アメリカ車の歴史を変えたフラットヘッドV8とスモールブロックOHVの2つのエンジン。

19世紀末に始まる長いアメリカ車の歴史を語る上で、搭載されるエンジンの進化は語らないわけにはいかないだろう。名車の陰にはそれを支える名エンジンが必ず存在するのだ。特にフォードの「フラットヘッドV8」とシボレーの「スモールブロックOHV」はアメリカ車の歴史を変えたエンジンとして語り継がれている。

単気筒から4気筒、直列6気筒、直列8気筒……そして、V型8気筒エンジンが登場。

自動車が誕生した当初は単気筒、つまりピストンをひとつしか持たないエンジンからスタートしている。当初は人が歩くスピード程度しかパワーはなく、よりパワーを求めるために、ピストンの数を増やそうという発想が生まれるのは、当然のことだったのだ。

【フォード/4バンガー】’32年のV8登場以前のモデルAが採用していたスタンダードエンジン。201ci(約3.3リッター)で、故障が少な くタフなエンジンだった。’34年までこの4気筒搭載モデルがV8モデルと併売されていた

その後、徐々に排気量やパワーは増加していくが、大衆車向けのエンジンは、一直線にピストンを4個並べた直列4気筒エンジンやさらにピストンを2個追加した直列6気筒が一般的となる。

【ダッジ/8シリンダー】’30年に登場する8気筒エンジンは、ダッジ8シリーズに搭載され、その後6気筒エンジンに淘汰されてしまう’34 年まで使用された。6気筒に比べて2気筒分エンジン全長が長くなってしまうのが難点だった

直列エンジンはその後さらにピストンを2個追加した直列8気筒などが誕生するが、どうしても全長が長くなってしまうというデメリットがあった。そんなデメリットを解消したのが、4気筒をV型に2列配列したV型8気筒エンジンの登場だ。全長は4気筒並みでパワーは倍以上。この合理的なV8エンジンは後にアメリカ車のスタンダードになっていく。

実用水準のV8としては最初とされるキャデラックのV8エンジン。登場するのは1914年とかなり早い。Lヘッドと呼ばれるサイドバルブ式で排気ポートもエンジン上部側にあり、エキパイもエンジン上部に備わる珍しいレイアウトを持つ。この時期はまだ高級車のエンジンであった

1932年、アメリカンカーのトラディショナル【フォード/フラットヘッドV8】登場。

フォードは’32年にサイドバルブ式のV8エンジンを搭載したFORD V8(モデル18)を発表する。それまで超高級車にしか見られなかったV8エンジンを大衆向けに搭載した初めてのクルマとして’32年型フォードは特別な意味を持つモデルとなったのだ。このフォード製フラットヘッドV8は、’53年までフォード、マーキュリーに搭載され続けられた。

アメリカンカーのトラディショナルとして、V型8気筒エンジンはオイルショックの起きた’70年代までスタンダードとしてあり続けた。その最初のエンジンがFORD V8(モデル18)なのである。

エンジン機構もフラットヘッド(サイドバルブ方式)からOHV方式へ。

一方でエンジンの機構自体も進化を遂げていく。当初はシリンダー脇のエンジンブロック側にバルブを配置したサイドバルブ方式が主流だった。サイドバルブの愛称がフラットヘッドなのは、ヘッド側にバルブがないことで、バルブカバーを持たない平坦なヘッドが見えることに由来する。

その後のアメリカンV8の主流となるOHV方式はOver Head Valveという名前の通り、ヘッド側にバルブを持ち、プッシュロッドやロッカーアームを介して開閉をする機構。構造上、フラットヘッドよりも燃焼室の形状や圧縮比を理想に近い状態にすることが可能だったのだ。必然的にOHV方式のほうが同じ排気量でも容易にパワーを出すことができた。

それではなぜすでに20世紀初頭にOHV方式が登場していたにも関わらず約半世紀にもわたって、フラットヘッドエンジンは共存できたのだろうか? 実はフラットヘッドエンジンは、複雑なロッカーアームやプッシュロッドなどの機構を持たないため、低コストな上に故障が少なく耐久性が非常に高いのが特徴だった。そのため大衆車には長らく使用され続けたのだ。

フォードがV8を登場させた’32年当時としても、フラットヘッド方式はすでに時代遅れの技術だったはずだ。そ
れでもフォードがフラットヘッドにこだわったのは、アメリカ生まれのエンジンであること、また、やはりコスト面と故障の少なさではOHVにアドバンテージを感じたからにちがいない。その証拠にフォードは’53年に新しいOHVエンジンが登場するまでフラットヘッドV8を使い続けている。

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1950年代のOHVエンジンラッシュの先駆け【シボレー/スモールブロック】。

フォードが’30年代からV8を搭載していたのに対して、シボレーは長らく直列6気筒をスタンダードエンジンとして使用してきた。そしてついに’55年にセダン用に新開発したV8は、OHV機構で軽量ながらそれまでのどんなV8よりパワフルだった。

ちょうど前年に登場したコルベットに搭載されたこともあり、このシボレー製V8エンジンは瞬く間に人気と
なり、後に長年使用されるスモールブロックV8の原点となるのだ。

【シボレー / ストレート6】’55年のスモールブロックV8登場以前のシボレーが標準搭載していたエンジンが直列6気筒OHVエンジンだ。’33年の181ci(約 3リッター)から、’54年モデルの235ci(約3.9リッター) まで排気量は徐々に拡大していった
【ビュイック/ネイルヘッド】それまで長らくビュイックで使用されてきた直列8気筒に変わって、スモールブロックV8の登場以前の’53年に登場したOHVのV8。垂直に配置されたバルブをクギの頭に喩え、ネイルヘッドの愛称で親しまれた。ホットロッドにスワップするエンジンとしても人気が高い
【ダッジ/ヘミ】このころのダッジを代表するエンジンがこちら。半球状の燃焼室を持つ高性能エンジンとして’51年にクライスラーニューヨーカーに搭載された新エンジン。写真は’56年に登場した第一世代のダッジ用HEMIでRed Ramと呼ばれたユニットだ
【シボレー / ビッグブロック】こちらもエポックメイキングなエンジンのひとつ。大排気量化に備え、ボアピッチをスモールブロックの4.4インチから4.8インチに拡大したのがビッグブロックだ。’58年登場の初代モデルは、側面からプラグが挿さり、それを避ける独特な形状のバルブカバーが特徴となる。

アメリカ車の長い歴史にあって、フラットヘッドV8とスモールブロックOHVは数々の名車を支えてきた名作とも言えるエンジンなのである。クルマの進化の裏にはエンジンの進化あり。そんな目線でアメリカ車を読み解いてみるのも面白い。

▼エンジン愛に目覚めた方におすすめ!

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(出典/「別冊Lightning Vol.164 オールドアメリカンカルチャー」)

この記事を書いた人
モヒカン小川
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モヒカン小川

革ジャンの伝道師

幼少期の革ジャンとの出会いをきっかけにアメカジファッションにハマる。特にレザー、ミリタリーの知識は編集部随一を誇り、革ジャンについては業界でも知られた存在である。トレードマークのモヒカンは、やめ時を見失っているらしい。
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