TOPSとは?
1980年に三井雅弘を中心に京都で結成されたITACHI(イタチ)が前身。東京に拠点を移し、山際祥子と舘野江里子を加えた10人編成のバンドとして、1986年に「それ行けBOYS!」でデビュー。
「黒い炎」や「タイムマシンにおねがい」がヒットするも、1991年に解散した。
三井と和佐田はITACHI名義で限定復活活動を行い、「Motto!」「「ヤ」なものは「ヤ」」など楽曲の一部YouTubeに公開している。
約40年ぶりの東京ライブ、開演前の楽屋にお邪魔しました
LiLiCo TOPSが活躍していた80年代、私はスウェーデンにいました。なのになぜこのバンドのファンになったかというと、小田井(涼平)の影響なんです。結婚してからずっと、お互いが好きな音楽のプレゼンをし合ってるんですけど、小田井がいつもTOPSを聴かせてくれて。
山際 うれしい〜。LiLiCoさんは以前、ライブを観に来てくださったんですよね。
LiLiCo TOPSは1年に1度のペースでライブをやっていますよね。でも、会場が毎回京都なので、なかなかスケジュールが合わなかったんです。でも、他のバンドさんとの対バンライブで行けそうな日程があったので、普通にチケットを買ってうかがったんです。
山際 そのライブが土曜日だったんです。私、土曜日はいつも『王様のブランチ』(TBS系)の映画コーナーを観てるので。その日ももちろんそれを観てからライブをやっていたので、「えええ〜、あのLiLiCoさんが観に来てくれたの!?」ってびっくりして。
LiLiCo 私もずっとTOPSのみなさんの情報をチェックしていたんですよ。「テレビで紹介されていた映画を観に来ました」っていうブログを見たときには「これって私のコーナーのことだよね?」って(笑)。「私のこと知ってくれてるのかな?」と思いながらライブを観に行った日に初めてお話しさせていただいたんですけど、その場でこの服(対談中に着ているガイコツ柄のトップス)を脱いで渡してくださったんですよね(笑)。
舘野 ハロウィンライブだったから、それ用のコスプレ衣装(笑)。LiLiCoさんにあげちゃったから、追加でもう1枚買いました(笑)。
LiLiCo 3姉妹になれました(笑)。
LiLiCo ところで、TOPSが約40年ぶりに東京でライブをやることになったのは?
山際 TOPSが活動を再開したいきさつから話しますね。ある時、SNSで、TOPSの前身バンド・ITACHI(イタチ)が毎年、京都でライブをやっているということを知って。その頃、私は音楽をやめていて、整体師をやっていたのですが、「またこのバンドで歌いたい!」って思っちゃったんですよね。それで、ベースの和佐田(達彦)に「私にも歌わせてほしい」と連絡をしたら、「いいよ」と言ってもらえたので。それから、2〜3年くらい“ITACHI+山際祥子”という形が続いたんですけど、江里ちゃんと再会したことで、「江里ちゃんも加わるならTOPSにしちゃおうよ!」という流れになったんです。
LiLiCo それから、年に1回のペースで三井さんが拠点としている京都でTOPSのライブをやっているんですね。
山際 コロナ禍では中断しましたけど、2023年は京都でのライブが再開できて。そこで、「来年は東京でやりたい!」と和佐田が言い出したことが今回の東京ワンマンのきっかけですね。でも……。デビューのタイミングで加入した私と江里ちゃんが、結果的にはTOPSを壊しちゃったのかなっていう思いがずっとあってね。私たちと一緒にやるの、イヤだったでしょ?
三井 イヤっていうより、2人は業界の先輩っていうイメージでしたからね。
山際 いきなりの加入だったもんね。プロデューサーが私たちを連れて来て「こいつらと仲良くやっていくように」って言われて(笑)。
舘野 私と祥子ちゃんはもともとコーラスの仕事をしてたんだけど、当時はコーラスって下に見られることが多くて。だから、私たちは2人で普段から派手でいかつい格好をしてたから。驚いたでしょ。
三井 それぐらいのパワーを出さないと、この世界では生きていけへんのやなっていうことを2人には教えてもらいましたよ。それまでITACHIは、関西でノンビリ活動してたバンドだったんでね。それが、東京に出てきて祥子ちゃんと江里ちゃんが入ってきて、「東京はすげえところだ!」って(笑)。
山際 三井、自分の許容範疇を明らかに超えてたよね(笑)。
三井 目標がどんどん設定されるから、必死で走り続けてた感じでしたね。
山際 リリースの予定も次々に決まるから、仕事が終わったらすぐにビクター青山スタジオに行ってレコーディングをして……の繰り返し。私たち、青山スタジオに住んでましたからね(笑)。
三井 スタジオで米炊いてました(笑)。
LiLiCo 遊びに行く時間、ありました?
舘野 なし!(即答)
三井 なんら遊んだ覚えがない。
山際 休むなんて考えたこともなかった。服を買いに行く時間もないから、スタイリストさんがそろえてくれた服を買い取って着てたよね。三井の今日の衣装はあの時代の一つ。
三井 大事にしまってありました(笑)。
LiLiCo 確か
に、形が80年代(笑)。
舘野 肩パッドが入ってる(笑)。
80年代は「夢が叶っちゃう時代」だった
LiLiCo 振り返ってみて、TOPSってどんなバンドだったと思いますか? 私の印象は、とにかくサウンドが最高! それに、プロモーションビデオも当時でいうと斬新でしたよね? 「黒い炎」はショートフィルム仕立てになってて、マイケル・ジャクソンの「スリラー」か! ぐらいのクオリティ。
舘野 PVは自分たちで手作りしてたんですよ。
山際 「黒い炎」は三井が大きな玉に追いかけられるんだけど、あれはメンバー全員で作ったハリボテ。落とし穴もみんなで掘ってね。
舘野 すごく寒かったよね。
山際 寒い中一生懸命掘ったのに、三井が落ちる前に照明の人が間違って落ちちゃったり。
舘野 「黒い炎」は、公開生放送のステージで歌ってる時に祥子ちゃんが感電したことがあったよね。
山際 衣装に電飾がついてるでしょ? 汗をかいて、自分の身体がアース状態になっちゃったんです。マイクのワイヤーを伝って電流が走っちゃって。でも、公開生放送だから歌を止めるわけにはいかないし、我慢して歌って。終わってやっと衣装を脱いだら身体がしびれちゃった(笑)。
LiLiCo それ、今ならあり得ないですよね(笑)。そんな怒涛の80年代は皆さんにとってどんな時代でしたか?
山際 「夢が叶っちゃう時代」。私たち、80年代じゃなきゃデビューできなかったと思います。世の中にものすごくお金があった時代だったから、「やっちゃおうよ!」みたいなノリで走り出せたのかなって。
三井 レコード会社がミュージシャンにかけるお金もケタが違いましたからね。
舘野 本当にたくさんのバンドやソロミュージシャンがいて。ものすごくがんばらないと先に進めないっていう危機感があったよね。
LiLiCo そんな時代を経て、今はメンバー全員が60代に。こうやってTOPSを再び動かしている皆さんはとても楽しそうでいいなって。50代を生きる私たち「昭和45年女」に人生の後半を楽しく生きる秘訣を教えてください!
山際 私は、必ず夢をもつようにしています。そして、自分を信じること。自分を信じていれば、いつまで経っても夢を追いかけていられるんですよ。何歳までお金を貯めておかないと不安とか、そんな現実的な展望はどうでもいいの。いちばんの財産は夢の数。
舘野 私は、「一日一日が自分が参加するイベント」だと思って過ごしてます。というのも、大病をしたんだけど、その時に「あ、これ、イベントだ」って思ったんです。
山際 そう思うようになるまでの葛藤はものすごく大きかったと思いますよ。
舘野 闘病生活は絶望的でした。食べ物はまずく感じるし……だったら自分自身のイベントだって客観的にとらえるしかないなって。
山際 私と会っていなかった10年の間にがんになって、再会したときにツルツルの頭の写真を見せて「こんなだったんだよ!」って話してくれて。あぁ、こんな前向きな人が友達でよかったって思いました。
舘野 10年経って寛解したけど、今でも手と足に副作用のしびれが残ってます。以前のように手が動きはしないけど、ピアノを弾く時はどこかから指令がくるのかも(笑)。
三井 自由に生きることがいちばんだと思うので、自分をどれだけ開放できるかが大事なのかなと考えてます。年齢を重ねるとマストアイテムが増えてくるし、大人やからこうしなきゃいけないっていう縛りも増える。マストなことが自分に合うことだったらいいんだけど、合わないことはもうやめようと思うようになりました。
山際 だからか、三井、変わらないもんね。3月で66歳になるジジイとは思えない(笑)。
三井 TOPSのメンバーみんながそうだと思うけど、変わらないために変わり続けてるんでしょうね。
LiLiCo えっ! その言葉……すごく刺さりました……。
三井 祥子ちゃんも江里ちゃんも全然変わっていないように見えるけど、2人には2人の人生があったはずなんです。自分のなかで変わり続けることで、今があるんでしょうね。
LiLiCo 肝に銘じます! あ、そろそろ開演ですよ。ライブ、楽しみです!
舘野 泣かないことを目標にがんばります!(笑)
約40年ぶりの東京ワンマンで熱狂の80年代がよみがえる!
満員御礼のファンが詰めかけた、約40年ぶりのTOPS東京ライブ。そのステージに立ったのは、三井雅弘、山際祥子、舘野江里子、和佐田達彦 、堀尾哲二、寺内茂のTOPS第一期メンバー6人に、4人のサポートミュージシャン、遠山無門(Key.)、アタック松尾(G.)、座光寺基光(Tp)、前田大輔(Tb)を加えた全10人。第一部では三井がメインボーカルを取り、山際と舘野がパワフルなコーラスでステージを華やかに彩る。
そんな彼らの演奏を聴いて、とにかくビックリしたのが、ボルテージの高いパフォーマンスとジャンルレスな楽曲。“ブラスロックバンド”を掲げるTOPSだが、ロックンロールやポップチューン、バラード、演歌・歌謡曲のフレーバーが漂うソウルナンバーなど、振り幅がとにかく広い。TOPSが活動していた1986〜91年は、昭和45年女が16〜21歳の頃。その時代、TOPSを生で観たことがなかった筆者は、当時こんな音楽を知っていたら、自分の音楽観は違うものになっていかかも……とちょっと悔しい気持ちになった。
そんななか、4曲目「アンモナイトな夜」でハプニングが。2nd Stageで登場するはずだった、ゲストの衛藤浩一(THE GOOD-BYE)がうっかりステージに上がってしまったのだ。そんな時のメンバーたちの対応が秀逸で、観客を驚かせることなく笑いに変えてしまう機転とサービス精神は、動じないベテラン魂を感じさせた。
第2部は、舘野がピアノを弾いて山際がメインボーカルを取る「星に願いを」からスタート。この曲が終わったところで呼び込まれたメンバーのうち、トランペットのサポート・座光寺がペイントメイクを施しているが、これは、顔面ペイントが特徴だったオリジナルメンバー・川嵜淳一のオマージュ。長年のファンにとってはたまらないちょっとした“遊び”もあり、ライブの盛り上がりはどんどん加速。
11曲目には「要望はあったけど、なかなか機会がなくてやることがなかった曲」という曲紹介をした「プラタナス」、12曲目ではヒットナンバー「タイムマシンにおねがい」を。渡辺自動車研修所のCM曲に起用された「ロマンのChampion」は、シティポップの香りが漂うスタイリッシュなナンバーで、ここでもまたTOPSの懐の広さを見せつけられた。本編ラストは、当時のびっくりエピソードをインタビューで話してくれた「黒い炎」。TOPSというバンドの真骨頂を感じさせるこの曲は、バンドとしてのブランクを全く感じさせないグルーブを客席に投げる“熱度”がものすごい。
アンコールでは、総立ちの客席に山際が駆け込んで、観客たちとハイタッチ!(一番後ろの席で盛り上がっていたLiLiCoともハイタッチ!) 全16曲、約2時間半のライブをやり切って、「また会いたいですね!」と未来への約束をしてステージを降りたメンバーたち。解散から33年、メンバーの誰もが、こんな未来が待っているとは思っていなかったはず。そんな光景に、開演前のインタビューで、三井、山際、舘野が話していた言葉が重なった。「自分を信じていれば、いつまでたっても夢を追いかけていられる」(山際)、「一日一日が自分が参加するイベント」(舘野)、「変わらないために変わり続ける」(三井)──。
これからもTOPSは、彼らなりのペースでいつまでも歩き続ける!
TOPS LIVE 2024/2024年1月27日(土)GEMINI Theatre
1st Stage:そーしまっか/世界の天気屋/プリプリベイビー/アンモナイトな夜/くじけた瞳のDreamer/「ヤ」なものは「ヤ」
2nd Stage:星に願いを/GET BACK/Loving You/She’s A Lady/プラタナス/タイムマシンにおねがい/ロマンのチChampion/Vehicle/黒い炎
アンコール:Motto!
最高でした! また会いましょう!
ライブ直後のメンバーがこの日の手応えを語ってくれました!
三井「演奏陣がすばらしかったので、私たちボーカルは助けられました。また、お客さんが熱く盛り上がってくださったのもうれしかったです!」
山際「幸せでーす!」
舘野「感無量です!」
和佐田「年を取るのはイヤなことだと思っていましたが、年を取ってもいいことがあるんだなと思いました。ありがとうございました!」
堀尾「大変盛り上がって……皆さんありがとうございました。こんなことは二度とないでしょう。いや、また、お世話になります!」
寺内「何十年ぶりの東京ライブ、ホーンセクションは昔のメンバーがそろわずにお手伝いの方に協力してもらってやり切れました。感無量です!」
<MEMBER’S INFORMATION>メンバー個々の活動はそれぞれのサイトでチェックを!
三井雅弘 https://www.facebook.com/mitsuipan
山際祥子 https://www.instagram.com/yoshiko_yamagiwa
舘野江里子 https://voicecare-erikotateno.amebaownd.com/
和佐田達彦 https://sites.google.com/view/wasadabass/home
堀尾哲二 https://www.facebook.com/profile.php?id=100005738806805
寺内茂 https://www.instagram.com/shigeru.terauchi/
Photo:Whooko/Text:Makiko Takahashi
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