1986 FXRS-S Low Rider

エボが登場した84~85年にかけては「スーパーグライド」ではなく「FXRSロー グライド」やリアにディッシュホイールを装着した「FXRDGディスクグライド」などの名を冠したこの手のモデルだが、4速フレームのエボが生産を終えた86年からは「3点アイソレーションマウントフレーム」に「スーパーグライド」と「ローライダー」のモデル名を採用。この「スポーツエディション」の存在が象徴するように、さらに走りの要素を高めることになる。

経営難から1969年よりボーリング場の運営や、そこで稼働するピンセッターなどのレジャー機器を製造する「AMF(アメリカン・マシン・アンド・ファウンドリー 」の傘下となったH-Dだが、81年にウィリー・G・ダビッドソンやAMFから出向を命じられた重役たちによって会社を買い戻す「バイバック」を敢行。その後、従業員の意識改革とエボエンジンの開発を進め、現在に至っているのだが、当時の販売店とユーザーの心情を表すのが、同年に米国『Easyriders』誌に掲載されたこの写真の記事。看板に打ち込まれた銃弾と塗りつぶされたロゴがこの時代を取り巻く状況を物語っている。
1987 FXLR

アーレン・ネスやロン・シムズなどによって北カリフォルニアを中心に広がった新時代のホットロッド スタイルを意識した「FXLRローライダー カスタム」もウィリー・Gがデザインを手がけた一台。あえてメーターダッシュを排したスタイリッシュかつ低いフォルムは、当時のトレンドを反映したもので今の時代に改めて見るとナカナカにクール。フロントは21インチホイールを装着し、チョッパーテイストを強調する。
1984 FXRP

信頼性の高いエボリューションエンジンと卓越の走りを実現するFXRフレームの組み合わせは警察車両にも採用。全米に配属されたこのモデルが役目を終え、払下げとなったものをバイカーたちが手に入れ、それぞれ改造を施したことが今の流れにつながっているのだが、こうして“チープな車両を素材にする”のもチョッパーやカスタムの基本である。
エボとFXRの登場で研ぎ澄まされたカスタムにおける“走りの要素”

77年にデイトナのライドインショーにエントリーし、観る者に衝撃を与えたマシン、「Two Bad」や、ひとつのカテゴリーとして認知されるに至った「ディガー」など、「マスター・カスタマイザー」の異名の通り、ラジカルなカスタムで名高いアレン・ネスだが、80年代、エボとFXRの登場によって、より強めたのが“走り”のファクターだろう。87年に製作したこの「クイックシルバー」も、まさにその典型ともいえる一台で、ベースとなったのは86年式のFXRP。実際、このマシンを皮切りにネスは「BATBIKE」や「ラグジュアリーライナー」を生み出し、より“走りの要素”を強めていくのだが、その転換期にFXRという存在があったのは確実だ。

1991 FXRS

登場以来、バリエーションを広げ、同一のフレームで6種類のモデルをラインアップするに至ったFXRだが、実は当時、圧倒的に人気だったのは「ソフテイル」。結果として94年を最後に姿を消すが、ゴツいスクエア フレームなど“ベースとしてカスタムしづらい”部分もひとつの要因だろう。
1991 FXDB-S/1992 FXDB-D


91年に1600台限定で登場した「スタージス」は、そのモデル名と姿からも分かる通り当時の技術でショベルヘッド的ムードを再現したもので、翌年の3月、バイクウィークに合わせてデビューした限定の「デイトナ」も然り。この2台から「ダイナ」の歴史が始まったのだが、H-Dを象徴するイベントの地を名に冠する辺り、このモデルに対してのメーカーの期待の程が伺える。
1996 FXDLS

限定での登場後に翌年はFXRと併売、95年からはラバーマウントFXのすべてがダイナに。写真の「ローライダー」の他、「スーパーグライド」に「ワイドグライド」、「コンバーチブル」をラインアップし、この時代に増加したあらゆるユーザー層の要望に応えた。
1999 FXR3

94年を最後にラインアップから姿を消していたFXRだが、99年にメーカー メイドのカスタム、「CVO(カスタム・ヴィーグル・オペレーション)」モデルとして再登場。ダイナの重量や走行性能の面から米国を中心にFXRを待望する声も高まったが、こうした柔軟な姿勢もH-Dというメーカーの、ひとつの特徴だろう。
2002 FXDX

99年、ダイナへの先行採用を皮切りに時代はTCへ移行。1450㏄へ拡大された排気量はもとより、イニシャルアジャスター付きフロントフォークを採用(初期型の99年式にはナシ)したFXDXの登場が、このモデルの“スポーツ性”を物語る。