映画の香りを求めて ヨーロッパで、掘る。
ベルリン、パリ、リヨン、ロンドン、ヘルシンキ――。
古着の買い付けのため、ハラダユウキさんが訪れた街が、それだ。もうすでに恵比寿にある『トラヴィス』が風変わりな店とわかるだろう。
「まあ買い付けに乗じて好きな映画のロケ地や海外の映画館に行きたかっただけですけどね。ベルリンはヴィム・ベンダースが住んでいるから。あとアキ・カウリスマキ監督の生まれ故郷のフィンランドに行きたかった。ロンドンも彼が撮った『コントラクト・キラー』の舞台だったから行きました。そういや『枯れ葉』、観ました?」
洋服以上に愛と熱量あふれた映画の話が狭い店内に響き渡る。『トラヴィス』はそんな店だ。
なにせ「映画館に着ていくための服」を置くのがコンセプト。しかもハラダさんは「いつか映画館を、名画座をつくりたい」と考えて、この場所をつくった。
映画好き、映画館好きに、刺さるモノだけ。
駅から離れた住宅街に静かに佇む『TRAVIS』。映画好きのハラダさんが2023年に起ち上げた古着とオリジナルを置く店だ。「恵比寿ガーデンシネマと目黒シネマの間くらい。なので鑑賞後にフラッと寄られる映画好きの方もいます」
コンパクトな店内にパリ、ベルリン、ヘルシンキなどで仕入れた古着とオリジナルが並ぶ。単に“センスいい古着店”に見せかけ、実はすべて「映画館に着ていきたい」「映画にまつわる」アイテム。だから洋服ってより映画好きが集う。
『エターナル・サンシャイン』『パリ・テキサス』『ファイトクラブ』など、“わかってる”作品のポスターやLDも、額装して販売する。
旧い映画館にあったヴィンテージのイスを壁に沿って配置。考えてみたら見た目も良く、折り畳める。スペースを活用できるよきアイデア。
DVDや映画グッズを無造作に置いた、映画好きの自室のようなディスプレイ棚をレジ前に。「お客さんとの会話のきっかけにもなる」
エディ・スリマンとソフィア・コッポラと。
ヨーロッパ古着はそもそもルーツのひとつだった。実家のある兵庫県明石市にイギリスやフランスの古着を売る店があった。高校の頃は柄シャツを買い漁る日々。神戸のファッション専門学校に通ってからはバイト代は、ほぼ洋服に消えたという。
「その延長でエディ・スリマンがデザインしていた頃のディオール・オムに出会って、ハマった」
中でも1本のジーンズにヤラれる。ロックを感じる細身スタイル。それも良かったが、破れたデニムの『クラブで踊り明かしたときに履いて破れたデニム』なんてバックストーリーにこそ魅せられた。
「カルチャーと服、使い方とデザインがつながっていた。単にかっこいいじゃなく『その服を着て何をするか』が大事だよなって」 じゃあ、自分なら服を着て、何を? 振り返ると映画があった。 高校を過ぎた頃からシネ・リーブル神戸なんかに通う映画好きになっていた。きっかけのひとつは『ロスト・イン・トランスレーション』。「明確な答えがない映画」に心ゆさぶれたからだった。
ファッションにも直結していた。冬になると『ジョゼと虎と魚たち』で妻夫木聡が着ていたモッズコートを羽織った。『シングルス』のマット・ディロンをまねて髪を伸ばしたりもしていたからだ。
「映画×洋服が自分のスタイルになった。自分が着る服も『あの登場人物みたいに』と考えたり」
就職先も映画×洋服から決めた。大阪のセレクトショップなどを経験したのち上京。日本が誇る某デザイナーズズブランドに転職して販売員となった。パンクやストリートをルーツにしつつ、映画をモチーフにしたコレクションを得意とするブランドだったからだ。
「作品のどのエッセンスを切り取ってデザインに落とし込むか、そのブランドで勉強しました。また映画好きのお客さんも多く『この作品はあのセリフがいいですよね』『同じ監督のあれ観ました?』と店で盛り上がるのが楽しくて」
映画好きのハラダさんとの対話を楽しみに来る常連客が多かった。映画監督や俳優も多くいた。中にはキャンペーンで来日した、あのハリウッドスターまでいた。
「映画の魔法ですよね。映画好きってだけで職業も年齢も関係なく、ぐっと心の距離が近くなる」
もちろん販売員をしながらも毎日のようにレイトショーで映画観賞を積み重ねていた。仕事が忙しすぎるときも、パートナーとうまくいかないときも。スクリーンを見つめている間は忘れられた。ただそんな良き時間が「限られたものだ」と感じる機会が増えた。
「コロナ禍で自分を見つめなすようになったんです。仕事は好きで充実もしていたけれど、ずっと映画のことだけ考えられるわけでもない。一方で、ミニシアターや名画座が経営面から少しずつ閉館していた。もっと映画に関わりたい。自分で名画座を作れないかなと」
好きな映画をオーダーできる刺繍キャップ。刺繍作家で芸人のグッドウォーキン上田氏の手によるもの。不定期のポップアップストアで展開している。
ポップなカウボーイブーツ。「『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』でブラピがナンパする娘が履いてそうだな、と仕入れました」
ヨーロッパで仕入れたユニークな映画グッズも多々。名監督が自作のコスプレをしたピンズと、名作イラストのピアス。
「名画座をつくるなら」 そこに併設できる店を。
とはいえ、映画館を起ち上げるのは桁違いの資金が必要になる。そもそも経営難の箱が多いのだ。
「鑑賞料だけじゃない利益が必要になる。菊川の『ストレンジャー』がカフェを併設してるみたいにね。では自分なら……って考えるとやっぱり『映画×洋服』だった」
そこで『映画館に着ていくための服』を置く店を着想した。「将来的には自分がつくる名画座に店を併設できるでしょうし」
場所は恵比寿のこの場所を偶然見つけた。店名の『トラヴィス』は大好きな映画『パリ・テキサス』の主人公からとったものだ。そしてヨーロッパで買い付けた古着を「ウッディ・アレンぽいかもな」「カウリスマキの映画に出てきそう」なんて頭の中で編集して、提案した。
オリジナルも最初から作った。1枚目は『ナイト・オン・ザ・プラネット』でウィノナ・ライダーが着ていたのをモチーフにしたTシャツ。映画を観た人だけが分かるバックストーリーをプリントに込めた。ハラダさんが手掛けるデザインは、すべてそうだ。 「映画の話、したくって」
実際、映画好きがわざわざ来てくれる店になった。古着やハラダさんが作ったTシャツを呼び水に、好きなシーンの話題で盛り上がる。『リバイバル上映で着ていきたい』と『恋する惑星』のスウェットを買って帰る人がいる。目黒シネマに行くたび顔を出して映画の感想を語る人もいる。俳優、映画館スタッフなど映画関係者の常連がやっぱり多い。
「そしてみんな長話をされていく。1時間半とか楽勝でいきます。ちょうど映画1本分ですね(笑)」
きっとその90分は仕事の悩みや心のつかえも忘れているんだ。 『トラヴィス』の魔法だ。
映画館に着て行きたい服、あります。
映画好きで服好きのハラダさんが「映画館に着ていくための服を置いた店」が『TRAVIS』のコンセプト。だから古着もオリジナルも、すべてのアイテムに「あの映画を観に行くときにハマるだろうな」なんてバックストーリーがある。たとえばどんな? OK。数作品だけ誌面で公開しよう。値段などは店頭で。
ナイト・オン・ザ・プラネット
’91年にジム・ジャームッシュが撮ったオムニバス。その一遍に登場するコーキー(ウィノナ・ライダー)着用のTシャツをオマージュ
「実際はコロムビア社のレコードTでしたが、細かい文字は劇中見えないので、コーキーの物語に沿った文言に。ちなみにプリントのかすれは、『あの夜の彼女のTシャツが33年後の今見つかった』と考えてそれに」
「ショーツはジャラジャラと整備士に必要な工具やカギ、壊れたサングラスをプリント。観た人ならクスッとなる」
恋する惑星
’94年公開、ウォン・カーウァイの傑作ラブ・ストーリー。金城武、フェイ・ウォン、トニー・レオンなどを日本でも一躍スターにした。
「フェイ・ウォンが着ていたTシャツがモチーフです。ただ小さく書かれた文言は、やっぱりオリジナルに変えてあります。ネタバレ含むので、鑑賞後に噛みしめながら読んで欲しい」
レニングラード・カウボーイズ・ゴー・アメリカ
’89年公開、フィンランドの名匠アキ・カウリスマキが撮ったクールなバンドのロードムービー。半袖&長袖T、スウェットに落とし込んだ。
「レニングラードカウボーイズのツアーTのイメージでつくりました。COWARD(腰抜け)BOYSにしてあるのは、観た人ならわかりますよね。長袖の袖口にはあの髪型の犬もいます」
- 1
- 2
関連する記事
-
- 2024.11.29
松浦祐也の埋蔵金への道。第10回 夏季最上川遠征・没頭捜索編 その2。
-
- 2024.11.22
渋谷発 革ジャン青春物語。「あの頃の憧れはいつもVANSONだった。」
-
- 2024.11.22
なぜ英国トラッドにはブラウンスウェード靴なのか? 相性の良さを着こなしから紐解く。