’90年代の映画でよく観たあの店を。
きっと観たことがあるはずだ。西海岸のロードサイドに、当たり前のようにあるガソリンスタンド併設のコンビニエンスストア。制汗剤やバブルガムやルートビアみたいな日用品が置かれ、ハリウッド映画の冒頭ではよく強盗に襲われたりする、ああいう店を。
岐阜県大垣市にある『ABCDストアズ』は、まさにそれだ。
「そう。だから最初はレジ前を全面、金網貼りにしたんですよ。アメリカのああいうコンビニ、サイドストアの雰囲気を出したくて」とオーナー安福洋二さんは言う。
「ただすぐ取っちゃったね」と妻の晴美さんが笑いながら続けた。
「金網越しだと、びっくりするほどお客さんと話しづらくて」
やけにカッコいい2人が、やたらリアルな、このコンビニをつくった理由は、3つある。1つは「本当に好きなことだけしていたい」と考えたから。2つめは「“仕入れ”と称してLAやハワイに行ける仕事がしたい」と思い立ったから。そして3つめが、アツい。
「会社を辞めて2人でずっと遊んでいたかったんです」(洋二さん)
手作りの鉄製家具を見て元ギャルが一目惚れした。
10代の頃にハマった音楽などのカルチャーがあると、たいてい一生その人に強く影響を残す。’90年代に10代後半だった洋二さんの場合、それはグランジ・ロックやヒップホップだった。地元・大垣では高校の頃から髪を伸ばし、バンドに入れ込んだ。大学進学で大阪に行くとヒップホップも聞くように。
「MTVをよく観ていたせいですかね。その頃から、ボロいバンのクルマに嫁さんと犬を乗せて、自分の営む店に通う。そんな日常が夢になっていた」(洋二さん)
岐阜周辺にローライダーのカルチャーが根付いていたことも大きかった。だから卒業後、すぐ大垣に戻り、工場設備などを手掛ける商社に勤めた。稼いだ分は旧いシボレーや、自ら行うバイクのチョッパーカスタムに変わった。さらにカスタムで身につけた技術を使った家具ブランド『FEDUP STORE』を起ち上げ。無骨なデザインでファンを得ていた。
時間と場所を移す。洋二さんが就職した頃、晴美さんは故郷の長崎で高校に通っていた。続けていたバスケをやめ、愛読書は『スラムダンク』から『egg』に。リバウンドでギャルになった。
「自分でも男から女になったような変わりようでした」(春美さん)
その後の変わりようもなかなかだ。バイトしていたシルバーアクセ店のオーナーが「全国展開する」と宣言。晴美さんはキャリーケースを手に各地へ飛び、店舗の立ち上げ担当者として活躍した。
「この時に店舗づくりや交渉のあれこれを学びました」(晴美さん)
その後は、渋谷の某クラブの店長に。ヒップホップやソウルなどの音楽好きだったことからイベント企画や運営を意欲的に行った。
「ただ真剣にやるほど、『このアーティストは推したくないな』と思う仕事もせざるをえない。段々、嫌気が指して」(晴美さん)
好きに忠実でいると、いらぬ悩みも増えるものだ。そして30代、洋酒ブランドのPRの仕事をしていた頃に、行きつけだったバーガーショップでやたらカッコいい家具と出会う。「めっちゃ好み!」と店長に聞くと、紹介してくれた。
「『岐阜にあるFEDUP STOREのだ』『作っているのは彼だ』とインスタを見せてくれたんです。一目惚れでした」(晴美さん)
ハワイで見つけた本当に過ごしたい時間。
元バスケ少女は、速攻が得意だった。晴美さんは、仕事にかこつけ大垣へ。そのまま2人は付き合いはじめて、翌年には結婚した。直後の新婚旅行が今に続くルートを開く。2人とも初めてのハワイ。晴れやかな天気、伸びやかな道、ゆるやかな時間にヤラれた。
「こんな場所に経費で来られる仕事に就きたいと、22年勤めた会社を辞めたんです」(洋二さん)
最初から今の店が浮かんでいたわけじゃない。仕入れでハワイに行くなら「ハワイ雑貨を扱うサーファーズハウスとか?」と思案したらしいが、すぐ取り下げた。
「考えてみたら、2人ともサーファーじゃないし、カルチャーなら、ハワイよりLAあたりの雰囲気が好きだったので」(晴美さん)
それなら……と洋二さんの脳裏に浮かんだのがMTVや’90年代のアメリカ映画の風景だ。不良たちが集うサイドストアやリカーショップ。心躍った10代後半の記憶を辿り、設計図に落とし込んだ。
「元々仕事でCADは使っていましたからね」(洋二さん)
当初は潰れたガソリンスタンドを探したが、ない。結局、祖母の家があった駐車場にゼロから建てた。商品はハワイやLAで買った「店がカッコよくなるモノ」を並べた。売れるから、使い勝手がいいからじゃない。好きだからだ。
2019年、こうして『ABCDストアズ』は生まれた。店名はもちろん、ハワイの某店にインスパイアされたものだ。直後にコロナ禍となり、ハワイ仕入れ旅の夢がお預けになる予想外の事態に。ただ、店の支持も予想外だった。
「こういう日用品を探していた」「店構えが最高。カスタムカーの写真を撮りたい」。コアなアメリカ好き、クルマ好きが、北は北海道、南は九州から訪れたからだ。
「好きなことにこだわる人が遊びに来る店になった」(洋二さん)
今年、久々にハワイへ買い付けに行った。「思ったより買わなかったけど」「でもハワイ、やっぱ良かったね」。好きに忠実でいると、いつか夢が叶う。最高の遊び場。2人が創ったのは、それだ。
什器の汚れも、売れない商品も「理想の店」をつくるために。
「映画で強盗に入られるリカーショップみたいにしたかった」とセンスあふれる元ネタを教えてくれる洋二さん。だから当初はレジカウンターは全面金網貼りだったとか。「でもお客さんと話しにくくて、すぐやめました」(晴美さん)
JR大垣駅から徒歩10分の場所にある、アメリカ映画に出てくるコンビニのような雑貨店。あくまで「ガソリンスタンド風」なので、給油はできません。
店舗横に停めてあるのは、フルサイズのキッチンカー。「近日中にここをキッチンにしてアメリカンチャイニーズを提供する予定」。楽しみだ。
店先においてあるPayphone(公衆電話)ブース。実はこれ、ブースごと洋二さんがワンオフで作った代物。
ボクらにとってスペシャルな“アメリカの当たり前”があるんです。
アメリカの田舎町のどこにでもあるガソリンスタンドのサイドストア。そんなコンセプトのもとに集められた、アメリカの日用品、文具、工具、化粧品などなど。「売れる・売れない」じゃなく、「店がかっこよくなるか・否か」で選んだモノばかりだ。
Handy Bag Helper
ショッピングバッグを何個も片手で持てる、実は普通に便利グッズ。「いいでしょ。今まで1コしか売れてませんけど」(洋二さん)。750円
Original Print T-Shert
洋二さんが隣接する『FEDUP STORE』の工房で一枚ずつ手摺りしているTシャツ。ちょっとファニーなプリントがそそる。各4950円
Mexican Guest Check Book
飲食店のオーダー表は、ゴワゴワな紙質が実にメキシコ。「ハンドサイズでかわいいので、メモ帳として使ってほしい」(晴美さん)。550円
Invisible Hair Net
料理するときに髪が落ちないようにかぶるヴィンレージのヘアネット。「パッケージの’70〜’80年代を思わせるジャケが良くて」。750円
Composition Book
アメリカを代表する文具ともいえる「Composition Book」のノートです。880円
Stocking Cap
ラッパーなんかが帽子の下に被るのをマネる人が多いが、実はウェーブの強い髪をセットするため使うツール。どちらの用途でも。各770円
ABCD Clear File
A4サイズのクリアファイルは、ウィークリーアド(折込チラシ)をモチーフにしたデザイン。550円
Rolling Death Maui Sticker
名前最高なハワイのストリートブランド「Rolling Death Maui」のステッカー。660円
Original Key Chain
キーホルダーは、黒地に金色のセクシーなものやシンプルロゴタイプなど多数アリ。770円〜
Express Mail Box Sealing Tape
アメリカの郵便用シーリングテープ。グラフィックデザインが完成され過ぎです。2200円
Eye Black Sticker
プロ野球選手が目の下につけているアレです。「うちではコレを『大リーグ』と呼んでいます。メジャーリーグではなく」(晴美さん)。330円
Air Freshener
クルマ用のバックミラーにかけるタイプの芳香剤。お土産感のあるオリジナル。各800円
無骨な家具ブランド『FEDUP STORE』のオーナーでもある。
バイクのチョッパーカスタムに端を発して、鉄や金網を使った家具ブランド『FEDUP STORE』のオーナーでもある洋二さん。ヘアサロンやレストランなどからのオーダーも数多い、知る人ぞ知る人気ブランドなのだ。店に併設した工房も要チェック!
ガレージセール中だったロッカーシェルフ。18万5000円
【DATA】
ABCD STORES
岐阜県大垣市林町1-43
TEL0584-40-1232、11時〜20時 金曜休
(出典/「Lightning 2024年11月号 Vol.367」)
Text/K.Hakoda 箱田高樹(カデナクリエイト)Photo/Y.Amino 網野貴香
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