ついに生産終了。ダッジ・チャレンジャーってどんなクルマ? 

残念ながら日本に正規輸入はされていないけれど、ダッジが誇るポニーカー(コンパクトでスポーティなスペシャリティカー)であるダッジ・チャレンジャー。いったいどんなクルマなのかはアメリカ車に詳しい人ならともかく、日本ではなかなかお目にかかれない車種でもある。

ただ、アメリカでは有名なモデルで、2012年に復活したときにはかなりの話題になった。つまりちょっと知っているとアメリカ車好きの仲間入りができるかも。

というのも、チャレンジャーはライバル車だったフォード・マスタングやシボレー・カマロほど歴史を作れなかった悲運なモデル(3世代しか存在しない)。それだけに逆にコアな人気のある車種だった。

そんなチャレンジャーも生産終了とのアナウンスがされ、今後がどうなるのかも気になるところ。ここではチャレンジャーの歴史と、どんなモデルなのかをおさらいしてみる。

クライスラー系ポニーカーとして「遅れてきたスゴイ奴」だった。

当時のクライスラーにはダッジ、プリムスなどのブランドがあったが、その両ブランドがライバルであったフォード・マスタングの爆発的な人気を受けて、同じカテゴリーにぶつけるポニーカーを開発。その結果生まれたのがダッジ・チャレンジャー(プリムスからはバラクーダが兄弟車としてフルモデルチェンジして登場)だった。

コンパクトでスポーティなボディと、多彩なエンジンや内装、快適装備などを選択制にすることで、多くの世代に向けたラインナップを売りにしていたのはライバル車にならったが、さすがに後発だったために、そこまでの爆発的人気までいかなかったが、ハイパフォーマンスなモデルはクライスラーの名機である426ヘミエンジン搭載車などもラインナップし、アメリカ車の歴史に名を連ねるモデルとなった。

初代モデルは今でもコレクターズカーとしてコアな人気を誇っている。

第1世代 1970-1974 マッスルカー時代の終わりに生まれた悲運な初代モデル。

ダッジ・チャレンジャーの登場は1970年。当時はクライスラーのブランドのひとつだったダッジから登場した。

当時は1965年に生まれたフォード・マスタングや1967年に生まれたシボレー・カマロやポンティアック・ファイヤーバードといったポニーカーに対抗するために開発されたモデル。

ボディはクーペとコンバーチブルが用意されて、エンジンラインナップも直列6気筒から数種類のV8まで多彩に選べ、エアコンなどの快適装備もオプションとすることで、幅広い層にリーチできるスタイルで登場した。

といっても発表できたのは3大メーカーのライバル車のなかでも最後に登場したポニーカー。コンパクトなボディが売りのポニーカーといっても、他のライバル車種よりも大きなボディだったり、出遅れた感があったのは否めななかったことで、登場から爆発的に売れるモデルとはならなかった。

さらには1970年にはすでにポニーカー市場は衰退し始めてきた時期だったことと、1970年代以降の厳しい排ガス規制やオイルショックなどによって、チャレンジャーの船出は常に向かい風。そんな世の中の流れに乗ることができず、初代は1974年モデルで終了してしまう。

時代を読めなかった不運なモデルながら、ハイパフォーマンスモデルだったチャレンジャーR/T(R/Tはロード&トラックの意味)はマッスルカーとしても十分なパワーがあったことから、王道のマッスルカーでは満足できない人たちにコアな人気を誇っていたモデルであった。

当然ながら現在ではマスタングやカマロよりも現存数が少ないことも手伝って、逆にレアなアメリカ旧車になっている。

フラットで伸びやかなボディデザインの1970年式ダッジ・チャレンジャー。これは426ヘミV8エンジン(425馬力)を搭載したマッスルなR/Tモデルながらコンバーチブルという稀少なモデル。Photo by Stellantis
1970年式だけに存在したスペシャルなモデルがチャレンジャーT/A。これはSCCAトランザムレースのホモロゲーションモデルで、レースのレギュレーションに合わせたエンジンやFRP製のエンジンフードなどが標準で装備され、約2400台生産された。T/Aはトランザムの頭文字。Photo by Stellantis
1971年式はほぼ1970年式と変わらないが、フロントグリルが2分割になったくらいの小変更に留まっている。ストライプのデカールなどのデザイン変更で前年との違いを出していた。Photo by Stellantis
1972年式はスタイルがマイナーチェンジ。4灯のヘッドライトは変わらないが、フロントグリルが大きく台形デザインに変更された。グレードではR/Tモデルがラリーというグレード名に変更された。写真はラリーグレードで、これはボディサイドにエアベントがデザインされた。選べるエンジンも大排気量エンジンはラインナップから落ちてしまった。Photo by Stellantis
これが1973年式モデル。前年と同様のデザインながら、安全基準を満たすための5マイルバンパーを標準装備。これは時速約8kmで衝突したときにクルマの物理的な損傷を最小限にするためのアメリカの法規制によるもの。エンジンラインナップは直6の設定がなくなり、318ci(5200cc)と340ci(5600cc)の2種類のV8エンジンになった。Photo by Stellantis
1974年モデルを最後にチャレンジャーの第1世代は生産終了。その後、次世代モデルが発表されることはなかった。初代最終モデルは1973年モデルとスタイリングに変更はなく、エンジンラインナップが318ci(5200cc)と360ci(5900cc)V8になった。Photo by Stellantis

第2世代 1978-1983 沈黙から目覚めた第2世代は日系ボディのサブコンパクトカーに。

しばらくカタログ落ちしていたチャレンジャーの名前が復活したのは1978年。どんなモデルになるかと思ったら、先代の遺産はまったく継承しないサブコンパクトカーカテゴリーで登場した。これは当時提携していたミツビシ・ギャランのダッジブランドバージョンで、エンジンも直列4気筒の1600ccと2600ccという、先代のマッスルカーの面影はまったく無く、角目4頭の2ドアモデルのみのラインナップで、いわゆるパーソナルクーペへと変貌。マッスルカーとしてのチャレンジャーファンには「時代は変わったな」と思わせるモデルになった。

写真は1983年式。コンパクトなクルマを製造するのが苦手だったアメリカブランドは、日本のメーカーと提携することも珍しくない時代。これはミツビシ・ギャランのボディを使ったもので、アメリカ車ながら愛知県岡崎市の工場製という純粋なアメリカ車ではなかった。Photo by Stellantis

第3世代 2008ー2023年 もう一度あの伝説を。初代オマージュで蘇った現行モデル。

時代は一周するのか、2010年代前後にアメリカではポニーカーを初めとしたスポーティなモデルの需要が再び活気を見せる。そんななかで第3世代となるチャレンジャーが登場。現れたのは初代1970年式を思わせるネオクラシックなデザインで、アメリカのスポーツカー愛好家の心を躍らせた。

開発は当時合併していたダイムラー・クライスラー下によるものだったので、当時のメルセデスの技術が転用され、サスペンション構造などは当時のメルセデスベンツのSクラスやEクラスの技術が活かされ、現代車両としての信頼性とパフォーマンスを持ったモデルへと進化していた。

搭載するエンジンも最大排気量で392ci(6400cc)V8を選べるなど、初代のチェレンジャー同様、マッスルカーを思わせるハイパフォーマンスモデルも設定された。このモデルは大きくモデルチェンジすることなく現在でも発売されているが、2023年に生産終了の発表がされる。

次世代モデルがどのようになるのかは不明だけれど、この第3世代がもっとも長い歴史を作った世代になった。

2008年モデルとして登場した第3世代のダッジ・チャレンジャーは初代のデザインをモダンに仕上げたレトロモダンなスタイルで登場。当時はマスタングやカマロもレトロなデザインをエクステリアのキーコンセプトとしていたことから、久しぶりにアメリカ3大メーカーにそれぞれポニーカーが存在するということで話題になった。これは2008年式のSRT8(SRTはStreet and Racing Technologyの頭文字)で、6100ccのV8エンジン(425馬力)を搭載する。Photo by Stellantis
年式によって様々なハイパフォーマンスパッケージを限定でリリースしてきたチャレンジャー。これは生産終了発表後にLast Callモデルとして発表された2023年式チャレンジャーDemon 170。これはエタノール燃料で1000馬力オーバーというレーシングスペックを持ったスペシャルモデル。もちろん通常のハイオクガソリンでも走ります。中身は6600ccのスーパーチャージャー付きのV8エンジンを搭載し、ワイドボディになっているなど、中身はまったくの別物。生産台数3300台。Photo by Stellantis
この記事を書いた人
ラーメン小池
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ラーメン小池

アメリカンカルチャー仕事人

Lightning編集部、CLUTCH magazine編集部などを渡り歩いて雑誌編集者歴も30年近く。アメリカンカルチャーに精通し、渡米歴は100回以上。とくに旧きよきアメリカ文化が大好物。愛車はアメリカ旧車をこよなく愛し、洋服から雑貨にも食らいつくオールドアメリカンカルチャー評論家。
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