2ページ目 - 「ファッションとアートの違いを知ったからこそ、 今は自分の素をさらけ出して絵に込めることができる」アーティスト・奥田雄太

──アーティストになって最初の頃は、どんなふうに活動を広げたのですか。

右も左もわからなかったので、とにかく動きました。デザイナー時代の貯金が少しあったので、出展料を払う公募展に参加したり、「デザインフェスタ」に出たり、カフェや行きつけの美容室、病院にまでお願いして展示して。最初の一年で35回、その後も平均して年40回くらい展示を続けています。普通は年に2〜3回、そのうち一回個展をやれば十分という世界なので、かなり異例ですよね。でも、いい絵を描いていても出会えなければ存在しないのと同じ。だからとにかく数を重ねて、人と出会うチャンスを増やしました。これは「一次流通と二次流通」に対する考え方が背景にあります。作品は、最初に作家から直接買われる一次流通と、オークションなどで転売される二次流通がある。短期的には作品のレアリティが重視されますが、僕は長い目で見れば一次流通での認知度を積み上げることの方が大事だと考えました。そのためには数を描き、多くの人の目に触れることが必要なんです。

──そうした考え方への転機はなんだったのでしょうか。

大きかったのは、世界的なアートフェア「アートバーゼル」を初めて訪れたことです。世界中の作家の作品が集まっていて、どれも多作で、しかも大作だった。華やかな舞台で戦っている人たちは、緻密な表現を大きなスケールで何枚も描いている。そこで「自分もこういう舞台に立ちたい」と思いました。だからこそ数を描くことが、自分のキャパシティを広げることにつながると確信したんです。そうこうしているうち、コロナで展示が10本ほどキャンセルになり、初めて「何もない月」ができた。そのときにアシスタントを募集し、制作の中に人を入れることを試しました。どこまでを任せ、どこからを自分でやるか、線引きを探る試行錯誤もありました。デビューしてからこの10年は仮説と検証の繰り返しでしたね。

Brain Palette|配色を試すため絵具のチューブに紙を巻いて色を隠したり、直感で選んだ色をキャンバス上に作って描く「ブレインパレット」シリーズ。花を描く前のストロークを実験する場にもなる

──そういった考え方はファッションや商業的な世界にいたからというのが大きいのですか?

これは既存のアーティスト像を反面教師にしているところが強いんです。というのは、アーティストはスタートアップ、ベンチャー企業に近いと思っているんです。僕はアートの世界を「砂漠」にたとえています。社会で新しいビジネスを始める人は「ジャングル」を進む民。情報も資源もあふれていて、どう動くかが大事になります。でもアートは違う。何もない砂漠を、自分を信じて、水があるところまで信じて歩くしかない世界です。途中で引き返したらすべてが無駄になる。美大から進んだ人たちは、最初から砂漠に立っている“砂漠の民”。僕は社会を経験してから来た“ジャングルの民”です。ジャングルの豊かさを知った上で、あえて砂漠に入った。だから簡単には戻らないし、ここで生き抜く覚悟を持っています。砂漠は根性と信じ切る強さ、ジャングルは情報戦。どちらが正しいかではなく、方法がまったく違うんです。僕は自分が望んで砂漠に立ったからこそ、この生き方を大切にしています。砂漠を歩くことは孤独ですが、その分だけ一歩ごとに確かな足跡が残り、自分の存在を証明してくれるのです。

──ジャングルに戻ろうと思ったことはありませんか?

ありません。結局僕は幸せになるために絵を描いているからです。デザインの世界では「求められるものを作って喜ばれる」ことが喜びでしたが、僕の場合は違いました。おしゃれだねって言われても、おしゃれしてるんだから当たり前と思う。でも、自分が裸に近い状態で描いた絵を見せて「いいね」と言われると、より本質を肯定された感覚があって、ゾクゾクする。だから長く続けられるし、自分の喜びにつながるんです。ファッションを経て、やっぱり僕の居場所はアートだと確信しました。砂漠に立った以上、資源の豊かさを求めてジャングルに戻ることはありません。ここでこそ、自分のスタンスを貫いて生きられると思っています。

個展「Blooming with Gratitude」|2025年8〜9月、PARCO MUSEUM TOKYO(渋谷PARCO 4F)にて開催された最新個展。展覧会タイトルには、感謝の気持ちを日々大切にしたいという想いが込められている。過去最大規模となる400点以上の作品が展示され、代表的作品ともいえる「花」をモチーフにした「一輪」シリーズをはじめ、新作を多数発表。多くの来場者を魅了した。会場の一角には、奥田氏が実際に使用している作業台や制作道具によるスタジオが再現され、作家が作品に込めた熱量を感じられる場ともなった

──芯が強いですね。他のアーティストと比べて落ち込むことはありませんか?

ファッション時代にめちゃくちゃその経験をしたんです。イギリスに留学していた頃なんて、周りは才能もお金も語学力も全部そろった人ばかりで、何度も打ちのめされました。でもアートでは、他人と比べても意味がないと気づいたんです。僕の絵は僕にしか描けないから。嫉妬心がゼロになるわけではないけど、「いいな」と思った作品は買って手元に置くようにしています。それで満たされるし、自分の制作の刺激にもなる。

──今後、どんな活動を目指しているか教えてください。

一生絵を描き続けたいです。そのために社会との関わりも大事にしたい。アート業界は若手が食べていけない状況がまだまだ多い。でも1枚の絵を買う体験が広がれば、新しいコレクターも生まれるし、マーケットも育つ。僕の幸せのために周りも幸せになってほしいし、感謝を込めて花を描き続けたい。作品を通じて「花を受け取るように絵を受け取る」時間を増やせたら、社会の中でアートの役割はもっと大きくなるはずです。羨望から始まった物語は、今では「誰かの心に花を咲かせたい」という願いに変わっています。

Abstract Single Flower|365日それぞれの感謝のかたちを表現した、365輪の花。「感謝のかたちは人それぞれであり、たとえ1日ひとつでも何かに感謝することで、日々の景色は少しずつ鮮やかに変わっていく。作品を通じて、その彩りを少しでも感じてほしい」

(出典/2nd 2025年11月号 Vol.214」)

この記事を書いた人
2nd 編集部
この記事を書いた人

2nd 編集部

休日服を楽しむためのマガジン

もっと休日服を楽しみたい! そんなコンセプトをもとに身近でリアルなオトナのファッションを提案しています。トラッド、アイビー、アメカジ、ミリタリー、古着にアウトドア、カジュアルスタイルの楽しみ方をウンチクたっぷりにお届けします。
SHARE:

Pick Up おすすめ記事

無垢の金属、輝く伝統。純金や純プラチナを使った「市松」の究極の逸品

  • 2026.09.25

純金や純プラチナなど、純度100%の軟らかい金属をアクセサリーにするためには非常に高い技術が必要だ。それを可能にするのが「市松」。約30年にわたって培った“叩く”技術が可能にする唯一無二のリングの輝きに迫る。 熟練の技なくしては完成しない究極の逸品 原材料高騰の影響もあって、希少性が高まっている純金...

イタリア・パルマで誕生。世界屈指のベルト「Anderson’s」、その生まれる場所へ

  • 2026.09.17

1966年、イタリア北部に位置する美食の街・パルマで創業したベルトメーカー「アンダーソンズ」。装いを完成させる“名脇役的存在”のベルトをメインとする稀有な存在にして、世界的な評価を獲得する某ブランドのプロダクトはどのように生まれるのか。その魂が宿る自社工場に足を運んだ。 イタリア・パルマの地に宿る6...

ガレージ、インテリア、リフォームまで! 趣味人のための、物件案内。

  • 2020.01.20

好きなものと暮らす、理想の城を手に入れよう。 家は、ただ暮らすためだけの場所じゃない。 どこに住むか、どんな空間にするか、そこで何を楽しむか。 ガレージハウスやアメリカンハウス、趣味部屋、インテリア、リノベーションまで、 「Lightning」ならではの視点で趣味人の理想の住まいを紹介する。

#PR

労働者やアウトドアマンに愛された実用服。「ウエアハウス」のフランネルシャツ

  • 2026.10.02

ミクロレベルまで研究し、古着と見間違うほどのプロダクツを現代に蘇らせるウエアハウス。当時の生産技術や時代背景までも丁寧に掘り下げられて完成した服は、限りなくヴィンテージに近い存在だ。そんな彼らが生み出す服こそ、オーセンティックと呼ぶにふさわしい。 糸そのものから再現し旧式の織り機を用いて製作 フラン...

毎日に、最良の定番。B.V.D.の「GOLD」は昔ながらの良さと、いま欲しいバランスを兼ね備えたTシャツ

  • 2026.09.16

長く愛されてきた定番には、変わらない理由がある。B.V.D.の「GOLD」もそのひとつ。肌着として培ってきた心地よさをそのままに、今の気分で一枚でも着られるリラックスフィットが加わった。昔ながらの良さと、いま欲しいバランス。その両方を備えた、新しい定番のかたちを見ていこう。 変わらない着心地にゆとり...

Pick Up おすすめ記事

日本の技で蘇る、旧きよきアメリカンベーシック。100年前の起毛機を使った「DISCUS」のスウェット

  • 2026.09.18

「ディスカス アスレチック」の「MADE IN JAPAN」プロジェクト。和歌山で受け継がれる約100年前の起毛機とそれを支える職人の技。そのこだわりから生み出されるスウェットの魅力を追った。 スウェットの裏側に宿る百年起毛 1973年、アメリカで誕生した「ディスカスアスレチック」。その歴史を日本の...

名作[ハリケーントップ]誕生から40周年! 「CHUMS」の「ハローウェア」が再登場

  • 2026.09.23

「チャムス」の名作[ハリケーントップ]の誕生から40年を迎える今年、「ハローウェア」が再登場する。そのコレクションを紹介する前に、まずはブランドが歩んできた歴史を紐解いていこう。これまでの歩みを知れば、「ハローウェア」をもっと楽しめるはずだ。 ハロー、懐かしくて新しいチャムス サングラスを川に落とさ...

いつもの装いに、頼れる履き心地。この秋は、コートスニーカーとチロリアンシューズがあればいい

  • 2026.09.18

トラッドな装いになら、足元はやっぱり品よくいきたい。でも、履き心地だってこだわりたい。そんな欲張りな気分に応えてくれるのが「ロックポート」。クラシックな佇まいと快適さを両立した2足を紹介する。 品よく履けて、しっかり快適 「お洒落は我慢」とは言うけれど、格好よさも履き心地も譲れない。そんなわがままに...

歴史に残る空軍服を、いま再び。機能美が息づく「中田商店」のモーガンメンフィスベル

  • 2026.10.02

メンフィス・ベル号の機長、ロバート・K・モーガン氏との交流から始まったモーガンメンフィスベルは第二次世界大戦期の空を支えたフライトウエアを現代に蘇らせる中田商店のオリジナルブランド。極限の環境で求められた機能と、色褪せない完成されたデザインが魅力の航空服を紹介する。 R.A.F. Irvin She...

究極のクラシックを背負う。英国発バッグブランド「Billingham」のカメラバッグ『System-1』

  • 2026.09.24

英国生まれのバッグブランド「ビリンガム」。そして同ブランドを代表するモデル[システム-1]。"用の美"を極めたその実用性とルックスは昔も今も、服好きの心を捉えて離さない。 “機能美”を極めたクラシックバッグの筆頭 創業は1973年。写真を撮るのが大好きだったという創業者のために妻がカメラバッグを手作...