新作とワールドツアーにかけるポールの意気込み

しばらくして、西新宿でポールの最新映像が出回り始めた。『フラワーズ・イン・ザ・ダート』リリース近辺のタイミングでイギリスのテレビ番組に出演した映像を集めたもので、「マイ・ブレイヴ・フェイス」「ディス・ワン」「フィギュア・オブ・エイト」の演奏シーンが収録。『夜ヒット』同様口パクであったものの、細かくプロモーションに務めるポールの姿に、新作にかける心意気、間近に控えるツアーへの熱意を感じたものだった。
そうはいっても、このようなポールの本人稼働のプロモーションは『フラワーズ』に限ったことではない。以前から『ロッキング・オン』に載っていたビデオ屋の広告や西新宿のビデオ屋店頭で、Paul McCartney『South Bank Show』/Paul McCartney『Wogan』なんていうタイトルを目にすると、なんだか知らないけど気になって購入し、喜び勇んでビデオをデッキに挿入。大いに期待して観たものの、大半がインタビューで、がっかりということを繰り返していた。
確か最初は『ブロード・ストリート』の頃。映画のメイキングやインタビューが主なので、今一つ内容が理解できず、退屈しているも途中の「フォー・ノー・ワン」の弾き語りシーンに歓喜したということがあった。以降、『プレス・トゥ・プレイ』『オール・ザ・ベスト』『バック・イン・ザ・USSR』と続くわけだが、内容は相変わらずアルバムのプロモーション用のインタビューで、英語がわからないうえに画質も悪いのだから、何度も繰り返して見ることはないのだが、それでも、『オール・ザ・ベスト』では「あの娘におせっかい」「ジェット」「ワンス・アポン・ア・ロング・アゴー」、『バック・イン・ザ・USSR』では「ドント・ゲット・アラウンド・マッチ・エニィモア」を演奏している映像を見ることができたから、安くはないビデオをわざわざ西新宿まで出かけて購入した甲斐はあった。
西新宿で見つけた最新ツアー音源を収めた海賊盤

そんな折、『フラワーズ・イン・ザ・ダート』のテレビ特番を収めたビートビデオが出回り始めた。アルバムの制作過程を丁寧に追ったドキュメントで、原題は『Put It There』と書かれていた。コステロとのデモ作りの様子やバンドとのリハーサル、ソロで「ディストラクション」を歌うシーンなどが収められた優れもの。インタビューも「『マイ・ブレイヴ・フェイス』の♪Take Me to That Placeの部分はまさにジョンだよ」という発言や、父親との思い出を歌にしたという「プット・イット・ゼア」の制作秘話など見どころは多く、その流れでビートルズの「今日の誓い」を歌いだしたのには驚いた。尺が短いのは残念だったが、「今日の誓い」という選曲がこのビデオのハイライトである。
ほかに「アイ・ソウ・ハー・スタンディング・ゼア」「フール・オン・ザ・ヒル」「ザ・ロング・アンド・ワインディング・ロード」といったところまで演奏している。ポールが自ら進んでビートルズを聴き直し、歌い直すことによって過去を再発見しているように思えたのとの同時に、我々ファンとしても新しいビートルズへの深い考察を繰り広げていくためのステップとして実に意味深い映像であった。この映像はのちに東芝から『フラワーズ・イン・ザ・ダート スペシャル』として正規版が出るのだが、その頃にはすべてのシーンが脳内にインプットされていたため、画質が多少きれいなこと、字幕が付いていること以外は真新しい所はなく、インタビューの日本語訳部だけに集中した。
そして9月、ポールのツアーがノルウェーのオスロからスタートした。とはいっても、やはりすぐに詳細が入ってくることはなく、ぼんやりと考えるくらいではあった。今頃ポールがライブやっているのかなとか思って、セットリストや使用楽器などに妄想を巡らせていたある日、西新宿のレコード屋で『Friends Of The Earth World Tour 1989/90』とタイトルされた2枚組のLPを発見した。
黒枠の中にバイオリンベースを持ったポールが中央に立つデザイン、そのタイトルはつまり最新ツアーのライブアルバムであることをうかがわせるものであった。この頃の私は、数ヵ月のフリーター生活を卒業して、ある小さな出版社に勤め始め出したのだが、その事務所が西新宿の小滝橋通り沿い(ライブハウス新宿ロフトの並び)、つまりブート街の真ん中にあった。そのため、昼休みや帰りに毎日のようにレコード屋やビデオ屋を覗いていたから、最新情報入手に事欠かず、そのなかで見つけたのが『Friends Of The Earth World Tour 1989/90』であった。
ツアーのセトリ通りに作ったマイ・カセット

最新ツアーからドイツ公演の音源を収録したその音源は、オーディエンス録音で、音質は粗い。演奏よりも歓声や拍手のほうが目立っている箇所も多数ある。よくいえば観客の歓喜が伝わってくる臨場感。本来ならあまり楽しめるものではないが、このレコードにはそれを上回る感動があった。1曲目が「フィギュア・オブ・エイト」であることに驚いたし、2曲目に「ジェット」をもってくるところは『ロックショウ』を想起させ興奮。その後は、惜しみなく続々とビートルズナンバーを繰り出す頃には、オーディエンス録音も気にならなくなっていった。過去へのわだかまりが、年月を経て深い愛情に昇華したといえばいいのか。ラストの「アビーロード・メドレー」を聞き、ビートルズに対する複雑な感情を完全に振り払ったように思えた。
いまとなってはポールがコンサートでビートルズの曲を再現するのは定例であり、特別なことではない。見る側も慣れてきている。しかし、この頃は新鮮でしかなく、その意味では、このツアーはのちの21世紀に続くビートルズの新たな出発点であったことは間違いない。そこで初めて来日公演が身近に迫っていることを皮膚感覚でとらえたのか、このレコードをある程度聴き込んだあと、自分の持っているレコードからツアーのセトリ通りに曲を集め、マイテープを作り始めた。来るべき日に備え準備を始めるのであった。