答えがないし、先を歩いている人もいない。ひたすらに自分との戦いを続けてきた感じです

1996年から「ホテルニューオータニ東京」でシェフとしてのキャリアをスタートし、2004年には老舗和菓子屋からの依頼でうどんとパフェがメインの「カフェ中野屋」をオープン。苺のショートケーキの原型とされるフランス菓子“フレジェ”をグラスデザートとして表現した“苺とピスタチオのフレジェ”など、日本のパフェ文化に革命を告げる作品を次々と考案し、パフェの神様とも評されてきたのが森郁磨さんだ。
——先ほど、私たち取材班の目の前で“苺のシャルロット”を創っていただきました。食べるのが実にもったいないというか、いつまでも見ていたくなる美しい作品ですね。この美しさの秘訣を教えていただけますか。
ナイフを入れる時に感じているのは、その日に使う苺の一つひとつで異なる硬さです。熟れ具合などを感じ取りながら苺の厚みを変えていかないと、放射状に並んだ花弁の美しさを表現することができないんですよ。とにかく薄く切ればいいというわけではありません。グラス上に現れる薔薇のどの場所に置かれる苺であるかを考え、温度や引力も考慮に入れながら厚みを変えていきます。
——引力というのは?
まず、薔薇の造形を創るだけでも時間を要します。さらに、お客さんのテーブルにお運びしてからもスプーンが入るまでに時間がかかります。皆さんがじっくりと鑑賞していただく時間も含めて薔薇の形がキープされなければなりません。この薔薇を横から見ると、外側にいくほど花弁の傾きが増しています。だから、先端部が折れ曲がったり、全体が倒れたりしない強度を保つために、部位によって苺の厚みを変えています。引力との勝負なのです。
——鋭い感性と巧みな技術が凄まじいまでに揃って、この苺のシャルロットが完成しているのですね。
実は、今年の苺シーズンの中盤くらいから新たに気づいたことがあります。(薔薇の造形を上から見た時に)中間部分にくる苺は、“く”の字型に少し曲げてから(凍らせた苺のムースや酸化発酵させたクロモジのアイスなど4層で構成されたベースに)差し込んでいくと、より美しく表現できるということです。苺の季節が終わった後もシャルロットシリーズはマンゴー、桃、洋梨、林檎といった順番で、アロマの系統を考えてベースの構成も変えながら年間を通して続いていきます。過去のあらゆる学びや気づきを次のシーズンのシャルロットにも活かし続ける毎日です。
——森さんが“パフェの神様”と称されるようになってからかなりの月日が経っていますが、いまだに進化の日々を過ごしているわけですね。
膨大な失敗のデータを積み上げてきたからこそ、いまがあると言えます。自分は何も考えないで何でもポンポンとできてしまうタイプではありません。「カフェ中野屋」の時代から、自分は誰よりも『パフェとは何か?』を考え続けてきました。誰かの後を歩いてきたわけではなく、誰も歩いていないところを歩いてきたつもりです。その自負をもとに、2019年に独立して「ラトリエ ア マ ファソン」を開いて以来、お店で提供している創作物はパフェではなくて“グラスデザート”と呼んでいます。パフェの語源はフランス語で“完璧な”を意味する“parfait(パルフェ)”です。しかし、“完璧なパフェ”なんて、この世に存在しないと自分は考えています。完璧ではないから、不完全だからこそ、進化や成長が生まれるのではないでしょうか。
——不完全だからこそ、まだまだ大いなる可能性が残されていると……。とても含蓄のあるお言葉です。そもそも森さんが誰よりも『パフェとは何か?』を考え続けるようになった経緯について、あらためて教えていただけますか。
そもそものターニングポイントは、高校を卒業して調理師専門学校に入ったことだと思います。しかし、これは自分のなかでは第二志望の選択でした。もしも後悔する結果になったとしても、あきらめがつくかなと……。ジウジアーロが大好きなのもあって第一志望はインダストリアルデザイン、特に車の世界でしたね。ジウジアーロがデザインしたアルファ・ロメオのジュリアを21歳の時に購入して以来、現在に至るまで大切に乗り続けています。6年ほど勤めたホテルニューオータニを辞めて町田で中野屋をオープンさせる前には、公道レースのミッレミリアを観るためにイタリアにも行きました。知らないイタリア人に声をかけて車に乗せてもらって、車の中からレースを鑑賞するという経験もしました。その時に観たイタリアの街並みなども含め、美意識の高さには大変に惹かれましたね。
——工業デザインに対する憧れを強く持ち続けている男が創るパフェ、そしてグラスデザート……。いまでは伝説となっている「カフェ中野屋」の時代から、森さんの創作物は老若男女を問わず、男性客にも大いに愛されてきたわけですが、武骨な男までもが森さんの作品に惹かれる理由って、実はそのあたりにあるのかも知れないですね。
そうは言っても、人間というものを考えてみた時に結局、最後に残るのは食欲です。自分が入院した際のことを振り返ってみても、唯一の楽しみは病院食でしたから。例えば、戦場という特殊な環境で芸術やエンタメが消えたとしても、食事までが完全に消えることはない。命に直結しているからです。命に直結していることを仕事にする。それは大変に高尚なことではないかと、高校時代の自分は考えました。
——美しいものが好きという感性を大切にして生きてきた。そして、専門学校やホテルで料理人としての技術を磨いてきた。まさにそれらが美しく混ざり合った成果物が、森さんならではのパフェやグラスデザートなわけですね。
実は、カフェ中野屋で始めたパフェも最初は自分で積極的に望んだことではありませんでした。ただ、和菓子屋さんが展開するカフェの看板メニューとして、表現の幅に可能性があるなとは感じていました。例えば、あえて小豆や抹茶といった和の素材を封印しながら、見た目で枯山水を表現してみるとか。もちろん、和菓子屋さんというバックボーンを大事にしたパフェも展開していました。それでも、苦しい時間が長かったですよ。自分の表現が受け入れられるまでに10年くらいはかかったと思います。前を歩いている人がいない世界での挑戦でしたし、最初は批判ばかりでした。
——自分がとにかく好きで始めたものではなかったからこそ、逆にパフェというジャンルに対して異常なまでにセンシティブでいられたのかも知れませんね!
自分が食の世界を選んだのも、パフェを選んだのも、実はちょっと歪んだ背景があります(笑)。その分、変なところに気づけるのかも知れません。でも、“その歪んだ選択のなかでベストを尽くしていくと結果が出る”というのが、自分ならではの在り方かも知れないです。
——ご自身のキャリアを振り返ってみると、これまでにどのような葛藤があったのでしょうか。
中野屋時代には、自分はどんどん先に進んでいきたいのに、スタッフたちがなかなかついてくることができない部分があり、お店を離れていってしまったことが2回ほどありました。そうした経験の後、妥協というわけではないのですが、いい意味で人を信頼して任せられるようになりました。そうすると、変わったんです。心の余裕が生まれたからなのか、そのタイミングあたりから自分のなかで一気にクリエイティブな余地というものが増していったように思います。当時は、毎日のように新作を発表していました。その一部は、いまの「ラトリエ ア マ ファソン」にも引き継がれています。
——ひとりの優れたクリエイターでいると同時に、巧みにチームを率いるリーダーでもいなければならない。その両者を高いレベルで成し遂げていくのは大変なことだろうと想像できます。
あの時代に“人はひとりで生きているのではないこと”を学びました。自分の弱さを知りました。格好悪くてもいいし、恥ずかしくてもいいと思えるようになり、人に対して柔らかく接することができるようになってから、“あれ、なんだかやりやすくなったぞ”という感じで、新たな境地が拓けていきましたね。自分はパティシエではありません。いまはパティシエという人財をリスペクトしながら、チームで働いています。若い人たち特有の脳内物質が止まらなく出ている、あの感じに期待しています。グラスデザートという文化を遺したいし、託していきたいです。

苺のシャルロット

「シャルロットさんの帽子に似ている」のが名称の由来となった伝統的なフランスのケーキ、シャルロット。季節のフルーツを用いて、シャルロットをグラスデザートにアレンジ。

苺で表現した薔薇。この美しさに辿り着くために中心から外周部に至るまで苺の厚みを緻密に変える。しかも、その日の熟れ具合や使用する品種によって繊細なアレンジを加える。
金柑の象嵌


工芸の世界では金工象嵌、木工象嵌、陶象嵌が知られているが、素材と素材を嵌め込む技法をデザートの世界に取り入れたのがこちら。果物の象嵌仕立てもまた、森郁磨シェフのシグネチャーデザートとして有名になっている。
桃のどんぶらこ


森さんがグラスデザートを提案する際に大切にしている言葉のひとつが、〝脳内モーション〟だ。テーブルに運ばれた瞬間から見る者の脳内でデザートが動き始め、物語を紡ぎ出す。今作では、桃太郎の世界を再現。
紫陽花のグラスデザート


四季折々の情緒が豊かな日本ならではの表現も突き詰めている。こちらは、紫陽花が咲く季節限定で楽しめる作品だ。紫陽花の生花と一緒に、ひとつの風景となってテーブルに届けられるという。
苺のトロンプルイユ


ファッションにも取り入れられることのあるトロンプルイユ=騙し絵の手法を苺のグラスデザートで表現したらどうなるか……。苺を模したライチゼリーなどをミックスしながら、ユーモアの効いた作品に仕上げた。
(出典/「2nd 2026年7月号 Vol.219」)
Photo/Yuko Nakamura Text/Kiyoto Kuniryo
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