A-2との出会いから物語は始まった
亀屋さんが10代半ばの青春時代を過ごしたのは1980年代前半。ファッションに興味を持ち、最初に傾倒したスタイルは意外にもミリタリーではなかった。
「この時代、アメリカの香りがするスタイルとして代表的だったのはアイビーでした。いわゆるアメリカの名門大学に通う学生たちのスタイルですね。そこから高校生になると、服好きの間では『ポパイ』や『ブーン』などの雑誌が話題となり、古着ブームが到来しました。これが80年代半ばから90年代にかけてのことです」
当時の亀屋さんが考えるアメリカンカジュアルは、スタジアムジャンパーやボタンダウンシャツ、コットンパンツなどといった名著『TAKE IVY』に登場する典型的なアイビースタイルであった。そこから古着に興味を持ち始めた亀屋さんは、ミリタリーとの奇跡的な出会いを果たすことになる。
「世の中の古着ブームに合わせて、自分もアメリカ古着に興味を持ち、古着店に通うようになりました。そんな時、レジ横に鎮座するA-2フライトジャケットを見つけたのです。飴色に輝くその圧倒的な存在感に心を奪われました。当時はミリタリーに関する知識はなく、年代やコントラクターなどの判別はできなかったのですが、とにかくカッコいいと思ったんです。しかし、当時の価格で約30万円。大学生だった私にはとても手が届きませんでした」
まるで初恋のような衝動を与えたA-2には手が届かなかったものの、当時は比較的安価で、学生でも手が届く存在だったのがナイロンフライトであった。亀屋さんが最初に手にしたのはMA-1。この一着をきっかけにミリタリーの世界へと傾倒していくのだが、大学を卒業した亀屋さんが就職したのはアメカジ業界ではなかった。
「ミリタリーを中心にアメカジに傾倒していったのですが、大学卒業後は別の業界でサラリーマンをしていました。しかし、この業界への思いを抑えることができず、東洋エンタープライズに手紙を送ったんです。そこから面接を経て、晴れてこの業界でのキャリアがスタートしました」
当時の東洋エンタープライズにはミリタリー部門はなく、ワークウエアのシュガーケーンやハワイアンシャツのサンサーフが中心。そこからどのような経緯を経てバズリクソンズが誕生したのだろうか。そのきっかけは亀屋さんが最初に手に入れたフライトジャケットである先述のMA-1であった。90年代半ばの当時、世の中はDCブームが到来。多くのデザイナーズブランドが黒のMA-1を作り、大流行していた。また、アルファの黒のMA-1も人気を博し、それを求めて中田商店に行列ができていたのだという。
「MA-1を着て出社した際に先輩から『そのジャケットは何だ?』と聞かれました。私が着ていたのはセージグリーンのMA-1で、黒がスタンダードと思っていた先輩からしたら『その色がオリジナルなんて嘘だ』となったのです。そこで、『MA-1は米空軍のインターミディエイトゾーン用の防寒用ジャケットで〜』と説明したら、先輩が『面白いね』と言ってくれ、シュガーケーンからB-9とB-15をリリースしました。その反響が非常に大きく、93年にバズリクソンズが始動しました」
そこから、自らの足でヴィンテージのミリタリーウエアを収集。研究に研究を重ねて忠実な復刻を手掛け、数々のプロダクツを生み出してきた亀屋さんだが、バズリクソンズ誕生のきっかけとなった先述のMA-1には後日談がある。
「当時着ていたMA-1は自分が唯一持っているフライトジャケットで、一張羅的な存在でした。資料として会社に置いていたのですが、ある日先輩が研究のために勝手に解体したんです。許可もなくですよ(笑)」
「着用を重ねてこそ完成する。それがアメカジの醍醐味です」
バズリクソンズの立ち上げから30年以上が経過し、ミリタリーにおける重要人物として日本のアメカジシーンを牽引する存在となった亀屋さん。この業界に長く身を置くなかで、アメカジというひとつのジャンルをどのような視点で見ているのだろうか。
「ミリタリーはアメカジのなかの一部と考えています。そして、アメカジは“着用を重ねてこそ完成するもの”。現在ではファッションとして定着していますが、元々はデイリーウエアですし、フライトジャケットもデニムもシャンブレーも、着れば着るほどにカッコよくなります。シワや汚れすらも“アジ”になるのです。ことミリタリーに関して言えば、マニアの多い世界ですし、彼らを納得させるようなプロダクツを作らなければならないと感じている一方で、“ファッションとしても良い”という視点からも商品開発をしています。モノトーンの世界でミリタリーを表現するウィリアム・ギブソンコレクションはその最たる例です」
80年代から90年代に日本で定着したアメカジというカルチャーは海を越え、アジア諸国を中心に世界的ブームの兆しを見せている。最後に、時を同じくしてアメカジに傾倒した亀屋さんに現在のアメカジシーンをどのように見ているのかを聞いてみた。
「私がこの世界にのめり込んだアメカジ黎明期は、ヴィンテージのジャケットやシャツを欲しいと思って探しても、それらはアメリカサイズで作られているので自分に合うサイズに出会うまでに苦労したんです。しかし、いまは数多くのレプリカブランドが存在し、より気軽に取り入れられます。最近はフライトジャケットやデニムを中心にアメカジに興味を持つ若者が増えていると聞きますが、これらのプロダクツはやはり長く着ることでどんどんカッコよくなるので、若いうちに手に入れて、たくさん着ることをオススメしたいです。そういう意味では老若男女がアメカジを楽しめる、とても良い時代になったと感じますね」

左はケーブルレインコート社が製造したゴートスキン製のA-2。亀屋さんが学生時代に古着店のレジ横で見つけ、ひと目惚れしたものの手に入れることができなかったA-2と同じ時代、仕様のヴィンテージであると推測される。右は1964年製のMA-1。亀屋さんにとって初めてのフライトジャケットであった個体は、東洋エンタープライズに入社後、研究のために先輩に解体されて着ることができなくなってしまったため、その後同じ仕様のものを再度購入したのだという。
(出典/「
photo/Syunichiro Kai 甲斐俊一郎 text/Kihiro Minami 南樹広
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