5ページ目 - 原田真二マニアック流ビートルズ鑑賞法|ビートルズのことを考えない日は一日もなかった 特別対談 Vol.20 野口徹

ニール・イニスから授かった粋なメッセージ

ジャンルカ・トト・富樫さんと

竹部:妄想は止まりません。野口さんの原田真二研究はいつから本格化したんですか。

野口:竹部さんと会ってからですよ。それまでも原田真二の音源とかインタビューが載った雑誌とか、何に使うのかわからないけど買っていたわけですけどね。初めて会ったとき、私、レジュメを作ったでしょ。40周年に向けてのイベント、本の企画。あれはいろんなミュージシャンの記念イベントをリストアップしたうえで、原田真二でやるとすれば何ができるかっていうのを考えたわけです。聞いてくれるのは竹部さんしかいないと思っていたから。あの辺から研究が本格化していたたわけです。

竹部:「原田真二マニアック」実現まで長い時間がかかっているんですね。「原田真二マニアック」は僕よりも野口さんの熱い思いがイベントに結実したんですよ。それにしてもイベントで披露するプレゼンシートが素晴らしい。野口さんが教授だからというのもあるんですが、そもそもの性格によるものですか。

野口:一番は男性の原田真二ファンにちゃんと原田真二の音楽を聞いてほしいっていう思いですよ。実はこういう話が好きな男の人は多いんですよ。ネットでファンの人たちと知り合う前は、原田真二ファンの男性と話したことが1回もなくて、一人でファンをやっていた。そんなとき、ネットで知り合った原田真二ファンの人たちが何人かわざわざイギリスまで会いに来てくれて、夜中まで話をしたりしていたんです。そのひとりが先程名前を出した黒田さんなんですけど、みんな誰にも負けないぐらいの熱い気持ちをもっていんですよ。そういう人たちをここに集めたいっていう気持ちがものすごくあった。それとこれまで誰も聞き出せなかった話を本人の口から引き出したかった。95年くらいに『ビートルズ・アンソロジー』がありましたでしょ? ああいうアプローチで原田真二というアーティストをやらなければという気持ちですね。

竹部:性格的に研究が得意っていうか好きなんですよね。

野口:私はストーンズのブライアン・ジョーンズがとにかく好きなんですよ。彼にまつわるものをとにかく集めまくったんですね。そのきっかけはもうひとつあって、先ほども話したように私はサッカーが好きなわけだけど、かつてジャンルカ・トト・富樫さんというサッカー解説者がいて、80年代の終わりから90年代にかけて個人的に仲良くしていただいていたんです。インターネットがまだない時代、とにかくサッカー雑誌は買いまくるみたいな感じで調べていたら、その富樫さんに驚かれるくらいサッカーが詳しくなっていた。そういう性格もあったんじゃないですかね。誰もが知らないことを知りたいみたいな。

竹部:それって仕事にも当然活用されて。

野口:今になってみると、仕事のトレーニングとして役に立っていますよ。

竹部:「原田真二マニアック」は講義のようでもあるんですが、もともと先生になりたかったんですか。

野口:それが全然なりたくなかったんです。原田さんが青山学院だから青山学院に行っただけであって。彼は経済学部なんですけど、私は文学部の教育学科に受かってしまったから、そうなると教員になるしかなくて。もし経済学部に受かってたら、教員にはならなかったかもしれないですよね。

竹部:いまは教育学の教授ですよね。

野口:これも成り行きというか。学校の教員をやりながら、教育学に関しても調べまくったんですよ。実際の授業で使えるか使えないかというよりも、教育の原点はどこから来ているんだろうと思って、調べたくなって。そうすると「あなた、教員やってるより大学に勤めた方がいいんじゃないの」と言ってくださる方がいて、今に至るんですけど。ことごとく言えるのは、原田真二と会っていなければこういう仕事はしていない。マニアックに調べて、聞きたい対象ではあったことは間違いなくて。

竹部:原田真二の音楽は、刺さる人ってとんでもなく深く刺さる。けど刺さらない人には全く刺さらない。それはどんなアーティストにも言えることかもしれないけど、その理由はなんなんですかね。

野口:やっぱりオリジネーターとしての強さがだと思います。最初にも言ったけど、誰かのコピーをした、誰かを意識してそっくり作ったっていうのとは全然違うところからきている人なんですね。

竹部:僕は原田真二を聞いたあとにビートルズやポールにはまって、それからあらためて原田真二を聞いて、両者に似たものを感じたわけですね。そうなると勝手に両者を結びつけたくなって、研究しはじめた。でも真二さんと話しているとことごとく覆される。意味がないってことに気づかされる。たぶん当時、レコード会社の人から参考までにこれ聞いてみなよって渡された音源を1、2回聞いただけで、別に作品に取り入れたわけではない。

野口:「デイ・トリッパー」の話をしていいですか。あの曲のイントロは、あの例のリフがダブルトラックの左チャンネルと右チャンネルで流れてくるんだけど、『イエスタデイ・アンド・トゥデイ』というアメリカのアルバムのバージョンだけ左チャンネルのギターから始まるんですよ。なんかのトラブルでそうなっちゃったのか。意図的なものじゃないんだろうと思うんですけど、そういうミックスが出てくる。ほかにも、ビートルズの曲って、え? みたいな音が入っていたりすることが多いじゃないですか。うまく伝えられないけど……つまり、ある種そういうハプニングも含めて作品に出てきちゃうバンドだと思うんですね。

竹部:原田真二にもそれがあると。

野口:さっきの「MARCH」も含めてそういう部分が自然に出てきちゃうところがすごいなって思う。

ニール・イニスと
本屋のサイン会で「またお前か!」とニールにあきれられる

竹部:野口さんは原田真二のほかにも、ストーンズやRCサクセション、ムーンライダーズなんかにも詳しいんですけど、最後にニール・イニスとの交流について聞かせてください。

野口:ビートルズの『マジカル・ミステリー・ツアー』っていう映画があるじゃないですか。私はあれを確か81年だったと思うけど、町田で行われたビートルズ映画祭みたいな催しで初めて観たんです。当時はまだソフトになっていなかったから。東芝EMI主催だったと思う。星加ルミ子さんがゲストで、自分が取材に行ったときの話とか解説を聞いて、本編を観たんです。

竹部:そんなイベントがあったんですね。

野口:星加さんも客席で、私の近く観たんです。面白い映画だなと思ったんですが、いちばん良かったのがボンゾ・ドッグ・ドゥー・ダー・バンドの演奏シーンで、それまでそのバンドのことを全く知らなかったから、すごく残っちゃって。彼らのレコードを探しても売ってなかったのでさらに気になってしまって。その前の時期に東京12チャンネルでラトルズの映画が放送されたことがあったんですよ。当時はなんて面白いんだと思ったんだけど、ボンゾズのメンバーの一人がそのラトルズのニール・イネスだっていうことがわかった。そしてラトルズのレコードを見つけるんですよ。

竹部:ラトルズは僕も好きです。

野口:そういうことがあって、98年にイギリスに行ったとき、偶然ニールのライブが私の務めていた日本人学校のそばであったんです。これは行かねばと思って、同僚のジョンというイギリス人と一緒に見に行ったら、小さなカフェみたいなところで、お客さん20~30人ぐらいしかいないんですよ。そこでピアノとギターの弾き語りスタイルでやっていたんです。

竹部:その頃のライブって、オアシスの「ホワットエヴァー」の原曲「How Sweet To Be An Idiot」もやっていたんですか。

野口:やってないと思う。ラトルズの曲がメインだったから。私はオアシスってあまり聞いたことなくて、その曲も知らなかったんです。後から聞いてみたら、本当に同じだと思った。

竹部:クレジットにニール・イニスが追加されましたからね。

野口: 70年代~80年代にかけて、ニールはしょっちゅうテレビに出ていたらしいんですよ。お笑い番組とかに。だから、ニールは音楽をやるお笑いの人っていうことで人気があったみたいですね。ライブを見たら、作曲能力の高さに驚いた。そこでCDを売っていて、買うとサインしてくれるというんで買ったんです。それでファンになって、そのあともネットでライブ場を探して、行くようになったんです。毎回行っていたら「お前いつも来てんな」みたいに声かけてくれるようになって。

竹部:それも貴重な話ですね。

野口:本屋でフリーライブをやったとき、終わった後にまた同じCDにサインをしてくれと言ったら「お前バカじゃないのか、変わってんな」って。そしたニールが「一緒に写真撮ろうぜ」って言ってくれて、一緒に行った同僚のジョンに撮ってもらったんです。それが私のfacebookのプロフィール写真になっているやつで。そのときニールが面白いこと言ったんです。“If We Put Our Heads Together, We’ll Make a Real Arse Out of Ourselves”。つまり俺たちが頭をくっつけると、まるでお尻兄弟、つまり大馬鹿者だぜ!(註:If we put our heads together, we can solve anything.という有名な英語のことわざ“みんなで知恵を出し合えば、どんなことでも解決できる=三人寄れば文殊の知恵”をパロディにしたもの)そこにいる人たちは爆笑で(笑)。それからもイベント行くたびに認知してもらってフレンドリーになって。

竹部:根っから面白い人なんですね。では本当に最後に。「原田真二マニアック」はどう決着をつけなきゃいけないのかについて。

野口:決着の付け方は色々あるんですけど……。次はいつなんですか。やらないんですか。

竹部:野口さんがやる気であればやりますよ。とりあえず、クライシス時代で一区切りと言っていたので小休止していましたが。では来年やりますか。

野口:前にもちょっと話したかもしれないけど、『マジカル・ヒーリング』の前に幻のアルバムがあるんですよね。クライシスとしてレコーディングしてたアルバムが1枚あるはずなんですよ。当時の記事を持っているんで間違いないです。だからそれをボツにして『マジカル・ヒーリング』を作っているんですよ。あれは一体どうなったのかっていう話をしたい。

竹部:「ティアドロップス」の頃ということですか?

野口:「ティアドロップス」が出たあとにアルバムをレコーディングしていたはずで、そのひとつが「ブリーズ」だと思うんです。「ブリーズ」は『マジカル・ヒーリング』に入っていたシングル曲「永遠を感じた夜」のB面に入っていたじゃないですか。

竹部:確かにあれはおかしいと思いました。「永遠を感じた夜」はソロなのに「ブリーズ」の演奏はクライシスですもんね。

野口:ここら辺はどうしちゃったのか。それだけで特集に値すると思っていて。あと、『マジカル・ヒーリング』も謎が多いんですよ。あれはどういう意図でアメリカのエンジニアにミックスダウンを頼むことになったのか。それまでなかった流れですからね。

竹部:Michael Brauerって言う人ですよね。

野口:私は『サウンド&レコーディング』で、名前は見たことがあった。だからびっくりしちゃって。

竹部:勝手になんか編集されちゃったっていう話ですよね。

野口:原田さん、言ってましたよね。でも、そういう星のもとなんですよ。あのアルバムはアメリカでやっただけあってすごくいい音しているのにそれがどこのスタジオでミックスダウンをしたのか書いてない。そもそも日本のどのスタジオでレコーディングしたのかも書いていない。費用もかなりかけているようだけれどいまひとつわからないことが結構ある。

竹部:気になります。『マジカル・ヒーリング』は大好きなので。ではやりましょう。日程を調整しましょう。そういえば真二さんは来年デビュー50周年なんですよね。

野口:やっぱり『フィール・ハッピー』の50周年盤やらなければならないと思いますよ。私たちでジャイルズ・マーチンのようにミックスやり直したいですよ。

竹部:いいですね。「タイム・トラベル」も原田真二マニアック視点のリミックスで。

野口:そうしないと50周年が盛り上がらないですよ。

竹部:まだまだやることがありますね。とりあえず、早く次の「原田真二マニアック」やりましょう。

原田真二さんと竹部、野口さん
この記事を書いた人
竹部吉晃
この記事を書いた人

竹部吉晃

ビートルデイズな編集長

昭和40年男編集長。1967年、東京・下町生まれ。ビートルズの研究とコレクションを40年以上続けるビートルマニア兼、マンチェスターユナイテッドサポーター歴30年のフットボールウィークエンダーのほか、諸々のサブカル全般に興味ありの原田真二原理主義者。WEBメディア『昭和MILD(https://showamild.com/)』もよろしくお願いします。
SHARE:

Pick Up おすすめ記事

ネイティブアメリカンの美しき手仕事。伝統を守りながらもモダンな表現を得意とする現代作家を紹介!

  • 2026.10.08

ネイティブアメリカンのヴィンテージや工芸品を通して、彼らのカルチャーを伝えるCORNERS。今回は伝統的な手法を守りながらも、モダンな表現を得意とする現代作家をピックアップ。もの作りが乏しくなった今の米国だからこそ、余計に強く輝いているのだ。 Pamela Brown 1868年から続くナバホ族の織...

毎日のそばに、エル・エル・ビーン。秋の定番、フィールド・コートとフランネル・シャツ

  • 2026.10.16

毎日の服に、特別な理由はいらない。気兼ねなく着られて、どんな装いにも自然となじむ。そんな日々のワードローブを支えてくれるのが、エル・エル・ビーンだ。今回は秋の定番、フィールド・コートとフランネル・シャツを着て街へ出た。 100年を超えて今日もいつもの日常着 朝、玄関を出るときに手が伸びて、休日にもつ...

バガブージャケット、40年目の原点回帰。現代に蘇った名作ジャケットの魅力とは?

  • 2026.10.20

1986年に誕生した〈コロンビア〉の名作「バガブージャケット」が、今年で40周年を迎えた。その機能とデザインは、フィールドだけでなく街へも広がっていった。40周年となる2026年、その原点を振り返りながら、現代に蘇った[バガブージャケット]を見ていこう。 Bugaboo II 1986 Interc...

武骨な男服に効かす超繊細なメタルフレーム。「ディグナクラシック」の新作に注目

  • 2026.10.09

フライトジャケットやデニムなどの武骨な服に合うメガネで王道として挙がるのはプラフレームの場合が多い。だが、そんな武骨さのなかに繊細さを潜ませギャップを楽しむという意味ではメタルフレームも有用だ。 細かな彫金が施されたディグナクラシックの新作 今季展開されるメタルの新作は計6型で、それぞれにシルバーと...

今季の「Lee」はブランケット付きジャケットに注目せよ!

  • 2026.10.19

シグニチャーモデル「101」が101周年を迎えるなど、アメカジ好きに多くの話題を提供してくれるLee。そんなアメリカンデニムを代表する同ブランドの注目の新作は、ブランケットを携えたワークジャケットだ。普遍的なデザインと保温性に優れるという機能を備えるこの秋冬の相棒となる逸品を紹介する。 Leeのシグ...

Pick Up おすすめ記事

毎日のそばに、エル・エル・ビーン。秋の定番、フィールド・コートとフランネル・シャツ

  • 2026.10.16

毎日の服に、特別な理由はいらない。気兼ねなく着られて、どんな装いにも自然となじむ。そんな日々のワードローブを支えてくれるのが、エル・エル・ビーンだ。今回は秋の定番、フィールド・コートとフランネル・シャツを着て街へ出た。 100年を超えて今日もいつもの日常着 朝、玄関を出るときに手が伸びて、休日にもつ...

【連載】ビートルズのことを考えない日は一日もなかった

  • 2024.02.05

80年代、私的ビートルズ物語。 ビートルズ研究と収集に勤しむビートルデイズを始めて早44年(Since1980)。 なにをするにもビートルズが基準だった『昭和40年男』編集長のビートルズ史を、 当時の出来事とともに振り返ります。

FINE CREEKを世界でいちばん熱く語る男。

  • 2026.10.07

この男恐るべし、である。北海道・帯広にあるセレクトショップ、...Dannyオーナー、河合裕介さん。彼のセレクトスタイルは一貫している。自分の愛せるものしか、ショップに置かないのだ。「売れるモノ」をセレクトするのではなく、「自分の売りたいモノ」のみを並べる。この時代にあって、その姿勢はまさに「愚直」...

世界中で探し求める最上の素材。「THE FAT HATTER」秋冬コレクションをクローズアップ!

  • 2026.10.07

日本が世界に誇るハッターであるTHE FAT HATTERの秋冬コレクションをクローズアップ。今回のシューティングでは、それぞれの正義や美学をぶつけ合う場に向かう男たちを表現。彼らの強い決意と威厳を表現したような力強いハットが、精悍な雰囲気を醸し出している。ハットの良し悪しを大きく左右するフェルトは...

55周年を迎えた「MOTO」。周年を祝うスペシャルなレザー&シルバープロダクツを紹介

  • 2026.10.11

レザーやシルバーを駆使した製品を手がけるMOTO。1971年の創業より半世紀を超えて55年。ここでは、周年を祝うスペシャルプロダクツを紹介する。MOTOや本池秀夫さんが纏う唯一無二の世界観にも注目だ。(写真は「本池美術館」の隣にあるアトリエにて。周年限定のライダースジャケットにコンチョを装着する本池...