「初めて感動した絵が、小学生のころに 美術館で見たピカソの作品だったんです」サブロミカワの原点と最新作に迫る

ビジュアルで魅了する各界のクリエイターに迫る連載企画「THE VISUAL PERFORMER」。古典絵画を思わせる風景のなかに、デフォルメされた体格でポーズをとる人物を滑らかな筆致と静かなトーンで描き出す絵画で知られるSablo Mikawaさん。キャリアを重ねて原点に戻ってきたという作家を、最新作品を中心に読み解く。写真は最新個展「The Spring」のメインワークで、ピカソによる横たわる女性像の作品《The Spring》(1921)をオマージュした大作だ。

作家活動を始めて11年ほど経ち、ようやくスタートラインに立てた気がしています

作家活動11年を迎えたサブロミカワが、最新個展「The Spring」で示したのは原点への回帰と再出発の決意だ。幼少期に出会ったピカソ作品の記憶、スペインやモロッコで触れた風景と造形、そして制作の中で辿り着いた“無になって描く”感覚――それらが重なり合い、作品が新たな段階へと進みだした。変化の只中にいるアーティストが語る現在地と、これからの制作観に迫る。

——最新の個展「The Spring」について、展覧会タイトルの意図を教えてください。

まず、今回のメインワーク(《The Spring (Homage to Picasso)》)が、僕がとても好きなピカソの作品をオマージュしたものなのですが、その絵のタイトルが《The Spring》だったことからとりました。それから、作家活動を始めて11年ほど経つのですが、ここに来てひとつの転換期を迎えた感覚があります。11年続けてきて、ようやくスタートラインに立てた気がしています。一度ゼロに戻して、新人のような気持ちで再スタートしたいなと。二度目の旅とでも言いますか。

——新しいことを始める季節というイメージですね。メインワークのモチーフに、なぜその絵を選んだのでしょうか?

その絵が純粋に好きだったというのもあるんですが、一番最初に絵を見て感動したのが、小学生のころ、上野の美術館で見たピカソの作品だったんです。ジャングルのような場所に、シンプルに描かれた裸の人が横たわっていて、茶色がかった深い森の中。それが見たことのない楽園みたいに見えて、ずっと眺めていた記憶があります。子どもながらに「こういう世界にいたい」という気持ちになり、絵がわかったという嬉しさもありました。それ以来ピカソに対して特別な思いがあります。それで、今回はそういった自分のルーツを掘り下げながら制作しようと思いました。

——ピカソの故郷のスペインにも訪れたそうですが、どのようなな影響がありましたか?

去年イギリスで展示をしたとき、せっかくならピカソの生まれたところを訪ねてみようと、スペインのマラガに行きました。それで気持ちが盛り上がり、オマージュ作品を作りたいという気持ちになったり、ピカソが参考にしていたプリミティブアートにも興味が広がっていきました。僕の中でピカソには底抜けに明るいイメージがあって——上半身裸の写真なんかを見ても、すごく楽観的な人という印象がある。実際にマラガを訪れてみたら、まさにそういう場所でした。日差しが強くてカラッとしていて、「こういう場所で生活していたから、ああいう絵が生まれたんだな」と腑に落ちました。

——そして、その後にはモロッコにも行かれたんですよね。

そうです。ちょうどイギリスに行く前に大竹伸朗さんのモロッコ旅行記を読んでいたのもあり、モロッコにものすごく惹かれて。自分はピカソに思い入れがあったので、民芸品の店やアフリカマスクの店を訪ね、直にアフリカ彫刻を見て回って、とても感動しました。現地の人が本当に儀式のために作ったものだから、純粋で、自分では考えつかないような形があって。子どものように憧れるような感覚でした。

——その経験を経た今回の展覧会「The Spring」ですが、作品制作のなかで以前と変わったなと感じたところはありましたか?

取り組み方が変わってきたと思います。これまでは「いい絵を描こう」という熱量や計画性を持って試行錯誤しながら描いていたのが、今回の制作の後半には自然に出てくるタッチや偶然できた形の面白さを感じながら描けるようになってきた。その方が自分も楽しいし、これからもその感覚を大事にしたいと思っています。また例えば《The Spirit》の作品群は、いろいろな彫刻のモチーフを参照しています。アフリカ彫刻には頭部はこう、足はこうという感じである程度形のパターンがあるので、好みのパーツを自分で選んで下絵を作り、それを見ながら描いています。オマージュもあくまでも模写ではなく、オリジナルにしたいという気持ちがあるので、そこに自分の手を加えるようにしています。

——制作のプロセスについても聞かせてください。絵を描き始める前の準備はどのくらいするんでしょうか。

キャンバスに向かうまでの準備としては、1か月ほどドローイングをしていましたね。海外から帰ってきてすぐ制作に入ろうとしたんですが、3週間向こうにいたこともあって時差ぼけもあり、日本の生活リズムに戻るのに時間がかかってしまったんです。本来はもう少し早く入れるんですが、今回は最初にある程度テーマを決めておきたかったので、時間をかけました。

——アイデアはどこから生まれてくることが多いですか? 言葉、イメージ、感情など、いろいろあると思うのですが。

大きく2パターンあって。ドローイングをしていて偶然出てきた形――手の形だったり、人のポージングだったり――から「これで行こう」となる場合と、思い出や実体験の記憶から「あの時の気持ちをシーンにしよう」と頭で考えてドローイングに落としていく場合があります。手から出てくる場合と、頭で考えてから描き始めるパターン、どちらもありますね。

——サブロさんの絵は、奥行きのある風景の前に人物がいて、絵の中に入っていくような感覚があり、綺麗で温かみを感じます。ただ同時に空の色や不穏な印象もある。それはなぜなんでしょう?

空の色は、鮮やかすぎる色よりも少しくすんだ色の方が落ち着くんですよ。最近自分の絵を見て「暗いな」と思うこともあって。夕日を見て黄昏れるような場面を描きたいという気持ちが強かったのかもしれません。

——鑑賞者に、こういう気持ちになってほしいなど、意識することはありますか?

あまり意識してこなかったかもしれないですね。自分の描きたい絵をただただ完成させたいという思いが強かった。でも最近になって、自分がアートを見て救われたり清々しい気持ちになるように、そういう心の作用を見てくれた人にも届けられるような方法を探していきたいと、少しずつ考え始めています。どうやればいいかはまだわからないんですが。

——サブロさん自身が最近影響を受けた展覧会などはありますか?

先日、小出楢重さんという方の展示を見に行きました。前から好きだったんですが、美術館でやるくらい有名だとは知らなくて、「え!」と思ってすぐ見に行きました。もっとマイナーな人だと思ってたんです。自分はやっぱりそういう、本当に美術館でやるような大きな展示――アートに縁のない人も来るような展覧会――が一番好きだったりします。

——絵は基本的に実在しないモチーフを描いているということでしたが、改めて制作のコンセプトについて聞かせてもらえますか?

難しいですね。テーマは多岐にわたってきているので一概には言えないんですが……今回の作品について言えば、ピカソ・オマージュがメインにあって、《The Spring (Homage to Picasso)》には自分の心情が多少反映されています。仕事終わりに黄昏れてリラックスしているようなシーンです。今回の制作の後半は、とにかく無になることが楽しくて、絵に没頭して淡々と描くことが、自分にとっても気持ちいいし、見てもらう方にも楽しさが伝わるんじゃないかなと。苦しまずに描けるようになったことが、今回の大きな発見でした。

Portrait of Fireman No.2(2025)|長らくモチーフにしているFireman(消防士)を、肖像画としてとらえた。人を助けるために働くFiremanは身近なヒーローであり、サブロ自身を悩みやプレッシャーから救い出す存在の象徴だという。

The Spring (Homage to Picasso)(2026)|  女性消防士が一仕事終えて、黄昏のなか休んでいる様を描いた。敬愛するピカソの絵を下敷きに、自身の心境を重ねている。絵を描くことを生業にするアーティストも労働者のひとりだという思いから、サブロの絵には「働く人」が多く登場する。

Survive No.1(2023)|土木作業員が、西洋絵画の伝統的な建造物、それが壊れた場所の前で、貴族の肖像画然としたポーズをとる。アートの破壊と再生、働きながらどのように生きていくかという思いが込められている。

絵が描けることに感謝しながら没頭して、楽しみながら制作することにフォーカスしたいと思っています

——描きたいけどまだ描いていないものはありますか?

動物が好きなのでもっと描きたいですね。あとは、子どものような自由な絵が描きたいです。試したことがあるんですが、意外と描けなくて。いつかそれができるようになりたいと思っています。

——最後に、次の展開について決まっていることや、やってみたいことがあれば聞かせてください。

具体的に何を描くかはまだ決まっていないんですが、取り組み方を変えようと思っています。これまでアーティストで食べていかなければいけないという焦りに縛られて、苦しみながら描いてきた期間がありました。でも、苦しみながら描いていると絵が重くなったり、失敗しやすかったりして、それは当初の目的とは違うなと気づいていて。もちろん収入を得ながら続けなければいけないんですが、絵が描けることに感謝しながら没頭して、楽しみながら制作することにフォーカスしたいと思っています。売るための力作を作るというよりも、その時自然と浮かんだもの、偶発的に生まれた形を大事にしながら、楽しく描くという姿勢でいきたい。それが今の目標です。

Canecorso(2024)|サブロの絵によく登場するドーベルマンと同じく、ボディーガードの役割を持つこともあるカネコルソ。人間のような表情と堂々とした姿を描いた。

Portrait of Fireman No.1(2025)|これ以前のFiremanは、全身が描かれ体の大きさが強調されていたが、油絵という伝統的技法らしく肖像画を描こうと始めたそう。円形のキャンバスに描かれている。

1987年埼玉県生まれ。小学生の頃に美術教室で学んだ油彩を独学で続ける。身体が極端に膨張したデフォルメの人物像が特徴的なサブロミカワの作品は、西洋の古典絵画からのオーマジュに加えて、カンフー映画やスケートボードなどのストリートカルチャーなどに由来し、現代社会で目に映るものや感情を表現するためにサンプリングされている。個展「The Spring」を2026年2〜3月に代官山のAISHOにて開催。

(出典/「2nd 2026年5月号 Vol.217」)

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