小樽の大学に入ると、握るボールの形を変える。アメフトだ。
「戦略を練って敵の動きを読み合って勝負する。そういう競技が好きなんです。アメフトは“プレイコール”といってワンプレーごとサインを出し、敵の裏の裏をかいたりする。そこが面白くって」
新卒で消費財メーカーに入ってからも“好み”は変わらなかった。赴任先の高松で自社商品を売り込む営業職。独自にフェアやイベントを企画提案して売上を伸ばした。努力と結果を積み上げるとステージが上がるのは、スポーツもビジネスも同じだ。
「四国を経て大阪で営業をしていたのですが、29歳で東京本社で念願の商品開発部の担当に」
マーケティングでも持ち前の企画力と戦略思考は強みになった。仕事の幅も広がり、成長実感もあった。しかし、ある程度ステージが上がると、これまでと違う「プレイコール」が届くものだ。
「プレイより調整やマネジメントを求められる機会が増えたんです。責任あるポジションを任せられるのは嬉しかったけれど、わがままなので自分のやりたいようにやりたい気持ちが大きくなって」
気がつけば、仕事で熱くなる瞬間が減っていた。ジレンマと眉間のシワだけ増えていった。外遊びと再開するのは、そんな時だ。
『ULハイキング』。
2010年頃、雑誌やブログで目にするようになった。大阪時代から妻のエミさんと屋久島を旅することなどはあったが、まったく違う興奮を感じた。
「当時は短パン・生脚・スニーカーを良しとするのがULハイキングの世界観。伝統的なハイキングおじさんから怒られそうなほど、自由なんです。そこが良くて」
ムダがなく美しいギアを掘るのがまずたまらなかった。その頃、山には重装備のハイカーが多く、ULハイカーってだけで意気投合して繋がられるのが楽しかった。そして何よりコレが良かった。
「軽装だから動きやすく身軽、だから通常より長いハイキングルートも短期間で歩ける。自分のフィジカルと戦略を頼りに、ムリめの山やルートを制覇できる。その達成感ってハンパじゃないんです」
仕事で抑え込まれていた何かが溢れ、発散されるのを感じた。
その後、クラフトビールにもハマる。パンクIPAをきっかけに飲み漁るように。夫婦でポートランドやLAでブルワリーとランニングを楽しむ旅も繰り返した。味もデザインも個性丸出しでプロダクツを出し、楽しむ様に共感した。
「自分たちで自分たちがいいと判断したものを、何にもジャマされず世に出せる。うん、形は違えど会社あれこれ考え過ぎる自分には、羨ましかったんですよ」
そのルートの先に『ドリフターズスタンド』があった。
サラリーマンの肩書がなくなったら何が残る?
『こんなモノつくってみました』
2016年前後、ULハイキングの仲間たちが続々と自身のブランドを立ち上げはじめた。タケミチさんは40歳を目前の頃。彼らがカッコよく見える一方、サラリーマンの肩書をとると何も残らなそうな自分に、小さく焦った。
「ならば自分も……と考えた。だからってビールやギアを作るのは違う。僕が得意で好きなのは素晴らしいクラフトマンが作ったものを『めちゃコレいいですよね』と伝えること。自分が得意な領域で、スキルも活きますからね」
こうして2019年、『ドリフターズスタンド』が誕生した。平日は本業で忙しく、土日は山や遊びに行きたかった。だから、水〜金曜の夜だけ開く店にした。
クラフトビールは味とジャケを見定めて気に入ったものを仕入れた。ギアの多くは友人たちのブランドだ。一緒にリアルなハイカーの声を形にしたコラボプロダクツなどが生まれる場にもなった。あとは冒頭で触れた通り、夜な夜なハイクとビールの楽しい宴だ。
「でもね、この場で知り合った人同士が『今度一緒にあそこに行きましょう』と新しい旅の入口になっているのが一番うれしい。そういう旅が生まれる、『ドリフ』が、そんな新手の観光案内所になったらいいなと思っているんです」
クラフトビールやULハイクに興味を、そして仕事にジレンマを感じていたら、戸越の2階に立ち寄るといい。良き旅先と良き人生を案内してもらえるに違いない。ただし、水〜金曜の夜だけだ。
【DATA】
drifter’s stand
東京都品川区平塚1-5-7 戸越第1ビル 202号室
営業/19:00〜22:00(水~金曜)
休み/不定休
instagram:@drifters_stand
https://linktr.ee/drifters_stand
※情報は取材当時のものです。
(出典/「Lightning 2024年5月号 Vol.361」)
Text/K.Hakoda 箱田高樹(カデナクリエイト) Photo/Y.Roppongi 六本木泰彦
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