たとえ生産効率は低くてもドイツに伝わる昔ながらの方法でカットソーを作りたい
日本語で発音するならばメルツ・ベー・シュヴァーネン。ブランドのモチーフは白鳥(ドイツ語でSchwanen)。美や優雅のシンボルであるだけでなく、“再生” の意味も持っているという。
ドイツ南西部シュヴァーベン・シュラにある工場では1920~ʼ60年代の吊り編み機が32台稼働。ここでMerz b. Schwanenの生地が作られている。ガッシャン、ガッシャンとアナログな音が響く。
吊り編み機のスペシャリストで、メインテナンスを受け持つロバート。音を聞いて機械の調子を判断するという。彼の足元に溜まっているのは編み立てられたばかりの生地。
このモーター1台が、稼働している32台すべての吊り編み機の動力源。現在のようにコンピュータ制御などもちろんなく、モーターが故障したら生産が止まってしまう。
機械の細部は非常に複雑な構造だ。旧さゆえに性能に個体差があり、外部の気温にも左右される。急に編みの設定を変えるのもダメ。とてもデリケートな存在である。
吊り編み機には製造年が記されている。こちらは1929年製。戦火を逃れ現在も稼働し、当時のモノ作りを我々に伝えてくれていることに感動を覚えずにいられない。
きっかけはマーケットで出会ったヴィンテージ
ドイツ南西部シュヴァーベン・シュラ。この地域の人々は旧くから農業を営んでいたが、1850年頃から土地が痩せ始め生計を立てていくために編み物を始めた。
その後旧式の丸編み機、現在「吊り編み機」として知られる機械が導入され、繊維産業の街として発展していった。1911年、ここにMerz b. Schwanenという衣料メーカーが創業する。一時は2000人を超える従業員を抱えたが、大量生産・機械化の波 なる にもまれ経営は苦しく。創業家であるメルツ家は一族で伝統的な製法を守ろうと努力したが、閉鎖を余儀なくされていた。その頃、ドイツ人デザイナー兼テーラーのピーター・プロトニッキは、1910から20年代のヘンリーネックシャツをマーケットで見つけ、その作りの良さに感銘を受けていた。コットンの柔らかな風合い、手間のかかるリブの仕様、織りタグの美しさ。 〝これをもう一度作ってみたい〞と、ドイツの伝統的な繊維産業の地シュヴァーベン・シュラへ、シャツの源流を調査に向かった。実はそのシャツの出処はMerz b. Schwanen。運命が彼らを引き寄せ、Merz b. Schwanenの最後のオーナーはピーターへブランドネームを譲渡した。そこから、新たなMerz b. Schwanenの歴史が始まった。
このヴィンテージとの出会いがピーターの人生を大きく変えることとなった。
ドイツの伝統的なモノ作りを継承したい
ピーターはシュヴァーベン・シュラで、今も伝統的な製法を続けている工場を訪ねた。そこで目にしたのは、部屋いっぱいに置かれた、まだ動く旧い吊り編み機。吊り編み機で編んだ生地は筒状のため脇の下から裾にかけて継ぎ目がなく、空気を含みながらゆっくりと編んでいくため柔らかく温もりがある。1日の生産量は少ないが、品質は抜群だ。理想的なカットソー作りはここでできる。工場長のルドルフも彼の情熱に動かされ、パートナーとして共にモノ作りを行うことを決めた。
「元々ヴィンテージウエアが大好きでしたが、例えばヴィンテージに倣ってジーンズを作ろうとは思いません。それはドイツにジーンズ作りの歴史がないからです。私が出会ったヴィンテージのシャツは、ドイツのモノ作りの歴史を物語っていました。今私がカットソー作りにこだわるのは、そんな母国の歴史や技術を継承したいと思うからです」とピーターは語る。
その言葉の通り、Merz b. Schwanenのプロダクツは生地、縫製、下げ札、パッケージングまですべてドイツ製。マーケットでの出来事とピーターの情熱が失われかけていたドイツの文化を未来へ語り継いでいく。
ピーター(右)とMerz b. Schwanenの生産を手がける工場のオーナー、ルドルフ(左)。機械の調子や生産状況について話す。ルドルフもピーターに負けず、モノ作りへの熱い思いを持つ。
ピーターがMerz b. Schwanenを引き継ぐきっかけになったのは、ヴィンテージのヘンリーネックシャツとの出会い。そのためヘンリーネックの作りには一層こだわっており、胸の前立ての部分は職人によるハンドカットと決めている。
ピーターの普段のオフィスはベルリンにある。Merz b. Schwanenは型とカラーのバリエーションが豊富。デザインの段階から出荷までピーターはひとつひとつ正確に管理をこなしている。
吊り編み機はカットソーだけでなくスウェットも編むことができる。まっすぐ時間をかけて編んでいくので着用や洗いを重ねても長持ちする。
ヘンリーネックの前立て部分は、1枚1枚接着芯地を入れて縫製しているため丈夫である。ボタンはコットンの包みボタンが付けられている。
丸編み機の特徴は脇の下の部分。生地が筒状に編まれるので継ぎ目がなく、着たときに快適なのだ。
リブも旧い編み機で作られている。2段階構造になっており、着続けてもだらしなく伸びない。
作りがしっかりとしているので、夏に1枚で着ても恥ずかしくない。ベーシックカラーを中心に、カラーバリエーションも豊富。
どの商品もこちらのボックスに丁寧にパッケージされている。過去には、ヴィンテージのパッケージデザインを参考にしたボックスも作っていた。
【DATA】
●OUTER LIMITS
電話:03-5457-5637
http://www.outerlimits.co.jp
※本記事は、『CLUTCH Magazine vol.51』の内容を再編集したものです
(出典:『CLUTCH web』、写真:Takashi Okabe 岡部隆志・Jun Arata アラタジュン、文:CLUTCH Magazine編集部)
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