8歳で「怪物」に憧れてサッカーをはじめた。
2002年6月2日、さいたまスタジアム。日韓W杯1次リーグ・イングランド対スウェーデン戦だった。一ノ瀬達仁さんは、初観戦したサッカーの試合に出たベッカムの姿を「今も鮮明に覚えている」という。
「めちゃくちゃ人気でしたからね。ただ僕はその日韓大会でブラジルのロナウドが好きになり、そこからサッカーを始めたんですよ」
当時8歳だった一ノ瀬少年は21年経って、別の形でサッカーに携わっている。ベッカムを観たのと同じ地元・埼玉県でサッカーのユニフォームやジャージに特化した『古着屋ロスター』のオーナーを務めているからだ。
「ベッカムのユニフォームもロナウドのも置いてあると思いますよ。ゴン中山のTシャツも……あ、すいません。コート予約のお客さんがいらっしゃったので」
コート? 予約? そう言いながら扉を開けて、横にあるネットに囲まれた人工芝のコートへ向かう。掃除した後、ビブスとボールを用意してプレイヤーたちを迎えた。
サッカー専門の古着店。それだけでも珍しい『古着屋ロスター』は実はフットサル場の中にある。むしろフットサル場の運営者だった一ノ瀬さんが、ひょんなことから立ち上げることになった、実にユニークな古着店なのだ。
プレイヤーも洋服も「他とは違う」を求める。
日本代表では、南野拓実選手や浅野拓磨選手と同じ年齢。彼らがそうだったように、一ノ瀬さんもロナウドやロナウジーニョなどのプレイをTVで観て、翌日にグラウンドで真似る日々を送った。
「特に中学のときはバルサみたいに、細かいパスをどんどんつなぐサッカーが好きでしたね」
高校はサッカー推薦で地元の強豪・昌平高校に入るほど、一ノ瀬さんのパスセンスは光っていた。ただ浅野選手のように正月の国立競技場で華々しく活躍するのとは、ほど遠い場所で戦っていた。
「200人部員がいてレギュラーに入るのすら大変でした。それでもサッカーはずっと好きで」
高3の夏に部活を引退しても、地元・春日部のフットサルコートに足繁く通った。かつての部活仲間とつくったルチームで蹴ったし、ひとりでフラッと参加して即席のチームでプレイする「個サル」にも参加した。そこでもパスをつなぎにつないでゴールに至る、バルサのスタイルを目指した。サッカーやフットサル以外ではなかなか味わえない、ボールを蹴る者だけが味わえる、あの興奮をいつも求めていたわけだ。
「さすがにプロサッカー選手は諦めていましたが、一時はフットサルの社会人リーグを目指したこともありました。まあ、実際はそちらも難しかったんですけど」
そこでもうひとつ、サッカーと同時に好きだった道を選んだ。洋服だ。
「古着が好きでしたね。2010年代って、ギャル男みたいなスタイルが多かったけれど『人とかぶらない』スタイルがしたくて」
いつも古着のリーバイスやカーゴパンツなどを穿いた。またそこに古着のサッカー・ユニフォームを合わせるのが一ノ瀬流だった。
「それこそ人とかぶらない」
’90年代前半、少し普段着にサッカーシャツを着るスタイルが流行ったことがあった。しかし、1994年生まれの一ノ瀬さん世代には新鮮に写った面もあった。古着店やリサイクルショップでバルサ時代のロナウジーニョのユニフォームや、ACミランやリヴァプールのジャージを好んで掘った。それをデニムなんかにあわせて遊びに行くと、友達に言われた。
『あれ、何? 今日、遠征?』『またユニだ。練習試合かよ』
プレイスタイルもコーディネイトも「人と違う」を目指す一ノ瀬さんには、褒め言葉だった。
大手セレクト経由フットサルコート行き。
高校卒業後はファッション系の専門学校を経て、大手セレクトショップの販売員となった。渋谷店に立ち、大好きな洋服に囲まれて、接客に励んだ。さすがにサッカーシャツじゃなかったが、好きな洋服に身を包んで、また洋服好きが多く訪れる店に立つのは幸せだった。
「『このスウェットの生地感、たまらないね』とか『今季はどんなスニーカー入れてるの?』とか。お客さんと自然と会話が盛り上がる時間が好きでしたね。プライベートも仕事も混ざり合うようで」
春日部から渋谷に1年ほど通った頃、「そろそろ引っ越すか」と考え始めた。そもそも引っ越さなかったのは、地元で毎日のようにフットサルをしていたからだ。
「仕事を終えて夜中から個サルに参加したり、友だちと蹴ったり、週に3回くらいは地元のフットサル場『ロスター春日部』に通っていたんです。地元で“蹴る”生活もけっこう大切だったんですよね」
そんな時『ロスター春日部』の大家兼オーナーから声がかかる。
「一ノ瀬くん、このフットサルコートの責任者にならない?」
突然の決定的なパス。スルーするか、ゴールを狙うか。 迷った末、思い切り打った。
一人で来たプレイヤーこそ声をかける理由。
2014年、会社を辞めた一ノ瀬さんはフットサル場『ロスター春日部』の運営者になった。
「22歳くらいで、運営を任されることにも魅かれましたね。何しろ毎日ボールも蹴れるし」
運営手腕もなかなかだった。たとえば、個人参加の「個サル」では、なるべく一ノ瀬さんは積極的にお客さんに声をかけるという。知らない人といきなり同じチームになる個サルのシステム。誰しも多少の緊張をしてプレイすることになる。誰かが「がんばりましょう」「そのシューズ、いいですね」と他愛ない言葉を交えるだけでぐっと距離が縮まるからだ。
「客として個サルを利用したとき、明らかに会話があると『また来たい』と思えたんです。それを実践しました。ショップ店員時代のスキルも少し活かせてますかね」
人数が足りないチームがいたら助っ人として入ることもした。10人集めるのが大変なこともまた客として知っていたからだ。こうしてフットサル場を手掛けていると、ショップ店員をしていた頃より明らかに「お客さんの顔を覚えている」ことに気づいた。
「やっぱり深く長く会話もできる。加えてパス交換すると『あ、前に受けたな』ともわかる。仕事というか、いい時間だなって感じます」
その延長に、古着店もあった。
ヴェネツィア時代の名波のシャツが第1号。
きっかけは親会社である運営会社からの「物販をしてみたら」という声がけ。ただ新品のシューズやゲームシャツを置いたが、さっぱり売れなかった。「試しに……」とラック一つに5着だけ、家にあったサッカーウエアを置いた。
「すると違ったんです。反応が」
フットサルのお客さんから「懐かしい」「欲しい」「売ってるの?」と声が溢れた。そしてヴェネツィアのユニフォームが売れた。
「’99〜’00年のセリエA時代、名波選手のユニでした。もったいなくて売りたくない気持ちもあったけれど、喜んでくれたのがそのままこちらも嬉しくって」
洋服への情熱が再燃した瞬間でもあった。しかも大好きなサッカーとかけ合わせられる。ついでに誰とも「かぶらない」ことだ。
「だから古物商許可を取りフットサル場の倉庫にサッカー専門の古着店を作らせてもらったんです」
こうして2021年、『古着屋ロスター』は生まれた。最初は自らのコレクション中心に置いたが、今はバイヤーをしている友人が出張でヨーロッパに行く度、現地でサッカー系の古着をピックアップしてもらっている。宣伝はインスタのみ。事前予約制だが、それでも周辺だけじゃなく都内からもお客さんが訪れる。
当然、サッカーファンも多いが、最近ヴィンテージのサッカーウエアがトレンドになっていることもあり、ファッション好きの若者も大勢来てくれるという。人とかぶらない店をつくった、結果だ。
「そんな風にいろんな方が店内のユーベやシティのウエアや、店に流している’90年代の試合なんかを観て『懐かしい『この頃好きだったな』なんて盛り上がるのが最高。そういうのが好きなんで」
サッカー談義でもフットサルでもいい。一ノ瀬さんのパスセンスを味わいたいなら春日部へどうぞ。安心だ。一人で行っても、うまいこと話しかけてくれる。
【DATA】
古着屋ロスター
埼玉県春日部市備後東4-4-9
TEL048-797-8748
営業/15 :00〜21:00(事前予約制)
休み/不定休
https://www.instagram.com/roster_vintage/
※情報は取材当時のものです。
(出典/「Lightning2023年10月号 Vol.354」)
Text/K.Hakoda 箱田高樹(カデナクリエイト) Photo/S.Kai 甲斐俊一郎