ビートルズの根幹はギターで魅力的で印象的な鍵盤が入る

竹部:でも79年の12月っていうことは同じ月に真二の武道館にも行っていますよね。
渡邊:それも1人で行ったよ。でもこの時期、真二のライブにはたくさん行っているのに、サザンの単独ライブには結局行っていないんだよね。ということは、やはり原田真二の方が重要だったのかなあ。
竹部:前に一緒に原田真二の『ゴールデン☆ベスト』を監修したとき、二人の対談って形でライナーノーツを書いたじゃないですか。そこでこの時期のシングルを熱く語っていましたよね。『ナチュラル・ハイ』以降の。
渡邊:79年9月リリースの「ア・デイ」、11月リリースの「マーチ」はめっちゃ好きだよ。最高だよね。でもあまり売れなかったね、名曲なのに。3月リリースの「スウィート・ベイビー」もそうかな。どっちかっていうと初期よりもこの辺りの方が好きかもしれないな。
竹部:松本隆と離れてから、ポリドールに行く時期ですね。
渡邊:「アワ・ソング」も好きだったな。あれは『ザ・ベストテン』の13位くらいまではいったんだけど、ついにベストテンには入らなかったね。
竹部:レコードが売れなかったから仕方ないですよ。ハガキで『ザ・ベストテン』の順位はそのくらいまでは行ったけど。
渡邊:あのレベルの曲をイギリス人がリリースしたら世界的にヒットするのにって当時思ってたなあ。
竹部:ぼくの人生でいちばん重要な曲、いちばん好きな曲は「アワ・ソング」なんですよ。ちなみに人類史上最も偉大なポップミュージックは「タイム・トラベル」。これは自分の中のデフォルトで、そこはもう譲らないっていうか、決めているんです。
渡邊:そういう人がいてもおかしくない。とんでもない名曲ですよ。「アワ・ソング」はジャケもいいよね。でもあれも売れない要素だったのかな。急にメガネかけて、アーティスト風で。でもそれがいいんだよね。あれ、B面はなんだっけ?
竹部;「サムシング・ニュー」です。
渡邊:そうだ、ほぼ完ぺきな英語の発音で歌う曲。あのシングルはすべてが素晴らしいよ。もうここから違いますよって、はっきり言ってるような。真二はどのあたりまでアミューズに所属していたの?
竹部:前にオリコンのクレジットを調べたことがあって、「タイム・トラベル」ではもうりぼんになっていたんですよ。
渡邊:っていうことは『紅白』のときはりぼんなんだ。
竹部:映画『アワ・ソング』のエンドロールでもりぼんになっていますからね。
渡邊:原田真二のために作ったアミューズだったのに、突然いなくなって、そこに現われたのがサザンというのはよくできた話だよね。
竹部:昔、テレビのサザン特番で、桑田さんと明石家さんまさんが対談していて、そこでさんまさんが「オタクはアミューズの最初のアーティストなんやろ?」ってことを桑田さんに聞いたんです。そうしたら「いや、違うんですよ」って。「僕らの前に原田真二さんがいまして」と言ったことがありました。スペクトラムもアミューズでしたよね。『フィール・ハッピー』に入ってる「グッド・ラック」のホーンセクションをやっていますよね。「勝手にシンドバッド」もスペクトラムですよね。
渡邊:そう。「グッド・ラック」のスペクトラムの参加って、まさにブラスロックの方向性だよね。なんていうか、『フィール・ハッピー』には70年代の洋楽のいいところが詰まってるよね。
竹部:確かに。ピアノロックを中心にいろいろな要素が詰まってる。ってまたいつの間にか原田真二の話になってますが……。
渡邊:ビートルズに話を戻すと、ビートルズのバンド演奏の根幹は複数のギターで、明らかにメインを張ってるわけだけど、そこに極めて魅力的で印象的な鍵盤が入る、それがビートルズなんだよなって思ってる。
竹部;渡邊さんが好きなビートルズは中期~後期で、その時代はピアノが重要な要素ですよね。
渡邊:『ラバーソウル』の「イン・マイ・ライフ」の間奏のピアノソロを機に、メロディアスな鍵盤が増えていく印象です。
竹部:そうなんですよ。「ペニー・レーン」とか、急に鍵盤が増えていく。原田真二『ゴールデン☆ベスト』のライナーノーツの中でも、渡邊さんはポップミュージックにおける鍵盤の重要性を言っていますよね。
ビートルズが好きだった自分が好きになるべきバンド、TFC

渡邊:ずっと大きかったんだけど、途中からそれほどではなくなった。中三から高一にかけて、トッド・ラングレン、10CC、XTC、ELOとか、所謂そういうアーティストも好きになって、確かにあるときまではバンドサウンドでも鍵盤が入ってないと物足りなく感じてたんだけど、ティーンエイジ・ファンクラブを聴いて考え方が変わったのかな。
竹部:そうなんですね。その話は『ゴールデン☆ベスト』ではしていませんでした。実はぼくもティーンエイジ・ファンクラブは大好きでして。
渡邊:ティーンエイジを最初に聞いたのは90年かな。あの頃、英米からいろんなギターオリエンテッドなバンドが出てきたでしょ?ギターの音を結構歪ませながら、シンプルでメロディアスな歌を歌う人たち。いろいろ聴いたけど、僕のなかではティーンエイジの存在は相当大きかった。
竹部:ニルヴァーナもそのひとつですよね。渡邊さんがティーンエイジを最初に聞いたのは『バンドワゴネスク』ですか。
渡邊:その前にリリースされてた、シングルオンリーの「ゴッド・ノウズ・イッツ・トゥルー」っていう曲が最初かな。永遠に好きな楽曲です。
竹部:それは早いですね。ぼくの座右の銘は「エブリシング・フロウズ」なんですよ。
渡邊:名曲だよね。「ザ・バラッド・オブ・ジョン・アンド・ヨーコ」のカバーシングルも見つけて買ったな、少し遅れて。
竹部:その頃はまだティーンエイジを意識している人は少なかったんじゃないですかね。
渡邊:少なかったけど、もちろんいるところにはいたよ。
竹部:初期は轟音ギターで、シューゲイザー、グランジという括りでもおかしくないんだけど、ビートルズを感じましたよね。
渡邊:そうなんだよ。ビートルズなんだよ。ビートルズが好きだった自分が好きになるべきバンドがティーンエイジ・ファンクラブだった。オアシスよりもビートルズを感じたよ。
竹部:同じく。ティーンエイジはクリエイションにいた時期もあったからオアシスの陰に隠れてしまった部分もあったと思います。
渡邊:僕はオアシスよりもティーンエイジかなあ。オアシスの野心的な方向性とは真逆なところも個人的には共感出来る。オアシスの歌謡ロック的な佇まいというか、みんなで一緒に歌える、エモーショナルで明瞭な楽曲を制作する類い稀なる意欲にも共感はしてるけどね。
竹部:両者とも好きですけど、ティーンエイジに思い入れが強いですよね。
渡邊:その頃は僕のまわりにもティーンエイジが好きなバンドマンやスタッフは沢山いたけど、徐々に少し地味な存在になっていった印象はあるかなあ。
竹部:『グランプリ』以降、音楽も徐々に地味になってしまっていったし。
渡邊;ティーンエイジはなんか応援したくなる。応援というのも大変おこがましいけど。要は自分が今やっている仕事自体が、好きなアーティストを応援するっていうスタンスなんだよね。自分が好きで選ばせてもらったアーティストを様々な形でディレクション、マネジメントしている。自分なりのやり方でしかできないけど、応援し、出来るだけ支えるという。ティーンエイジもそういう気持ちにさせてくれるんだよね。
竹部:渡邊さんはそれを35年やり続けているわけですよね。
渡邊:毎日のようにティーンエイジを聞くわけでもないけど、いつも心にあるね。
竹部:この間のXでのポストを見ましたよ。「音楽に恋する気持ちをはっきりと思い出させてくれたのは1990年前後のティーンエイジ・ファンクラブ。愛じゃなく、恋の儚いが故の永遠性を絶えず歌にする彼らへの思いは、恋に恋する状態に近いけど、ポップミュージック体験って僕にとってはそのようなもの」って。いいこと言うなと思いました。
渡邊:あのときにふと思ったんだよね。やっぱり、心にティーンエイジがいるなと。
竹部:ノーマン・ブレイク、渡邊さんと同じ65年生まれですからね。昭和40年男なんですよ。
渡邊:そうなんだ。もっと年上だと思ってた。
竹部:今のルックス、完全におじいちゃんですよね。
渡邊:前に一度、ノーマンに会ったことがある。2000年の「サマーソニック」で。その「サマソニ」はサニーデイも出演してたから、曽我部、田中、丸山と一緒にね。
竹部:2000年の「サマソニ」って、富士急ハイランドの? それ行きましたよ。
渡邊:あのときサニーデイは大阪のみの出演だったんだけどね。だから大阪の会場の楽屋で。『クッキーシーン』の伊藤英嗣さんに紹介してもらって。
竹部:そうなんですね。その「サマソニ」ってJBが出たやつですよね。
渡邊:大きな楽屋フロアにJBもいて、曽我部と一緒にサインをもらいに行ったら断られた。その前に何人かの女の子にサインしてたから、ぼくらももらえると思って行ったんだけど、「No more!」って言われた(笑)。
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