文久三年、東京・福生の名家が始めた酒造り「石川酒造」

1世紀半以上も続く歴史のある石川酒造の酒作り。そこには伝統と挑戦が共存する不思議な世界が存在した。

伝統を大切にしつつも革新や問題提起を行い、挑戦し続ける多摩の酒蔵。

石川酒造を代表する銘柄として旧くから愛されている「多満自慢」。定番として長く作り続けられている銘柄だが、当然、仕込みの年によって、気温や原料の良し悪しなどでも味に大きく左右されるものだ。そのバランスを見極めているのが、醸造職人の杜氏なのだ

「パティシエになりたかった」

多満自慢の文字が描かれた半纏を羽織り 、驚きの言葉を発したのは、石川酒造の杜氏を務める前迫晃一氏だ。彼が酒造りの道を進むきっかけとなったのは、当時、パティシエの夢のために通っていた高校の食品科での発酵の授業だった。砂糖水と酵母で酒が造れる。その事実を知った時から発酵の虜となり、のめり込んでいく。

ほどなくして、酒造りの総本山でもある醸造所の門を叩いたのは、東京でも指折りの歴史を持つ石川酒造だった。アルバイトとして入社し、大学在学中も日本酒について研究。杜氏を任されるようになったいまでも発酵マニアっぷりに拍車がかかっている。

酒の原料に使用される米。普段、私たちが口にする米は炊いたもの。醸造において米は炊くのではなく蒸すもの。外側が硬く内側がふっくらとする「外硬内軟」が理想だ
酒の性質に大きく左右することとなる麹。この麹を作っていく工程が製麴(せいぎく)と呼ばれる酒作りにおいて、とても重要な工程。酒の甘い香りがほのかに漂う

「本来、酒造りに使用する米は、酒米と言われる酒造り専用の米を使うのがセオリーで、いわゆる私たちが、普段、口にする食用米を酒作りに使うことは、酒作りに適していないことから、邪道とされるんです。でも本当にそうなのか? 美味しい米からご飯に合う酒は造れないものか。そう考えて、食用米を使って美味と言われる酒を作ってみたいと思うようになりました。

私としては、継承すべき伝統も大切ですが、そのためには革新や問題提起は重要。酒造りには、もっと挑戦が必要だと思っています。何よりも私自身、発酵が面白いから、試しているんですけどね」

原料を混ぜる櫂入れの際に使う道具が櫂棒。「ちょっとメルヘンチックなんですけど、酒の搾りどきは向こうからもういいよ! って聞こえてくる気がするんですよね」
熟成酒は搾りたてのフレッシュな味わいとは打って変わり、酒本来の酸味が、まろやかになり、味に深みを与えてくれる。貯蔵用タンクには原料のアルコールが入れられることもある
酒の仕上がり、味わいは、すべて杜氏の加減で決まってくるもの。その日の気温や気候、湿度などでも影響を受けかねないため、仕込み時は、ちょっとした油断も許されない
石川酒造の定番酒。醸造から熟成させた山廃仕込みの純米原酒から、純米吟醸、無濾過など、同じ多満自慢の銘柄でもそれぞれ個性のある味わいに仕上がっている
酒、ビールの直売所である「酒世羅(さけせら)」。敷地で醸造している「多満自慢」、「多摩の恵」はもちろん、期間限定で販売される しぼりたて「かめぐち」も購入可能
クラフトビールも手掛ける石川酒造の敷地内には、イタリアンレストラン「福生のビール小屋」が併設される。できたてクラフトビールをイタリアンとともに味わうことができる

【DATA】
石川酒造
東京都福生市熊川1番地
Tel.042-553-0100
営業/8:30~17:30
休み/土日祝
https://www.tamajiman.co.jp

(CLUTCH2022年2月号 Vol.83)