手塚治虫『アドルフに告ぐ』『どろろ』、『横尾忠則全集』を甦らせた国書刊行会・樽本周馬氏に迫る。昭和の名作を今、復刻する意義とは?

昭和カルチャー倶楽部ECサイトにて、絶賛販売中の『手塚治虫トレジャー・ボックス どろろ セカンド・エディション』『アドルフに告ぐ オリジナル版』『復刻版 横尾忠則全集』。我々は書籍の担当編集者・国書刊行会の樽本周馬氏にインタビューを行い、色褪せることのない昭和の名作を復刻し届ける意義とその魅力の核心に迫った。

「今も存在して然るべき書籍を理想的な姿で復刻したい」

──樽本さんはこれまでさまざまな書籍を復刻されてきたと思いますが、復刻本を選ぶ際の基準などはありますか?

今も存在して然るべき書籍を復活したいという思いが常にあります。単に私が好きな本とかではなく、誰がやろうとも絶対に復刻すべきだと思える本です。もちろん、過去の名作は厖大にあり、それを常に手に取る状態にすることは不可能ですが、これだけは本当に素晴らしいのでなんとか読める状態にしておきたい、それが出来ないのは不幸だ……と思えるものを厳選して復刻しています。

──復刻作業には高額な費用がかかるというイメージがあるのですが、その点についてはどのように考えていますか?

確かに相当な費用がかかります。ただ、それを避けるために復刻作業のクオリティを下げて妥協するということはありません。たとえば、価格を下げるためにページ数を減らすとか、カラーではなくモノクロにするとか、そういうことは考えずに、まずは完成度を優先させます。その本にあるべき姿、一番理想的な姿というのを思い浮かべて、それを再現できるようにする。それが最も重要なことだと思っています。

──「昭和カルチャー倶楽部」のECサイトでは、高価格・高付加価値の書籍を多く扱っているのですが、国書刊行会さんはまさにそのような書籍が多いように思います。

決して安いものを高くしているわけではなく、先程申し上げたように費用がどうしてもかかってしまうので、結果として高価になります。ただし、作業量や手間を考慮すればもっと高価な価格をつけないといけないものもあるんです。いつもする譬え話なのですが、靴や鞄、服などは 1 万円以上するものがありますし、むしろそれが普通ですよね? しかも、良いものであれば何年も使うことができる。本も同じように考えられると思うのですが、本の場合、文庫本とか雑誌とかベストセラー小説など低価格のものがたくさんあるので、うちが出すような本は「なんでこんなに高いの?」と思われてしまう。実際には、根本的な作り方が違っていたり、それ相応の価値があるということをわかっていただきたい、と切に願っています。

──実物を拝見し、価格以上の価値があると感じました。話は変わりますが、樽本さんは過去に営業をご経験されたとのことですが、編集業務においてプラスになっていることはありますか?

入社して 2 年ほど営業部にいまして、間違いなく編集業務の役に立っていると思います。たとえば、書店や図書館に売り込みに行った際に、交渉を通じてどういう本が必要とされているのかがわかって、本の企画に繋がることがあるんですね。今も、営業部の人間は全国の公共図書館や博物館に販売のために足を運んでリサーチもしていますよ。また、編集者の中には売れ行きよりもクオリティが大事という考えをお持ちの方もいるようですが、私は本を出したからには売れないと困るという考えです。

──実際にそのような経験から制作された本にはどのようなものがありますか?

これは私の経験ではなく、私の先輩のケースですが、図書館に営業にいったときに、司書の方から「世界の民族衣装がすべて掲載されている本があったらうれしい」という要望を聞いたんですね。なぜなら、学生の研究の過程で世界の民族衣装を調べる資料・レファレンスとして必要だからと。そこで、その要望を持ち帰って、編集部がそれに当てはまる本を作りました。『図説 服装の歴史』という本がそれで、図書館でよく売れましたよ(笑)。箱入り上下巻で、88000 円という高額の書籍なんですが。

──手塚治虫作品の復刻版についての考え方

ザ・ビートルズの名盤が 50 周年記念エディションとかいう形で、ある曲のいろいろなバージョン、別テイクなど貴重な音源が収録されて出ていますよね。ファンはオリジナルだけでなく、できるだけ多くのバージョンを聞きたいわけです。手塚治虫のマンガの復刻もそういったものに近いと思うんです。というのも、手塚先生は、ある連載マンガを単行本化するときに、かなり書き変えるんですね。それは単に絵を修正するだけでなく、あるエピソードをまるごとカットしたりするんです。そうした雑誌掲載版のバージョンは、未完成のものだとしても手塚治虫なので完成度が高いし、まったくの別物になっていたりするという楽しさがあります。だからこそ、単行本と雑誌版のどちらが本来のものであるかということではなく、それぞれに違う魅力があると感じてもらえるのではないかと。

樽本氏の編集デスクからは、語られることのない書籍への想いが溢れ出ていた。帰り際にそのデスクを見た著者は思わず足を止め、写真を撮らせて欲しいと願い出た。

樽本氏の編集デスク

『手塚治虫トレジャー・ボックス どろろ セカンド・エディション』

──この書籍を復刻するきっかけなどはありましたか?

『どろろ』に関しては、雑誌掲載版を復刻したいという考えで制作を始めました。

──雑誌掲載版、つまりオリジナル版というのは具体的にどのようなものですか?

通常、雑誌に連載されていたものを単行本化する場合は、書き足りなかったところを増やす程度なのですが、手塚先生の場合は元々存在していたシーンをカットしてしまうことがあるんです。なので、そのようなシーンを完全復元しています。また単行本時に修正されたセリフも雑誌版のものに戻したり。それから単行本では掲載されない連載時の扉絵もカラーで掲載しています。

復元された雑誌連載時の扉

──実際に、単行本ではどのようなページがカットされているのですか?

今はあまり使われてない言葉や、使うべきでないとされている言葉は修正されています。たとえば“めくら”とか“かたわ”とかですね。ただ、『どろろ』という作品の特徴は、主人公が全身に障害を持っているということです。言葉を直してしまうと、物語や展開の流れに不具合が出てしまうことがあるんですね。復刻版では、オリジナルの表現をすべてそのまま掲載しています。

──タブー視されているような言葉を掲載することに問題などはありましたか?

差別表現に関しては、慎重に取り扱う必要がありますが、問題というのは発生していないですね。この『どろろ』以外にも、『手塚治虫大人漫画大全』という手塚治虫のあまり知られていない大人漫画を集成した本を 2023 年に出しましたが、大人漫画は風刺やブラックユーモアがメインとなるのでいわゆる差別表現とされる言葉や表現が多いんですね。そのために今まで単行本未収録だった作品も多いんですが、この集成では冒頭になぜそのままの形で復刻するか、その意図と、差別表現についての説明を書いた長めの但し書きを入れました。今の価値観で当時の慣習や表現をすべて排除してしまうのは良くないと思うんです。問題をしっかり踏まえて、その上で雑誌オリジナル版と単行本版のどちらも読める状態が理想ですね。当時のオリジナル版は、研究資料にもなると思います。それから、こうした表現が多い書籍を出すとクレームが来ると思われがちなのですが、今まで来たことはなく、読者の皆さんはきちんと理解してくださっていると感じますね。

──読者が満足できる内容になっているという点も大きいですよね。

そうです、復刻・再現には細部までこだわっているので、満足していただける内容になっていると思います。『どろろ』の復刻は本当に大変でした。たとえば、『どろろ』の元の雑誌掲載版ではコマの枠線がかすれてしまっているものが多いので、復刻版ではほとんどの線を引き直しているんです。枠線が綺麗だと読みやすいんですよね。ただ、引き直すのはめちゃくちゃ手間がかかります。それから絵は当時の雑誌をスキャンして、裏写りやゴミなどを手作業で修正していますが、当時の漫画雑誌は紙の品質が悪くて、とくに『どろろ』は裏写りが酷かったんです。DTPのオフィス・アスク(小社の復刻版はすべてこの会社にお願いしています)の担当者には相当に苦労をかけてしまいました。今も苦労をかけっぱなしで申し訳ないですが、こういうプロフェッショナルのおかげで、クオリティの高い復刻版は刊行できています。

──本の大きさも珍しいサイズですね

これは、掲載誌である「週刊サンデー」と同様の B5 判になります。当時のオリジナルと同じ大きさで製作することにこだわりました。手塚先生の場合、細かい絵が多いので、大きいサイズのほうが断然読みやすいと思います。

『どろろ』『アドルフに告ぐ』子供向けと大人向けの違いを表す函デザイン

──セカンド・エディションとありますが、すでに以前に出版されていたということでしょうか。

本作品は、最初に〈手塚治虫トレジャー・ボックス〉というシリーズのひとつとして刊行しまして、 『どろろ』は人気作はさることながら雑誌版と単行本版がかなり異なるということもあり、すぐに売り切れてしまいまして。そのときは初版限定版だったので増刷できなかったのですが、その後読者からの復刊リクエストがかなり寄せられましたので特別に復刊しました。ですので〈セカンド・エディション〉となります。基本的には同じ内容ですが、元版で別冊附録だったものを〈セカンド〉では本文に収録しています。

──樽本さんは単行本とオリジナル版どちらが好きなどありますか?

オリジナル版はダイナミックさがあって好きですし、扉の「次回に続く」みたいな勢いのある展開にも面白さがあります。単行本版は先生が苦心して完成させたバージョンですし、私も子供の頃に単行本で読みましたから愛着はありますね。

──セカンド・エディションでは「幻の冒険王版」が復刻されているのがポイントとのことですが、どのようなものですか?

本来の『どろろ』は 3 巻で終わるのですが、この〈トレジャーボックス〉では、「週刊サンデー」のあとのアニメ化をきっかけに「冒険王」で連載が始まったストーリーが異なる第 4 巻がついています。冒険王版では「どろろは百鬼丸の失った 48 箇所の身体を魔物がこねくり回してひとりの人間にしたもので、そのため、どろろを殺せば百鬼丸の身体はもとに戻る」という新設定になっているんですね。ですから、相棒として愛着が湧いているので殺せない、そうした百鬼丸の葛藤みたいなものが描かれています。この冒険王版は単行本では未収録で、今でもこの〈トレジャーボックス〉でしか読めないのです。

── たとえば、水木しげる先生の『ゲゲゲの鬼太郎』もいろんなバージョンがありますよね。出版社と著者さんの間に合意があれば、設定を変えたものでも色々なバージョンが書けた時代だったのでしょうか。

それもあるでしょうね。『墓場鬼太郎』は『ゲゲゲの鬼太郎』へと変化し、アニメはずっと続いています。同じく、手塚先生も『ジャングル大帝』のようにたくさんのバージョンが存在する作品があります。

『アドルフに告ぐ オリジナル版』

──『アドルフに告ぐ』に関しても、『どろろ』と同じように雑誌版を復刻させたという点がポイントですか?

そうですね。『どろろ』と同じように、雑誌版の扉やカットされたページを掲載しています。大きさに関しても、今まで最大で四六判サイズだったのを雑誌連載時と同じ B5 判の大判にしています。実は、『アドルフに告ぐ』は以前に手塚プロダクションの資料室長の森さんから「単行本版が完全版だから復刻はしないほうがいい」と言われていたのですが、その後復刻の企画がうちに持ち込まれたんですね。『アドルフに告ぐ』は私にとって手塚作品の中でもベスト3に入る作品なので、やはりやりたいなと……ここは私の好みを優先させてしまいました(笑)。雑誌版の 10 ページごとのリズムの取り方は、連載時のわくわく感を追体験することができますしね。森さんがおっしゃるように『アドルフに告ぐ』は単行本がかなり加筆されていて、ラストなどは数十ページにおよぶ加筆があるんです。そこで、この復刻版では、別冊に単行本版のラストも収録しています。

雑誌オリジナル版ラストのページ(左)と別冊に収録されている単行本版ラスト(右)

 

──雑誌ならではの面白さというのは他にどのような点がありますか?

『どろろ』でいうと、これはボーナストラックというか、おまけページなのですが、たとえば当時、作家さんが他の作家さんの絵を描くという企画があったのです。赤塚不二夫先生が書いた『どろろ』とか、手塚治虫先生が書いた『もーれつア太郎』とか(笑)。

──それは……貴重ですね。

この「紅白ものまねまんが合戦」という企画ページは、赤塚不二夫先生、藤子不二雄先生(FとAに分かれていない時代です)など各先生のプロダクションに許可を得て掲載することができました。ここでしか読めない貴重なものだと思います。

──『どろろ』と『アドルフに告ぐ』のどちらからも、根本的に雑誌愛を感じます。当時は安かった漫画誌ですが、今となっては懐かしいものですよね。ノスタルジックな気持ちになります。

そうですね。あくまで単行本こそ完成形ではあるのですが、雑誌版では別の楽しみ方を味わってほしいですね。

『復刻版 横尾忠則全集』

──この作品集は、1971年に講談社から出たものと全く同じものということですか?

全ページを高精細スキャンして調整して作成したもので、基本的な内容は同じですが、当時の原画データが残っている作品やポスター画像はさらに綺麗なものに差し替えています。本書は長年稀覯本として高価な古書として入手困難なものだったのですが(綺麗なものだと 30000 円以上します)、今回横尾忠則書籍担当の製版チーム(TOPPANの富岡隆さんがリーダーです)が 1 年以上かけて丁寧に復刻作業をしてオリジナルを凌駕する仕上がりになったと思います。この『全集』の前に刊行された『横尾忠則遺作集』という本がありまして(2024 年にトゥーヴァージンズから復刻されましたね)、それはデザイナーの粟津潔さんが構成を担当しているのですが、それが横尾さんの好みではなかったようなんですね。それで、『全集』に『遺作集』のページが掲載されたときに、その一部を横尾さんが鉛筆で落書きをしているんです(笑)。そこまでするほど嫌だったのかと(その詳細は今回の復刻版での横尾さんインタビューで語られています)。それで『全集』復刻版では、その落書きをした作品を綺麗に掲載してほしい、という横尾さんのリクエストというか指示がありましたので、全8頁分をあらたに追加しました。これはオリジナルにないページですね。

──粟津さんが知ったらどう思われるでしょうかね……ほかに今回の『復刻版 横尾忠則全集』の見どころなどはありますか?

横尾さんが厖大に刊行している作品集は、すべてご自身でデザインしていると思われがちなのですが、そうではないんです。すべてのページをご自身でレイアウトされている作品集はこれ 1 冊なのです。横尾さんは今も精力的に活動されているので、これから全ページをデザインする書籍が出る可能性もありますが、現時点では、最初で最後の作品集となります。そういう意味では、かなり貴重だと思います。また、60 年代後半から活動されていた横尾さんが 1971 年時点で「全集」を出すのは相当大胆なことだと思うのですが、それが現在から見ても本当に「全集」になっている、つまり横尾忠則の代表作がすべて収録されているのが驚きなのです。

本書には横尾忠則自身の写真もアイドルなみに大量に掲載

樽本周馬(たるもと しゅうま)
1974 年、奈良県生まれ。2000 年より国書刊行会編集部。編集担当書籍に『ポール・サイモン全詞集 1964-2016 』『ポール・サイモン全詞集を読む』『映画監督 神代辰巳』『笠原和夫傑作選』『復刻版 絵草紙 うろつき夜太』『伊藤典夫評論集成』『手塚治虫大人漫画大全』など。

商品情報

【書籍情報】
■
『手塚治虫トレジャー・ボックス どろろ セカンド・エディション』

・著者:手塚治虫
・出版社:国書刊行会
・判型:B5判
・定価:17,600円(本体価格16,000円)

■『アドルフに告ぐ オリジナル版』

・著者:手塚治虫
・出版社:国書刊行会
・判型:B5判
・定価:22,000円(本体価格20,000円)

■『復刻版 横尾忠則全集』



・著者:横尾忠則
・出版社:国書刊行会
・判型:四六変型判
・定価:16,500円(本体価格15,000円)

撮影・文:橋本ねね

この記事を書いた人
昭和40年男 編集部
この記事を書いた人

昭和40年男 編集部

1965年生まれの男たちのバイブル

『昭和40年男』は、昭和40年(~41年3月)生まれの男性のための情報誌。誌面では同年齢の活躍を紹介したり、そろそろ気になってくる健康面をサポートする記事の他、かつて夢中になったあれこれを掘り下げる記事を多数掲載!「故きを温ね新しきを知る」──本誌は、昭和40年生まれのための温故知新を提供できる存在になるべく、「ノスタルジックな想い出が呼ぶ共感」を「明日を生きる活力」に変えることを命題に誌面づくりに奮闘中!!
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