『ビートルズ・サウンド』で読んだ近田春夫のビートルズ評

竹部:ぼくと川口さんの付き合いって、かれこれもう22年ですよ。
川口:そんなになりますかね。
竹部:川口さんが制作したコンピレーションCD『大阪ソウルバラード』の記事を『オリジナル・コンフィデンス』で書いたのが最初。そこからの付き合いで、その後はThe Goodbyeのベスト、インドカレーのコンピ、秋山奈々。それからジェロ、ポッシボー、町あかり、楳図先生、半田健人……。とにかく川口さんの仕事を追いかけてきたという自負があるわけですよ。でもビートルズの話をしたことは今まで一度もなかったなと思いまして。それでも、たまに川口さんからメールをもらうと、『ゲット・バック』の感想とか、「ナウ・アンド・ゼン」の批評が書かれていたりして、メール上でビートルズ話が始まる。
川口:そうでした(笑)。
竹部:あと、てりとりぃ会でお会いしたときに、近況プラスビートルズ話をするという感じで。
川口:確かに。
竹部:だからこの場を設けて、ビートルズ話をしたいなと思いまして。
川口:よろしくお願いします。
竹部:普段川口さんはビートルズの話をする人っていますか。
川口;サリー久保田さん、最近会ってないですが本秀康さん、とかですかね。
竹部:『READY! STEADY!! THE GOOD-BYE!!!』は本秀康さんと川口さんの仕事でしたよね。ぼくが最初に本さんに会ったのは、その発売記念トークショーでした。ロフトプラスワンの楽屋で本さんと能地祐子さんの対談をやって、それを『オリジナル・コンフィデンス』に載せたんですよ。
川口;そうでしたっけ。
竹部:あれは2004年。近年、川口さんは近田春夫さんの『超冗談だから』を手掛けていますが、近田さんとビートルズの話をしたりはしないんですか。
川口:近田さんはあまりビートルズ好きじゃないですから。
竹部:近田さんで覚えているのは、『ビートルズ・サウンド』っていう本の中で『リボルバー』の解説を書いているんだけど……。
川口 もちろん持っていますよ。
竹部:ビートルズは得意ではないと書いていますよね。
川口:完成度がいちばん高いのは『リボルバー』で、それ以降はコレステロールが溜まりすぎと。それから「ロックにこだわる人間としては、童謡みたいな歌を入れる感覚がわからない。インテリでもないのにインテリのふりをするな」とか。
竹部:よく覚えていますね(笑)。ほかの原稿で読んだのかな。ストリングスの似合うロックンロールはT.レックスだけだと言っていたことも覚えています。自分にとって近田春夫さんは大きな存在なので、近田さんはビートルズをどう評価しているのか気になって、そういう原稿があったら必ず読んでいましたよ。
川口:近田さんはロックンロールの人なんですよ。ビートルズよりもストーンズ派。
竹部:そうですね。ぼくも、ビートルズのロックンロール、とくにエイトビートでリンゴのドラムが立っている曲が好きなんですよ。『サージェント』ってホーンとかストリングスが目立つけど、それらを排除したアウトテイクを聴くと、『リボルバー』の延長にあるサウンドであることがわかるし、リンゴのドラムが目立っているから、ビートルズがロックンロールバンドであることがわかる。リンゴのドラムこそがビートルズ・サウンドの核だなって。
川口:そうかもしれないですね。
竹部:で、その近田さんから川口さんは最高のプロデューサーだって評されていて、著作『調子悪くて当たり前』にもちゃんと記されている。
川口:気が合うんだと思います。私も近田さんもふざけたものが好きだから(笑)。そこで波長があったんだと思います。
竹部:“ふざけたもの”は今日の対談のテーマでもあるんですが。それはともかく、2020年前後の『ミュージック・マガジン』の年間ジャンル別ベストアルバムの歌謡曲部門では、川口さんの関わった作品が10作品中半数っていうときがありましたよね。
川口:ありました。『マガジン』好みのものを作っていたのかもしれないけど、今思えば、すごいことですよね。

82年のオフコースとビートルズ

竹部;そんな川口さんがぼくの「ビートルズのことを考えない日は一日もなかった」っていうタイトルに同意してくれたじゃないじゃないですか。
川口:はい。私もそうですよ。やっぱり考えちゃいますよね。
竹部:そうは言いつつ、川口さんのプロデュース作品の中で、ビートルズのテイストが入った作品はそんなに多くないじゃないですか。
川口:ビートルズって基本ふざけているって思っていて。だから、ビートルズのそういうエッセンスは自分の骨の髄に染みているんですよ。それは音楽のジャンルではなくて、精神的なもの。スピリッツですね。
竹部:それはわかる。川口さんが最初にビートルズのふざけた部分を感じたのはどの辺なんですか。
川口:なんだろう。そうだ! 私がビートルズの曲を初めて知ったのは、松本伊代ちゃんが武道館ライブで歌った「抱きしめたい」なんですよ。当時テレビで放送していたのを見て、「ものすごくいい曲だ」と思って調べたら、ビートルズだったんですよ。ビートルズマニアを自認しているにもかかわらず、知ったきっかけは松本伊代ちゃんっていうのが恥ずかしいです。
竹部:そうだったんですね。それは英語? 日本語?
川口:どっちだろう。記憶が曖昧だけど。
竹部:当時はアイドルがビートルズを歌うことは普通でしたよね。大場久美子の「サージェント・ペパーズ」が有名だし。『レッツゴーヤング』でもサンデーズがよく歌っていました。そういえば伊代ちゃんと大場久美子って同じ事務所でしたよね。
川口:ビートルズ好きのスタッフがいたのかな。それで、「抱きしめたい」目当てに『ビートルズベスト20』を買ったんです。なけなしの小遣いで2500円払って。白いジャケに真ん中にロゴが描かれたやつ。
竹部:82年。伊代ちゃんの武道館、『ビートルズベスト20』も82年リリースです。
川口:そこで聴いた1曲目の「シー・ラブズ・ユー」がとにかく衝撃だったんですよ。サビのドラムのアタマ抜き3連フィル。あんなトリッキーなフィルを初めて聞いたわけですよ。ふざけてるなって(笑)。人を食ってるっていう方が近いかな。
竹部:それまではどういう音楽を聴いていたんですか。
川口:野口五郎。歌謡曲オタクですよ。ザ・ベストテン世代ですから。
竹部:同じくザ・ベストテン世代です。歌謡曲耳で聞くビートルズは古臭く感じませんでした?
川口:古臭くは感じなかったけど、音質が悪いなとは思いました。「シー・ラブズ・ユー」は疑似ステレオでしたし。歌謡曲のほかにオフコースも好きで、オフコースと並行してビートルズを聴くようになったんです。
竹部:オフコースは音がいいですからね。そうそう、82年はオフコースの年なんですよね。武道館10デイズもありましたし。
川口:オフコースとビートルズにどっぷりでした。田舎の中学生にはオフコースがおしゃれに聞こえて。武道館10デイズのフィルムコンサートが全国巡回したやつに行きましたもん。
竹部:そんなにファンだったんですね! あの年のオフコースは社会現象に近かったですよね。その秋に『NEXT』って特番があったんです。TBSで。
川口:もちろん見ましたよ。レコードも発売日に買いましたから。武道館10デイズがあったあとに、『NEXT』というアルバムが出るって発表されたとき、リリース前のプロモーションでは『We Are』とか『OVER』とかと同じシリアスなフォントが使われていたんですよ。それで期待して発売日にレコードを買いに行ったら、『マジカル~』のパロディだったという。それまでのオフコースにメンバーがぬいぐるみを着るなんていうセンスなかったじゃないですか。なんだこれと思って。こういう人を食った感じはビートルズから受けた影響なんだなって、今思えば、納得できますよね。
竹部:シリアスなバンドだったんですよ。音を聞いてもわかるし、NHKの『若い広場』を見ても伝わってきましたから。『NEXT』はどうでした。
川口:おもしろかったですよ。ただ、小田さん中心にスポットライトが当たっているなとは思いました。コンサートの映像でも女の子はほぼ「小田さーん!」でしたし。それで鈴木さんのことを思うわけじゃないですか。これもビートルズに繋がってしまうんですよ。後期のシングルはポールの曲ばっかりになっちゃうっていうジョンのフラストレーションと重なる話で……。
竹部:ぼくも『NEXT』は放送日にリアルタイムで観て、録画して。それを何度も見返しました。すごくビートルズっぽいなと思ったんですよ。ドラムのジローさんをキーマンにしてコミカルに描いたり、ゴルフ場のシーンが『ハード・デイズ・ナイト』の「キャント・バイ・ミー・ラヴ」っぽかったり、「さよなら」の演奏シーンのカメラワークが「レット・イット・ビー」だったり。そういう意味でもビートルズファンは『NEXT』は見るべきだと思いますよ。
川口:直接の影響は出していないけど、ビートルズのエッセンスはあちこちにちりばめていますよね。「恋を抱きしめよう」なんてタイトルの曲もあるし。
竹部:あと思い出したのが、『NEXT』の中で松尾さんにフォーカスしたシーンで出てくるロケ場所が溜池の東芝EMIの社内なんですよ。社会人になって業界に入って仕事で東芝に行ったときにどこかで観たことあると思ったら『NEXT』だったという。『NEXT』には思い入れがあるんですよね。でもぼくがオフコースを追いかけていたのはそこまででした。
川口:私も『ベスト・イヤー・オブ・マイ・ライフ』まで。あの中の「夏の日」がものすごく好きで。あと「気をつけて」っていう曲もいいんですよ。なんかオフコースの話になっちゃいましたが。