1970年代後半、ソ連占領下のエストニアで愛の物語が動き出す
LiLiCo トムが演じたセルゲイ・フェティソフさんは実在の人物。彼が書いた自伝的小説『ロマンについての物語』を映画化することになったいきさつを聞かせてください。
ペーテル・レバネ監督 エストニアの『タリン・ブラックナイツ映画祭』に関わっている友人が『ロマンについての物語』を紹介してくれたんです。読んでみたら泣いてしまって、自分にとって長編映画を撮る機が熟したんだなと思いました。その後、共通の友人がトムに引き合わせてくれ、僕とトム、セルゲイさんとの3人での共同脚本作業が始まりました。
トム・プライヤー 2年かけて脚本を作って、パイロット版を撮影したんです。
LiLiCo パイロット版で撮影したのはどのシーンですか?
プライヤー 映画本編には入れられなかったんですが、セルゲイがロマンと別れた後に母親に会いに行くという美しいシーン。ほかに、本編で見ることができる場面だと、写真を現像するシーン、結婚式、セルゲイとロマンが一緒にいるところをKGBの上司に見つかるシーンですね。
LiLiCo 監督とトムは、セルゲイさんにお会いになってるんですよね。
レバネ監督 はい。僕とトムとセルゲイさん、3人で過ごしたモスクワでの3日間は本当に素晴らしかったです。やっぱり、本を単純に脚本化するだけではなく、本人のインプットがあるということはとても大事。エピソードとしては、モスクワでジョージア料理のレストランに行った時、セルゲイさんが店員さんを気に入ってチヤホヤし出した……なんて楽しい思い出もあります(笑)。
LiLiCo (笑)。監督とトムはセルゲイさんと共に作品を紡いでいきました。メインキャストのもう一人を演じたオレグは、完成した脚本を役者として体現したわけですけど、彼らが作った物語をどう感じました?
オレグ・ザゴロドニー オーディションの話をもらった時は情報が細切れだったんです。僕が演じるかもしれない役は、ソ連占領下のエストニアのパイロット将校で、同じ部隊の二等兵(セルゲイ)との出会いがあるラブストーリーだということぐらいしか分からなくて。その後、脚本をすべて読んで、とても感動しました。パイロット役というのは、僕にとって大きなチャレンジになるなとも思いましたし。
二人の愛の奇跡を切ないほどに演出する「美しい色使い」
LiLiCo そんなストーリーのなかで、お好きなエピソードは?
ザゴロドニー 戦闘のシーンですね。リハーサルをした上で、場面にもっとしっくり来るようにセリフを書き換えてもらったり。撮影自体はグリーンバックでの合成ですが、バルト海で実際に起こった戦闘を再現できたことは印象深いです。もう一つは、セルゲイと一緒に部屋で過ごしているシーン。クラシック音楽を聴きながら冗談を言い合っていると……
LiLiCo あいつが来る(笑)。
レバネ監督 ズベレフ少佐を演じたマルゴス・プランゲルさんは、エストニアの喜劇役者なんですよ。
LiLiCo ええ! コメディアンなんですか。そうは見えない演技だったから、ビックリ!(笑) 二人の部屋に少佐が乗り込むシーンは、自分の心臓が聞こえるぐらいドキドキしました。
レバネ監督 そして、エピソードというより制作に関して印象深かった話になりますが、当時、社会的に許されなかった同性同士の関係をどう表現するのかを考えて……色に反映したんです。
LiLiCo 色! この映画は本当に色が美しいと観ていて思いました。暗い雰囲気のシーンが多いじゃないですか。でも、湖を泳いだり森の中を走ったりと、風景と色の調和が本当に美しいシーンも多かった。
レバネ監督 まず、“公私”を色で分けようと撮影監督のマイト・マエキヴィから提案がありました。彼は、旧ソ連の映画監督、アンドレイ・タルコフスキーの作品で撮影監督を務めたヴァディム・ジュソフに師事した人で、青・黄・赤を場面によって使い分けることにこだわっていたんです。
LiLiCo それはおもしろい考えですね。
レバネ監督 僕は、トム・フォード監督の『シングルマン』(2009年)の色使いに感銘を受けていて。ほかに、ウォン・カーウァイ監督の『花様年華』にもインスピレーションを感じました。そういった作品の影響や撮影監督の助言もあって、作品中の色使いにはとても心を配りました。たとえば、柔らかい黄色はセエルゲイとロマンが2人きりの時間を過ごす時。青と赤は公の場に存在する時間の象徴する色にして。
LiLiCo 本当に美しい映像です。ほかに私が気になったのは、時間の経過。1970年代後半から長い時間を追っている物語で、セルゲイは、兵役を終えて軍を出た後に夢だった俳優になります。その経年変化をどう作っていこうと思いましたか?
レバネ監督 そこでも色を使いました。前半は狭い空間に閉じ込められたような薄暗い雰囲気で、登場人物にも笑顔がありません。それが、セルゲイが除隊した後は、鮮やかな色を使うようにして変化を出しました。
プライヤー 衣装も役に入り込むためのいいツールになりましたよ。
ザゴロドニー 自分がロマンになる上で、衣装の存在はとても大きかったですね。特に軍服は、当時の素材で作っているのでとても忠実に再現されているんです。普段の自分とは違う境地に入り込むためにとてもいい役割を果たしてくれました。でも、着るとかなり苦しくて。脱いだ瞬間の開放感といったら(笑)。
トム ブーツも特注なんですよ。当時のものを正確に再現したので、衣装同様、履き心地はけしてよくありませんでしたけど……。それだけ、衣装部の仕事ぶりは特筆すべきことです。シャープな軍服のほかにも、ゆるい雰囲気の時にきていた作業着風の衣装もよかったですね。
LiLiCo では最後に、「昭和45年女」的な質問を。『ファイアバード』は、1970年代後半から物語が始まります。この時代に対する印象は?
プライヤー 70年代の雰囲気には魅せられるものがあります。僕は以前にも、70年代がテーマの舞台にも出たことがあって。スマホ前のアナログな時代というのかな? その雰囲気が好きなんですよ。『ファイアバード』でいえば、その時代の美しさがセットにも反映されていて。特に兵舎なんかは、当時のそのままの建物を使っているので。そういう雰囲気を皆さんにも感じていただきたいですね。
LiLiCo 最後と言いながらもう一つ質問(笑)。『ファイアバード』はとてもピュアなラブストーリーです。大きな質問ですが、皆さんにとって“愛”とは?
ザゴロドニー この映画のテーマで考えるなら、愛が本来の自分に戻れるチャンスだったということでしょうか。セルゲイとロマンが抱える葛藤は、当時のソ連やエストニアの社会構造が、人々の魂や自由を奪っていたからこそ生まれたわけです。
プライヤー 真の愛を定義するならば、無条件の愛といえるかもしれない。常に求めなくていいもの、そこにあるもの──ある意味探さない自然の状態ということかな。自分の心に愛があるならば、自分が見るものすべてが愛となると思うんです。すなわち、自分のなかにあるものだから、自分以外の外の世界に愛を探しに行かなくてもいいんじゃないかなとも思います。
LiLiCo なるほど。深いですね。そんな愛の深さが切なく伝わる『ファイアバード』、ぜひ、ご覧ください!
『Firebird ファイアバード』
監督・脚本/ペーテル・レバネ 共同脚本/トム・プライヤー、セルゲイ・フェティソフ 原作/セルゲイ・フェティソフ 出演/トム・プライヤー、オレグ・ザゴロドニー、ダイアナ・ボザルスカヤ 配給/リアリーライクフィルムズ
新宿ピカデリー他にて全国公開中
1970年代後期、ソ連占領下のエストニア。兵役を終える日が近づいている、役者志望のセルゲイ(トム・プライヤー)は、パイロット将校として同じ基地に配属されたロマン(オレグ・ザゴロドニー)と出会う。セルゲイは毅然としつつ謎めいた雰囲気の彼に一種jんで心を奪われ、また、ロマンも、セルゲイと目が合った瞬間に体に閃光が走るのを感じていた。
写真という共通の趣味もあり、二人は急速に親しくなっていくが、当時のソビエトでは同性恋愛はタブー。発覚すれば厳罰に処されることになっていた。また、二人に近い、同僚の女性将校・ルイーザ(ダイアナ・ポザルスカヤ)もまた、ロマンに思いを寄せていて……。そんな折、セルゲイとロマンの関係を怪しむクズネツォフ大佐は、二人の身辺調査を始める。
https://www.reallylikefilms.com/firebird
© FIRE BIRD PRODUCTION LIMITED MMXXI. ALL RIGHTS RESERVED / ReallyLikeFilms 公開表記
PHOTO/林 恵理子 TEXT/高橋真希子
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