変わらないスタイルはいかにして築かれたのか
ジャパンデニム界のレジェンド・林さんといえば、春夏はボタンダウンやポロシャツ、秋冬はその上にセーターやコートを羽織り、パンツはジーパン、足元は革靴という昔から変わらないスタイルが挙げられる。ワークやミリタリーを軸とした“コテコテのアメカジ”ではなく、トラッドな要素がミックスされた独自のスタイルはどのように築かれたのだろうか。
「アメカジと言ったら、デニムのセットアップ、ミリタリージャケット、ワークブーツのような武骨なスタイルをイメージする人も多いと思いますが、アメリカの学生服だって立派なアメリカンカジュアルやと思うんです。渋カジのころはブレザーがあったり、ボタンダウンシャツがあったり、もっと広くアメカジを解釈して、それぞれのスタイルに取り入れていたように思います」
このように広い視野でアメカジを捉えている林さんはどのようなファッション経歴をたどってきたのだろうか。物心ついた時から服に興味を持っていたというが、その熱が加速したのは中学時代、1970年代初頭の地元・広島県福山市。日本のトラッドスタイルの礎を築いたVANのショップに通い始めた時のことだ。
「当時のファッション雑誌といえば『メンズクラブ』が人気で、アイビーを中心としたトラッドスタイルが主流でした。ボタンダウンシャツやチノパンが代表的なアイテムでしたね。VAN自体はアメリカのトラッドを独自に解釈した日本のブランドでしたが、そこから学んで自分は本物のメイド・イン・USAへと辿り着きました。いわゆるインポートものですね。ブルックス ブラザーズのボタンダウンやジーエイチバスのローファー、ヘインズのパックTシャツ、リーバイスのジーパン……。これがアメカジなんやと思いましたね。僕が最初に手に入れたアメリカ製のジーパンは神戸の『ミスターボンド』というショップで購入したリーバイスの501。店主の方に『一生モンやで〜』と言われました。“シュリンク トゥ フィット”といって、ジャストサイズで買うと洗った時に縮んで着られなくなるから、ウエストは拳ひとつ分余裕を持って選んだ方が良いということも教えてもらいました。当時はあまり気にしていませんでしたが、それが現在のリゾルトのジーパンのベースにもなっている66モデルでしたね」
そこから70年代半ばから後半にかけて、日本ではヒッピーやサーファー、カウボーイといった西海岸のスタイルが脚光を浴びるようになる。この時期、林さんは大学入学と同時に大阪で生活するようになるのだが、長い林さんの人生の中でこの期間が唯一スタイルが“ブレた”のだという。
「大阪に来た時はカルチャーショックでしたね。それまではボタンダウンシャツにジーパン、足元は革靴という現在と変わらないスタイルが定番だったのですが、周りはみんなサーファースタイル。アロハシャツの下にロングTシャツを着て、パンツはベルボトム、足元はビーチサンダルといった格好を僕もしていました。いま思い返してもブレてたなあと思います(笑)。でも、646は太すぎて嫌いやった。自分にはブーツカットくらいがちょうど良くて517を穿いてましたね」
林さんが再び現在のようなスタイルに戻ったきっかけは、70Sブームの影響で下火になり、売れなくなってしまった501。当時、古着店の店前に置かれてあったようで、店主から「売れないから持って帰っていいよ」と“テイクフリー”で受け取り、再び501の魅力に気づいたのだという。
「やっぱりスタンダードがいちばんやなと。そこから大学卒業後にアパレルの営業を経て企画をやるようになりました。80年代半ばはリベルトやシェビニオンといったヨーロッパ的な解釈のもとに作られたジーンズが人気で『すっきりしたシルエットがええやん』と個人的にも気に入っていました。そこで、その会社で日本製のデニムを使ってジーンズを作ったところ大ヒットし、そこからドゥニームの立ち上げに関わって、クラボウのデニムを使って本物のアメリカンジーンズを日本で作ることになったのです」
「Tシャツにジーパンが アメカジの基本やと思います」
ドゥニーム時代には、それまでにコレクションしていたリーバイスの501を研究・リプロダクトし、ジャパンデニム黎明期に一世を風靡。その後、2010年に自身のブランド・リゾルトを立ち上げた。さらにベーシックなジーンズを展開するリゾルトに対して、シャツを中心に様々なプロダクツを展開するファーイーストマニュファクチャリングを2023年にスタート。シャツにジーパンという定番のスタイルを体現するふたつのブランドを手がける林さんが考える“アメカジ観”はいたってシンプルだ。
「スタンダードこそが文化的やと思うんです。いってしまえば、白いTシャツにジーパンで十分。少し寒かったらボタンダウンシャツを着たらいいし、冬はタンカースジャケットでもアウターはなんでもいい。ワークとかミリタリーとかカテゴリーを意識しすぎずに、いろいろ混ぜ合わせて遊んだ方が面白いじゃないですか。アメカジは自由やと思います。もちろんデニムセットアップにワークブーツでもいいんです。ただ僕はええ歳やからそれはしないというだけ。自分だったらGジャンを着るならチノパンとかトラウザーズを穿くかな。本当に人それぞれだと思うので、それぞれが楽しんだらいいと思いますね。昔の映画とか、現代だとヨーロッパのアメカジの取り入れ方も参考になりますよ。サイジングや色使いですね。最後にひとつだけ言いたいのは、ジーパンはしっかり色落ちするまで穿き続けてね、ということです(笑)」

林さんの人生に最も影響を与えたと言っても過言ではないリーバイスの501。初めて購入したアメリカ製ジーンズにして、林さんのデザインの原点である。なかでも1970年代に製造された、ヴィンテージらしい美しい色落ちとすっきりとしたストレートシルエットが特徴的な通称“66モデル”が林さんのお気に入りで、リゾルトのジーンズのベースにもなっている。奥の色落ちしたものは左がビッグE、右が66後期。手前はまだ着用せずに保管しているデッドストックの66前期。
(出典/「
photo/Kansuke Ihara 井原完祐 text/Kihiro Minami 南樹広
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