きっと、弊誌をはじめとする昭和系の雑誌も、同世代だけではなくて若い人も読んでくれているのではないかと思うと編集している人間にとっては、好ましい状況と思えるのだが、一方で、ちょっと待って、という複雑な感情抱くのも事実。その複雑な感情と言うのは、昭和がフォーカスされる際に取り上げられるのが、だいたい80年代であるということだ。
確かに、80年代は勢いがあって、キラキラしていて、今に比べて夢と希望に満ち溢れていたように感じられるから、若い人が惹かれるのは仕方のないことなのだろう。しかし、実際には昭和の時代は63年の歴史があって、そのなかの避けて通れない出来事として戦争がある。昭和42年生まれの筆者は当然のこと戦争体験はないが、子どもの頃に観たドラマや映画、読んだマンガや小説にはまだ戦争の名残が感じられたし、夏にはNHKなどで放送されるドキュメント番組で戦争の匂いをかぎ取り、その悲惨さを頭の中に叩き込まれた。冷静に思えば、昭和42年って戦争が終わってから22年しか経っていなかったのだ。
小泉今日子&浜田真理子「マイ・ラスト・ソング」が伝える昭和
80年代の光の部分ではなく、影とは言わないまでも、そこに至るまでに日本が歩んできた50年代から70年代までの昭和を弊誌の視点で一度編んでみたいと思っていたところ、小泉今日子さんと浜田真理子さんの「マイ・ラスト・ソング」が再演されると聞き、お二人にそんなテーマで対談いただけないかと思い立った。「マイ・ラスト・ソング」とは演出家・久世光彦さんの著作を元にした朗読コンサートで、内容もその名の通り、久世さんが人生を終える前に聞きたい曲はなにか、というテーマを通して昭和の流行歌を紹介するというもの。そこに選ばれた曲には当然のこと80年代のアイドルソングはない。
戦前の唱歌や戦中に歌われていた軍歌、古いスタンダード、新しくても70年代の曲が選ばれている。以前一度、そのコンサートを鑑賞し、深い感銘を受けたことがあり、その後、小泉今日子さんと浜田真理子さんを別々に取材したというつながりもあり、取材を申し込むと、即座に承諾をいただくことができた。小泉今日子さんのポッドキャスト番組のタイトル「ホントの小泉さん」にもじって「ホントの昭和」という特集名として、二人の対談以外の企画を練っていった。
その「マイ・ラスト・ソング」対談は、「昭和は長いから期間を区切って検証なり再評価をしてほしい」という小泉さんの発言のとおり、80年代だけが昭和ではない、というこちらの意図を汲んでいただく内容になった。なかでも「私たちが戦争の体験談を上の世代から直接聞く最後の世代である」という発言は、本企画で最も伝えたいメッセージである。小泉さんと浜田さんが語っているように、昭和40年代に生まれた人間は、親がかろうじて戦争を体験している世代。それゆえ、これは昭和40年代に生まれた人間の共通の認識ではないかと思う。
最後に、久世光彦のことを。久世光彦といえば『時間ですよ』『寺内貫太郎一家』『ムー』など、昭和40年代から50年代にかけてのTBSで多くの傑作テレビドラマを演出家だが、その恩恵を受けてきたのが、この世代。筆者は、小学生の時に『ムー一族』が大好きで、毎週楽しみに観ていた。ドラマなのに急に歌が入ったり、コントをやったり、変な人が出てきたり、生放送があったり、となんでもありの構成・演出はかなりぶっ飛んだもので、その衝撃は、子供時期の人格形成においてに多大な影響を受けた。
そんななかで覚えているのが、家の下に不発弾が埋まっていて、家族がパニックになるという回。そんなふうに戦争の影を忍ばせることで、戦争を忘れてはいけないというメッセージを忍ばせていたのではないかと推察する。このほかにも伊東四朗演じる父親と渡辺美佐子の演じる母親の会話の中にも戦時中の話がよく織り込まれていた。
今でも時折、『ムー一族』のDVDボックスを見返しているのだが、今回、小泉さんと浜田さんと『ムー一族』話が出来たことも嬉しかった。二人ともかなり細かいところまで覚えていて、自称『ムー一族』マニアとしてはこのうえなく幸せな時間となった。
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