ブリティッシュアイビーの交差点「ルノアール洋品店」を知っているか?

  • 2023.12.24

アメリカの最先端のお洒落を知るためにはみゆき通りに来るのが一番早かった。ブリティッシュとアイビー。この2つが交わる服飾文化の集積地が、東京・銀座のみゆき通りにある。それを裏付ける伝説的ショップのひとつが1948年創業の「ルノアール洋品店」で、同店が取り扱ったことが縁でこの店をジョン スメドレー初の路面店として継承させて欲しいと、店舗の譲渡を依頼したのだった。1993年に「ジョン スメドレーショップ ルノアール」がオープン。歴史を丸ごとバトンタッチする精神は実に英国的だ。

みゆき通りには時代の最先端が集まっていた

1955年のルノアール(上)と現在のジョンスメドレー銀座店(下)。老朽化に伴う2009年の改装によってファサード(外観)こそ変わってしまったものの、趣はそのまま。身なりに気を配った男女が店舗の前を通り、ふとウインドウを眺める。そんなみゆき通り特有の光景も不変だ

ブリティッシュとアイビー。この2つが交わる服飾文化の集積地が、東京・銀座のみゆき通りにある。「ジョン スメドレー銀座店」。英国王室御用達として著名なこの名門は、なぜ世界で初めての路面店を、この場所にオープンさせたのか。実はその理由こそがまさしく、今年30周年の節目を迎えたこの店舗がブリティッシュ×アイビーの交差点ともいえる理由と同等なのだ。話は江戸時代まで遡る。

「江戸時代、将軍が浜離宮から船に乗るときに往来していたと言われるのがこの通り。さらに明治期には、明治天皇が海軍兵学校などへの行幸(みゆき)の際、この通りを使われたため、いつしか『みゆき(御幸)通り』と呼ばれるようになったといわれています」

そんな歴史的背景を教えてくださったのは、1955年に創刊された月刊誌「銀座百点」の11代目編集長・田辺夕子さん。同誌は銀座に深く根差した店のみが加入を許される協同組合「銀座百店会」が刊行している。銀座の文化発信を旨とし、定点観測し続けてきた同誌の編集長以上に、この地の特性を俯瞰して他者に伝達できる先生役は、そういない。

世界の良品が揃った「ルノアール洋品店」

「銀座という場所はまず先に“通り”があり、その“通り”ごとの性質に合った店が自然発生的に集まって形作られていった側面もあると思っています。そしてみゆき通りは、その出自も手伝ってか、古くから格も品質も高い製品を取り扱うお店が集っていました。ハードルが高い、値段が高い、ブランド嗜好。そうした現在皆さんが銀座に抱いている、ファッション面におけるイメージは、おそらくみゆき通りが影響していると思います」

それを裏付ける伝説的ショップのひとつが「ルノアール洋品店」だ。同店が創業した1948年当時は、当然まだセレクトショップなどという言葉の断片すらなかったどころか、そもそも戦後の混乱期にあって衣料品不足が常。洒落た洋服を身につけるなんてこと自体が夢のまた夢だった。そんななか「落ち着いた、上品な、流行にとらわれないものを」というポリシーのもと、良質な製品を国内外を問わず買い付け、いち早く紹介していたのがこの洋品店だった。

同時期にこの界隈には同じようなコンセプトで、最先端かつ最高級の舶来品を扱う店が軒を連ね、ほどなくみゆき通り周辺は感度の高い洒落者が集う、流行発信地的役割を担う場所として浸透していった。50年代に突入するとアイビーブームが世を席巻。東京五輪を間近に控えた60年代には、アイビールックで身を固めた若者が集い、みゆき通りを練り歩くことから「みゆき族」が誕生することとなった。田辺さんは言う。

「以前取材させていただいた往時を知るある文化人はこう教えてくださいました。アメリカの最先端のお洒落を知るためにはみゆき通りに来るのが一番早かった。すべてが集まっていて、そこら辺にたむろしてる人たちが『自分を見て』というファッションをしていたしねと」

まさにみゆき通りは日本でアイビーが芽吹き、花開いた場所だったのだ。そして、正確な年こそ判明していないが、アイビーが成熟し、流行の波に揉まれ、浮き沈みを繰り返している最中、件のルノアール洋品店ではジョン スメドレーのニットウエアを販売することとなった。そう、その瞬間こそがまさしく「ブリティッシュ」と「アイビー」が深く交わった決定的瞬間といえるだろう。

各時代のルノアールを写した月刊誌「銀座百点」

池波正太郎も愛した“毛のスポーツシャツ”

かくして両文化の交差点となった同店には、著名人も多数顧客として名を連ねており、かの巨匠・池波正太郎氏も日記に「ルノアールで毛のスポーツシャツを買った」と、まさにこの店でジョン スメドレー製品を購入したことを記している。

以降ルノアール洋品店は、この老舗英国ブランドの宣教師として、その歴史と製品を洒落者たちに伝播し続けた。そうした文化的潮流の一部始終を知るからこそ、1988年の創業以来、同ブランドの国内代理店を担うリーミルズ エージェンシーが、この店をジョン スメドレー初の路面店として継承させて欲しいと、店舗の譲渡を依頼したのだった。同店のオーナーはこれを快諾。こうして1993年に「ジョン スメドレーショップ ルノアール」がオープンすることとなった。

「実は2009年に改装されるまで、このお店は『ジョン スメドレー銀座店』と『ルノアール』双方の名前を冠していたんです」

そう証言してくれたのは、26年前、つまり「ジョン スメドレーショップ ルノアール」がオープンして間もない頃から、今なお店頭に立ち続けているスタッフの石澤亜紀さんだ。

「ルノアールはこの地に慣れ親しんでいる人たちの間では憧れの存在でした。私自身も元々は近くにある別のセレクトショップに勤めていたんですが、通勤時にいつもこの前を通っていて、いつかここで働きたいなと憧れていたんです。当時は1963年に改装された際のファサードがそのまま残っていて、まるでここだけ時間が止まっているかのようなレトロな佇まいに不思議な魅力を感じていて。それを一新せず、あえてそのままの形で受け継いだからこそ、直営店になってからもルノアール時代のお客様たちに変わらずにお越しいただいていたのかもしれません」

銀座店のオープン当初からある[ドーセット]は折り返しても着られる長めのリブが特徴。4万1800円

足を運び、吟味する。買い物の高揚をここで再認識する

歴史を丸ごとバトンタッチする精神は実に英国的だ。紳士服のルーツたるブリティッシュを、アイビー的マインドで取り入れる。2009年の改装時に“ルノアール”名義こそ廃されたものの、ジョン スメドレー銀座店がまさにブリティッシュアイビーの交差点であることは不変。買い物するためのツールが豊富になり、わざわざ店舗まで足を運ばずとも指一本で買い物できるようになった現在、「この製品はこの店で買うことで特別な意味を持つ」と感じさせてくれるショップが一体どれほど残っているだろう。

日本で最初期にジョン スメドレーを販売していた名店の場所をそのまま引き継ぐ形で、世界初の路面店としてオープンしたジョン スメドレー銀座店。ここのニットを買うという行為だけは、ここまで足をのばし、直に手に取ってみたいと思わないだろうか。繰り返すがそう思わせてくれる存在は、今や存外に少ない。

30周年を迎えたジョン スメドレー銀座店

「ジョン スメドレー銀座 ルノアール」だった当時から、実に26年もの間、店頭に立ち続ける石澤亜紀さん。変化が著しいこの通りで人・物・場所が変わらないのは奇跡としか言いようがない。

【DATA】
ジョン スメドレー銀座店
東京都中央区銀座6-7-1
TEL03-3571-0128
営業/11:00〜19:00
休み/無休

(出典/「2nd 2024年1月号 Vol.201」)

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