『ポッパーズMTV』で観たコステロ「パンプ・イット・アップ」

竹部:話を戻しますが、その後川口さんはどのような感じでビートルズを聴いていましたか。
川口:めちゃくちゃ聞いていましたよ。でも高校になるとメインはエルヴィス・コステロに行くんですよ……。
竹部:川口さんって何年生まれでしたっけ。
川口:1968年。
竹部:そうすると、リアルタイムで聴いた最初のコステロは何ですか。
川口:『パンチ・ザ・クロック』。
竹部:83年。ぼくもその少し前にコステロが気になり始めて『マイ・エイム・イズ・トゥルー』を買って、間もなくして出たのが『パンチ~』でした。「エブリデイ・アイ・ライト・ザ・ブック」が好きで。そこから川口さんにコステロブームが起こると。
川口:実は人生でいちばんハマったのはコステロなんですよ。入口は『ポッパーズMTV』で観た「パンプ・イット・アップ」のビデオ。
竹部:「パンプ・イット・アップ」ってなんのアルバムでしたっけ?
川口:『ディス・イヤーズ・モデル』ですね。
竹部;『ポッパーズ』で過去の曲を流すこともあったんですね。
川口:で、興味を持った後に出たアルバムが『パンチ~』。上板橋にあった、今は無き「宝島」っていう貸しレコード屋で借りました(笑)。
竹部:その後に出たアルバムが『グッバイ・クルエル・ワールド』。あの頃、コステロは少しメジャーになったような空気がありましたよね。川口さんはコステロのどこに惹かれたんですか。
川口:曲のよさ。メロディ。アルバムはすぐにコンプリートして、そのあとブートを集めるようになって、完全なコステロ・マニアになっていくんですよ。
竹部:コステロ・マニアってあまり聞かないですよね。ブートってスタジオ録音? ライブ音源ですか。
川口:大体ライブなんですが、これが面白い。歌い方はもちろんメロディも変えて歌うから全然飽きない。一時はビートルズ以上にハマっていました。
竹部:コステロにビートルズ、ジョンを感じたりはしました?
川口:感じますよね。コステロはビートルズ・ファンクラブの会員ですから。
竹部:映画『エイト・デイズ・ア・ウィーク』の中でもいいこと言っていましたよね。「ガール」の歌詞について、「”恋する心の痛みが快感になる”なんていう表現は凄すぎて子どもには理解できなかった」って。それでそのあと、『キング・オブ・アメリカ』『ブラッド&チョコレート』を経てポールと共演しますよね。
川口:『スパイク』『フラワーズ・イン・ザ・ザート』で、自分のアイドルが合体するわけですよ。なんだ、やっぱり同類だったみたいなことは思いましたよね。
竹部:ポールはコステロにジョンのセンスを感じたんでしょうね。
川口:共通項あるでしょうね。シリアスなところ、毒舌とかも含めて。
竹部:それでコステロに浮気をしつつ、本道であるビートルズに関してもマニア道を突き進んでブートに行くわけですよね。
川口:とにかく好きになったら全部集めたいと思うタイプなんで、別バージョンやアウトテイクが聴きたくなって、行きつく先は西新宿ですよ。『ウルトラ・レア・トラックス』は衝撃でしたね。あれは近所のレンタル屋に置いてあったの。最初のオレンジと緑の蛍光色のCDが。ぶっ飛びましたよ。何がって、「キャント・バイ・ミー・ラブ」ですよね。
竹部:コーラス入りの(笑)。『ウルトラ・レア・トラックス』ってアウトテイク音源にも驚いたけど、音がクリアなところにも不思議に思ったわけです。レコードや正規CDよりも音がいいんですから。正規音源はスタジオの音をミックスして圧縮しているけど、『ウルトラ・レア』の音源はそのままの状態だから音がいいに決まっているんですよね。そんなこと知らないから。
川口:「アイム・ルッキング・スルー・ユー」もこんなアレンジでもやっていたんだ、みたいな。
竹部:ボサノバなアレンジで。
川口:『ウルトラ・レア・トラックス』から始まって『アット・ザ・ビーブ』シリーズとか、イエロー・ドッグとか、『ゲット・バック・セッションズ』のダラダラしたやつとか、いろいろ集めましたね。
竹部:その時代のファンは皆同じような行動パターンですよね。
川口:それはそうですよ。アウトテイクなんてなかったじゃないですか。どれを聞いても面白かったですからね。たまにハズレを掴ませられましたが。近所のカメラ屋に『アンサーパスト・マスターズ』がずらーって置いてあったんですよ。日本語の解説書があるやつ。コピー品だったんでしょうね。安かったし。だから西新宿に行かなくても近所でブートが買えると思って重宝していました。

今も継承されているビートルズのデタラメな部分
竹部:そこで本格的な研究が始まるわけですか。
川口:始まりましたね。ブートを聞き倒しつつ、あとは本ですよね。チャック近藤さんが書いた本は死ぬほど読みましたね。
竹部:『ビートルズサウンズ大研究』ぼくも読みました。その前に『レコーディング・セッションズ』は?
川口:もちろん。もともとレコーディングに興味があったんで、どういうプロセスでレコーディングしてったんだろうなっていうことを知りたいと思っていたんですよ。何度も読み返したし、ほかの文献で知った情報もあるから、どれが『レコーディング・セッションズ』で知ったネタなのか、もはやわからなくなっていますけどね(笑)。そうだ、あれですよ。『ゲット・バック・セッションズ』の項目のところで、「この日録音したロックンロールメドレーは演奏のテンションも申し分なく、オフィシャルリリースされたら目玉となっていただろう」みたいなことが書かれていたんですよ。そんなこと書かれたら、聞きたくなるわけだけど、当時のブートには収録されていなかった。
竹部:『アンソロジー』に入ったやつですよね。
川口:そう。『アンソロジー』で聞いたけど、それほどでもなかったという(笑)。
竹部;そうでしたよね。でも、今では皆が知っている「イエスタデイ」と「アイム・ダウン」「夢の人」は同じ日に録音したという話もこの本が出る前は知らなかったわけですからね。
川口:『レコーディング・セッションズ』の最初のやつは版組のせいで読みづらい。もうちょっときれいな版組にしたら、資料としての価値高まったのかなって思うけど。
竹部:その後改訂した完全版が出ましたけど、オリジナルの判型に準じたものを出してほしいですよね。
川口:みんなそう思うよね。でも90年代に入って研究本がいろいろ出てきて、そういう副読本を読んでアウトテイクへの理解が深まっていったわけです。
竹部:川口さんは音楽理論にも精通されているわけですよね。
川口:全然そんなことないです。趣味の範疇レベルです。音楽をやる人って、コード進行とか和音の積み方とかを覚えるじゃないですか。そういうのを知っていると研究も楽しいですし。昔、映画『レット・イット・ビー』を深夜にノーカットでやったでしょ。あのときにレコードではカットされた「ディグ・ア・ポニー」のイントロ部分を初めて聞いたんですよ。それでびっくりしたわけです。どういうこと?って。
竹部:ありましたね。『レット・イット・ビー』のノーカット放送。
川口:あの「ディグ・ア・ポニー」のイントロのベースが当時の自分の耳では、ちょっと外れたように聞こえたんです。コード的にはディミニッシュなんだけど、当時はまだディミニッシュという和音の積み方をまだ知らないから、ベースが間違っているのかとか思ったんですよ。そういうこととかをいろんな研究本で読んで学んでいくとやっぱり楽しいし。
竹部:チャックさんの本で学んだビートルズ・サウンドの真実ってかなりありましたね。それをもとにしてギターで弾いていると、こんなコード進行なんだって思ったり。そういう演奏の細かいところを実際に見たくて、六本木キャバンに行っていました。ハコバンはチャックさんがリーダーのレディバグでした。
川口:そういうふうに真剣にビートルズを聞き込んでいくと、いいかげんなところ、ふざけているところ、あるいは自由といってもいいかもしれないんだけど、そういう部分がたくさん見えてくるんですよ。でも最近思うのは、ビートルズのそういうデタラメな部分は、今の時代の感覚だからそう聞こえるのであって、当時はそれが普通だったんじゃないかなって。当時の感覚で言えば、ポップミュージックなんて、1日で録音して、はい完成みたいな、使い捨ての音楽。今みたいに何日もかけてミックスするなんてことはなかったわけですからね。しかも、55年も後に聞かれているなんてことは思ってもなかっただろうし。
竹部:たしかにそうですよね。アルバム『プリーズ・プリーズ・ミー』は一日で録音、ジョンの「インスタント・カーマ!」も録音した1週間後に店頭に並んでいたと言うことで、即効性を優先させていた部分もあったわけですよね。
川口:レコーディングってテイクを重ねると勢いが落ちるんですよ。ファーストテイクのマジックって絶対にあるし。何度もやっているうちに手癖になって、新鮮さも薄れるし。ここで今日のもうひとつのテーマ、ジャイルズ・マーティンの仕事についてちょっと話をしたいんですよ。
竹部:ジャイルズのビートルズ仕事についての疑問点ですよね。
川口:そうなんです。ジャイルズが手掛けてからというもの常に?を感じてきたんですが、今ではそういうデタラメな部分も含めてビートルズを継承しているのかもしれないと思うようになったんですよ。これは皮肉と愛が混在した言い方なんですけどね(笑)。
竹部:なるほど。ジャイルズへの不信感は、例を挙げるときりがないのですが……。『青盤』の「ジョンとヨーコのバラード」でのピアノ消し忘れ、同じく『青盤』での「アイム・ザ・ウォルラス」のSE、『ハリウッドボウル・ライブ』の「チケット・トゥ・ライド」でのジョンのボーカル。
川口:普通に聞いていたら気づくんじゃないかなって思うんだけど……。そのなかで最初に言っておきたいのは「ナウ・アンド・ゼン」なんですよね。
竹部:「フリー・アズ・ア・バード」「リアル・ラヴ」とは違った印象ですよね。
川口:まずイントロがただのピアノコード8分音符弾きだけでショボ過ぎる。「フリー・アズ・ア・バード」も「リアル・ラヴ」もイントロで掴みますよね。だから「ナウ・アンド・ゼン」もちゃんとフックのあるイントロを作ってほしかったなと。ジェフ・リンのバージョンはドラムのフィルから入って勢いがあった。あと、コーラスにも不満があって、サビで♪I miss you~って歌ったら、絶対追っかけでI miss you~って三声コーラス入れるだろうと。ジェフ・リンはちゃんと分かっててそこ入れてましたからね。
竹部:「ナウ・アンド・ゼン」はどの程度、ジャイルズに決定権があったのかわかりませんけどね。
川口:そうですけどね。あと個人的には『赤盤』に入っている「シー・ラブズ・ユー」も異様にハイ落ちしてる点も気になった。シンバルのシャーシャー鳴っているところがあの曲の勢いなのに、そこがなくなっちゃって。
竹部:ビートルズの初期の良さはやかましさなんですよね。
川口:それがないと、ビートルズじゃないんだな。キャピトルのアメリカ盤って音が汚いところがいいんですよ。あれをやった人はビートルズの良さをわかっていると思う。
竹部:ジュークボックスで響くにはどうしたらいいかっていうことを理解したうえであの音にしたんでしょうね。最初の頃はアメリカ盤に違和感あったけど、いまはいいですよね。
川口:勝手に編集しちゃったり、エコーも深くしたりして、やり放題だけどそれがいいんですよね。そもそも、キャピトルってブライアン・エプスタインが何度もビートルズを売り込みに行ったのに足蹴にしていたわけでしょう。いざ売れたらマスターすぐよこせ、みたいな。余りにも傲慢で驕り高ぶってたんですよ。キャピトルの傲慢なやり方は汚くて最低だったけど、迫力のある音に関してはよかった。
竹部:ジャイルズもその雑さがいい方向に行けばよかったのに(笑)。
川口:ジャイルズが手掛けた「ナウ・アンド・ゼン」を聞いていると全体にオブリガードがないっていうか、音楽の感性がないように感じてしまうんですよね。
竹部:やかましさが魅力という流れで言ったら『ハリウッドボウル』はつくづく残念でした。ジョージ・マーティン盤で聴かれた勢いが全部なくなっちゃった。客の歓声も静かになってしまったし。
川口:アドレナリンっていうか、音に込められた魂がなくなってしまっているんですよね。あれは仏作って魂入れぬですよ。本質をカットしちゃった感じ。サウンド的にハイファイにしてマイルドにする方を選んじゃった。これは個人的にすごいガッカリしました。
竹部:ジョージ・マーティン盤は熱狂がすさまじいから、興奮するんですよ。傑作なんですけどね。ジャイルズはあまりオリジナル音源を聞いていないんですかね。少なくともビートルズのことを考えない日は一日もなかったということはないかな(笑)。
川口:聞き込みが足りない。圧倒的に。オリジナルには入ってなかった変な音が入ってたり、逆になんでこの音下げちゃったのっていうのもあって。思い出したのは、2019版の「カム・トゥゲザー」でアウトロの「♪Over Me」のあとに聞こえるギターの音のタイミングが遅れているんですよ。説明しにくいんだけど、あれも最初に聞いたときびっくりして……。これは変えちゃダメじゃんと思った。
竹部:聞いてみます。