「趣味の文具箱」編集長・清水のつぶやき<第8回>ドイツの国民的万年筆「ラミーサファリ」の魅力の秘密

ラミーは、ドイツの伝統的な筆記具ブランドだ。1950年代からバウハウスのデザインを取り入れた独自のコンセプトを堅持し続けている。一切の装飾を省き、機能(=書きやすさ)に徹している。ブランドを象徴するモデルは1966年に登場した「ラミー2000」だ。57年のロングセラーだが、古くさい雰囲気はまったくない。21世紀の現在でも、その佇まいには近未来さを感じさせる。

ラミーには多くのモデルがあるが、もっと製造本数が多いのが「ラミーサファリ」だ。ラミーに質問したところ、すべてのモデルの中でサファリの製造本数は「断然トップ」だそうで、最も人気があるモデルといえるだろう。サファリはとても機能的、形は個性的、ニュートラルな雰囲気……、など人気の秘密はたくさんあるが、購入しやすい価格に対する使いやすさ、書きやすさは群を抜いている。

サファリの発売年は1980年。現在、日本市場では気軽に使える大人向けの万年筆といった位置づけだが、ラミーは主に小学生向けの万年筆として研究、開発している。日本ではパイロットの大ヒット万年筆「カクノ」と同じ位置づけとなる。児童・青年心理学の研究など行い、デザインに反映し、長い時間書いても疲れないグリップ、頑丈なクリップ、転がりづらい軸の形……など、細部にわたって多くのデザインの試みや、プロトタイプによる研究が行われて完成した。デザイナーは多くのラミーのペンを手がけているウルフギャング・ファビアン。現在でも、サファリはドイツの多くの小学生が学校で愛用している。

開発時のコンセプトは「冒険と自由」。パッケージは船便の木箱を連想させる厚紙製で、デザインはゲルトミューラー(ラミー2000のデザイナー)が手掛けるなど、ラミーは開発に全勢力をつぎ込んだ。しかし、初代モデルの2色は軸色が地味で売れ行きが悪く、発売して数年で製造終了が検討された。サファリを救ったのはその後に登場するホワイトだ。1980年代当時、表面に光沢のある無彩色の白は先進的で、爆発的なヒットとなり、ロングセラーの道を作る。

ドイツのハイデルベルクにあるサファリの製造工程を取材したことがある。その中で驚いたのが、ペン先の自動製造だ。日本では手作業で行われることが多いペン先の最終調整や、コンマ数ミリの微調整をする「寄せ」(ペン先の切り割りの隙間を先端だけ若干寄せる)なども、レーザー光線などを活用して完全自動化していた。一方、インクフローを潤滑にするペン芯は一体構造にせず、あえて2つの細かいパーツを組み合わせることでインクや空気の通り道をしっかり確保する仕組みになっている。サファリにインクを入れて実際に書いてみると、スチールペン先独特の固めの筆記感覚だが、湾曲が少なめの形をしており、ある程度の筆圧がかかるとゆっくりとしなる。とても安定した書き味には定評がある。字幅はEF、F、M、Bの4種類から選べる。

サファリの機能美は、軸全体から感じることができる。そのひとつが首軸のグリップ部だ。3つの面を絶妙な角度で配置して、親指と人差し指で握ると自然にペン先が真上に向く設計だ。万年筆を使い始める小学生から正しい持ち方を体で覚えることができる。グリップの試作スケッチが公開されているが、万年筆だけでなく、ボールペンやシャープペンシルなどでも様々なグリップ形状が試みられていたことがわかる(「thinking tools プロセスとしてのデザイン-モダンデザインのペンの誕生」より)。

サファリの機能美は隠れた場所にもある。胴軸を回して、首軸を外すとカートリッジ/コンバーターの装着部が見えてくる。ここには切り欠きの工夫があり、装着と固定が確実にできる仕組みがある。またラミーのコンバーター(インク吸入器)は、必要以上に回転軸を回しても大丈夫なように空転機構が入っているのも特長。回し続けても故障する心配がない。

そして2022年の春から夏にかけて、サファリの注目の新製品が登場する予定だ。ペン先に「漢」の文字が入っている、漢字書きに向けたモデルが登場するのだ(写真は海外で販売されているモデル)。その書き味にも今から熱い注目が集まっている。※6月14日発売予定の「趣味の文具箱」7月号で、詳細をレポート予定。

この記事を書いた人
清水茂樹
この記事を書いた人

清水茂樹

編集長兼文具バカ

雑誌「趣味の文具箱」編集長。1965年福島県会津若松市生まれ。文房具に関する雑誌の編集、オリジナル文具の開発を担当。2004年に「趣味の文具箱」創刊し、世界中の文具メーカーの取材を勢力的に続け、最新の文具情報を発信。筆記具や文房具の魅力と、手で書くことの楽しさを伝えている。
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