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「なぜ小学校にはiPadがお勧めなのか?」いなべ市の先進的ICT教育とその秘密

故安倍首相の鶴の一声で始まった『GIGAスクール構想』。思えば、あの時点でのトップダウンの一括導入がなければ、日本の教育シーンにおけるデジタルデバイス導入は、大きく遅れていたか、一部の先進的な学校とそうでない学校の間に大きな差が生まれていたことだろう。しかし、それから早5年。当時小学1年生は6年生になり、デバイスの更新の時期がやってきている。更新は2024年度から2028年度に向けて進められる。三重県いなべ市のiPad活用状況を踏まえつつ、GIGAスクール構想第2期『NEXT GIGA』の状況と、筆者がiPadの導入を勧める理由をご説明しよう。

デバイスの価格高騰が、GIGAスクール構想第2期の課題

GIGAスクール構想第2期の難しさはなんといっても予算の厳しさにある。第1期では生徒1人当たり4万5000円が用意されたが、円安が進行して、その予算で端末を購入するのは困難になった。一応、政府も補助額を5万5000円に増額した。しかし、第1期の時に、iPad(第9世代)が3万9800円だったのが、現在のiPad(第10世代)が5万8800円であることを考えるとそれでも足りないことはご理解いただけると思う。

実際には、学割と(おそらくアップルの特別な値引きと)納入業者の努力によって5万5000円で、iPad本体、ケース、キーボードのパッケージは用意されるようだが、しわ寄せはキーボードなどのクオリティに行くのではないかと思う。

第1期に問題になった、回線速度の不十分な学校が多い問題も把握されており、なんらかの手が打たれる模様。また、「壊れる」という問題に対して、総数の15%以内の予備機が用意されるとか、以前は先生の端末は予算化されておらず、先生が同じ端末で教えられない……という問題も解決されるようだ。

ともあれ、iPadはまだいい。一番安価なiPad(第10世代)でも、使用に十分な動作速度を持つし、フリーズしたり、不具合が発生したりすることはほとんどない。また、適切なケースを使っていれば、壊れることもほとんどない。しかし、この予算で用意されるWindows端末はかなり性能が低いという問題があり、Windowsを導入した学校は苦労されたようだ。Android機においても、性能がまちまちだったり、不具合が発生したりという問題が発生している。

実際に、筆者が何校かの先生に聞いたところ、WindowsやAndroidを導入した学校では上手く活用できていなかったりして、このGIGA第2期をきっかけにiPadへの移行を切望してる現場の先生も多いとのこと。

いっぽう、予算圧縮のために「自治体ごとに、端末の種類をまとめるべき」という論もあるらしく、iPadからAndroid機などに移行せざるを得ない学校もあるという。

なんと、2015年からiPad導入を進めていた、いなべ市

さて、そういう話を前提に、今回、すでに第2期としてiPadの導入を決めている三重県いなべ市の小学校を取材し、教育委員会に話を聞いた。

いなべ市がどこにあるかご存知だろうか? 名古屋の西、滋賀県の東。鈴鹿山脈と、養老山脈の間の谷間に広がる人口約4.5万人の市だ。この小さな市が、iPad導入におおいに成功しているというのである。そのポイントがどこにあるのかを聞くのが今回のテーマである。

筆者は関西出身だが、いなべ市には行った事がなかった。帰省の際にクルマで近くは通りかかるにしても、関ヶ原を通るルートはもっと北。鈴鹿山脈を越えて、伊賀や甲賀を通るルートはもっと南にあり、ほぼ行き止まりのような谷間にあるいなべ市に寄る機会はなかった。いなべ市は細い国道を通って山を越えれば大垣市など岐阜県に近いが、三重県の北端という位置にある。

(アップルマップより)

高齢化比率は30.6%と、他の地方都市と同じように高齢化は進んでいる。しかし、非常に活気があり、子供たちも元気に小学校に通っている。

同市のiPad導入の歴史は長い。なんと、GIGAが話題になるよりはるか前、2015年から始まっている。2015年といえば、iPad(第5世代)より前、スタンダードモデルがiPad Air 2と呼ばれていた頃である。なぜ、こんなに前からiPad導入が進んでいたかは後述するが、この山合いの小さな地方都市が、実に先進的であることが分かっていただけると思う。

では、まずは学校での授業の様子を見てみよう。

いなべ市の児童数は2160人、小学校は11校

訪問したのは、三重県いなべ市の治田(はった)小学校。明治6年創立の歴史のある学校である。校舎などは昭和の時代に作られたものだが、人口減少もあり、教室などは余裕を持って使えている。いなべ市自体に小学校は11校あるが児童数は2160人。そのうち治田小学校の児童数は104人。各学年1クラスとなっている(つまりクラス替えはない)。

3年生はことわざムービーを制作

小学校3年生と、6年生のそれぞれ国語の授業を拝見した。

3年生の授業はことわざムービーを作って、ことわざの意味を説明しようというもの。グループを作って、ムービーを作ることで、お互いにことわざの意味を深く考えようというわけだ。

それぞれの班が、『時は金なり』『たなからぼたもち』『人のふり見て、わがふり直せ』『早起きは三文の得』といったことわざを説明する動画を作る。

どのグループも手慣れたもので、集まってどういう動画を作るべきか議論し、配役を決め、演技を撮影していた。もちろん、iPadの操作に迷う場面などまったくない。

実に手慣れたものである。

筆者の小学校時代(40年以上前だが……)だと、人前で発表したり、こうやってグループで創作する機会などほとんどなかったが、授業のスタイルも大きく変わったものだ。

最後に、作ったムービーを教壇のディスプレイを使って発表。今の若い人が、プレゼンテーションなどに長けている理由がよくわかった。

6年生は鳥獣戯画に関する随筆の読み取り

続いて、6年生の授業は国語の教科書にある鳥獣戯画についての随筆を読んで、その中から『ストーリー』『絵の描き方』『絵の解説・評価』について、どのように書かれているかを読み取るというもの。

ちなみに、日本語入力は、写真のようにキーボードを使っている児童もいれば、ディスプレイ入力で、QWERTYキーボードを使っている児童、五十音キーボードを使っている児童もいた。特にキーボード利用については指定せず、児童の使いやすいものを使えばいいというようにしているとのことだった。ちなみに、ローマ字自体は小学校3年生で習うので、低学年において五十音もしくはかな入力から始まってしまうのが、ちょっと悩ましいところ。

6年生ともなると、グループでの議論にも慣れており、活発な議論が交わされていた。

子どもがAgencyを発揮し、Well-Being溢れる学校に

授業と、いなべ市の教育について、いなべ市役所でより詳しく聞いた。いなべ市役所は、同市を象徴する森の近くにある素敵な建物だ。横に『にぎわいの森』という地域の特産品を買える建物が散在する設備が併設されており、市役所とは思えないほど多くの人が訪れている。

ご対応下さったのは、左からいなべ市教育委員会の学校教育課課長補佐兼指導主事の水谷妙さん、教育長の小川専哉さん、企画部情報課課長の伊藤正紀さん。

いなべ市は、前述のように早い段階から、成績データをはじめとする児童・生徒データの共通化、学校間による情報共有を行っている。また、教職員が自宅からセキュリティソリューションを用いてテレワークを行えるようにしたり、iPad導入なども早かった。

教師の負担を減らすために、ベネッセコーポレーションと契約しICT支援員を派遣してもらって、スムーズにiPad導入を行った。

現在のいなべ市の教育基本方針は『子どもがAgencyを発揮し、Well-Being溢れる学校に』というもの。つまり、子どもが自主的な姿勢で学び取り、単に成績の優劣でなく、快適な生活の延長線上に学習し、その先の人生においても良き生活を送れるようにするというような方針を持っている。実に、地方都市とは思えない先進性を持っているのである。これはちょっと驚いた。

iPad利用に関しても、上手く行った授業を活用事例としてレポート化、それを先生の間で共有し、活用するなどの方法がとられていた。

また、導入したiPadの活用も可視化。どの学校でどのぐらい活用されているか? 子どもはどう感じているのか? どういう効果が得られているのか? どのような課題があるのかが、データ化、共有化されているという。

今回のGIGA第2期においても、政府の予算だけにたよらず、早期からデバイスの更新、機種選定、ケースやキーボードの選定などが行われており、いなべ市教育委員会の強い意思を感じる。

その結果として、授業は大きく変わり、机に向かって先生の話を聞くのが中心だった授業が、動画作成、校外学習での活用、グループでの意見交換や相談が行えるようになったという。


いなべ市の先進性、暮らしやすさの秘密

日本の多くの地方都市は、人口減少、高齢化などの課題を抱えている。しかし、いなべ市にはそういう暗さがなく、学校教育にも多くの予算が割かれ、非常に良い教育が行われているように見える。

実際、iPad導入だけでなく、『保育園から中学校卒業までの給食の無償化』『小学校水泳授業のための屋内温水プールの設置』(温暖化の進行で、夏季の屋外プールでは、熱中症などの危険があるそうだ)、『小中一貫教育コーディネーター配置』『外国人英語指導事業』などの、先進的な方針が次々と打ち出されている。

そういえば、市役所もモダンで美しい建築だ。これはいったいどういうことなのか?

取材時にヒアリングするとともに筆者が独自に調べたところ、その秘密の一端は現市長にあるらしい。

いなべ市は2003年に、員弁郡北勢町・員弁町・大安町・藤原町の4町が合併して発足しており、その初代市長に就任して、6期、現在まで21年間に渡って市長を務めるのが日沖靖さんだ。

大安町では1995年に町長が収賄容疑で辞職する汚職事件があった。その時に「なんとかせねばならない」と36歳で立候補し、当選、大安町長を3期に渡って務めたという。

(いなべ市ウェブサイトより)

日沖さんは、京都大学農学部卒の優秀な人物。強豪として知られる京都大学ギャングスターズ(アメリカンフットボール部)に在籍、甲子園ボウルにも出場。卒業し、住友商事に5年間勤務後、オクラホマ大学体育学部助手、ミネソタ州立大学アメリカンフットボール部コーチを務めるなど、海外で教育に携わる経験をした後、1990年に実家に帰り、農機具店を継いでいたところ、件の汚職事件があり、義憤に駆られて町長選に出馬されたのだという。

以来、町長として3期8年を勤め、市町村合併の折には、員弁町長を10期勤めた太田嘉明さんを破って初代いなべ市長となり、以来21年6期にわたって同市の市長を務めている。

人口4万5000人の小さな市とはいえ、実は同市にはトヨタ車体の工場(アルファードはすべていなべ市で組み立てられている)、デンソー、神戸製鋼、パロマ、太平洋セメントなどの工場があるなど税収は豊富。それを活かして暮らし良い市政を行っているのは日沖さんの業績といえるだろう。

良い首長を市民自身が選ぶのはとても大切なことなのだと感じた。

また、実は、教育長の小川さんは、日沖さんと同年齢で、旧友。市長と協力して、いなべ市の教育に尽力されてきたようだ。トップダウンだけがすべてではないが、市長、教育長が長期的視野を持ってICTに大きな予算を割いて推進してきた。これが現在のいなべ市の素晴らしいICT教育を実現する原動力となっているのは間違いなさそうだ。

(村上タクタ)

 

 

 

 

 

 

 

この記事を書いた人
村上タクタ
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村上タクタ

おせっかいデジタル案内人

「ThunderVolt」編集長。IT系メディア編集歴12年。USのiPhone発表会に呼ばれる数少ない日本人プレスのひとり。趣味の雑誌ひと筋で編集し続けて30年。バイク、ラジコン飛行機、海水魚とサンゴの飼育、園芸など、作った雑誌は600冊以上。
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