フォントは縁の下の力持ち!
フォントというのは、多くの人はあまり気にしていないけど、我々の生活を支えるインフラのような存在だ。
たとえば、明朝か、ゴシックか、それとももっと特殊なフォントかによって、文章の印象は大きく変わる。そればかりか、ちょっとフォントが変わるだけで、文章が恐ろしく読みにくくなったりする。また、製品の取扱説明書に日本のものでないフォントが入ってるだけで、「あれ? これは日本製じゃないな」と気付いたりするほど、文化に深く根ざした存在だ。

筆者もデザイナーではないからさほど詳しいワケではないが、30年以上前から出版社にいて、写植の時代、DTP黎明期(デザインソフトはPageMaker 6だった!)、そしてQuarkXPress、InDesignによる日本語の組版が大きく改善されてきた時代を見てきたので、そのありがたみや価値は分かる。
手書き以外のあらゆる文字、ディスプレイに表示されるものにも、印刷されるものにも、フォントが使われているから、我々は日々フォントデザインの影響を受けている。
意外や少ないアドビのフォントデザイナー
英文字は26文字、大文字と小文字や記号を合わせても、それほど多くの文字をデザインしなくてもすむが、日本語だと常用漢字だけで約2100文字、実用的なフォントとして提供するには約7000文字、そして商業ベースで提供するには約2万文字のデザインが必要になる(拡張するともっと増える)。フォントをひとつ開発するというのは、とてつもない手間とコストがかかる作業なのだ。
では、たくさんの方がフォントデザインに関わっているかというとそうではない。アドビの日本語版フォントに関わっている人は、デザイナー2人、エンジニア2人のわずか4人。歴代においてもそう多くはなく、ほんの数人の方が連綿と作業されているのだ。

最初に日本のアドビでフォントデザインを始めた方は小塚昌彦さん。元毎日新聞の方だそうで、1992年に入社し、小塚明朝や、小塚ゴシックを作った人だ。
小塚さんからバトンを受け取ったのは西塚涼子さん。西塚さんは、何度か取材させていただいたことがあるが、フォントに対する情熱がすごい、エキセントリックで楽しい方だ。
しかし、背後で大勢の方がデザインされているのかと思ったら、なんと現在デザイナーは、西塚さんと2018年入社の吉田大成さんのおふたり。それぞれ担当しているフォントが違うが、どちらかがリードして協力し合ってデザインしているのだそうだ。我々がデジタルの世界で使っているフォントが、そんな一子相伝……というと大げさかもしれないが、本当に少人数の職人的世界で作られているとは知らなかった。
吉田さんは小学生の時に美術の授業でレタリングを習ったのがきっかけて、フォントデザインに興味を持ったという。ノートの表紙に「国語」「算数」などと書く字体に凝ったりしたのだそうだ。絵が好きで美術を志していたが、予備校時代に予備校講師の方がタイプデザイナーで、その話を聞いたところから、将来タイプデザイナーになりたい……と思うようになったのだという。
武蔵野美術大学に入り、その後新卒で2018年にアドビに入社。アドビのような会社は常時新卒を採っているわけではないから、これはとてもレアケースだ。その後アドビでフォントデザイナーとして勤務しているが、一方、個人的に『Glyphsではじめるフォント制作』(BNN)、『パスクール—パスで描く文字デザインの学校—』(PIE International)などの書籍を上梓したり、『墨とPath』というPodcastを行ったりしている。活動的なのである。

意外と存在しなかったアドビの日本語極太フォント
さて、フォントの日に発表された『ネオクロ』は、吉田さんがリードして作った最初のフォントである。ちなみに、アドビのフォントの日のプレゼンのタイトル画像は、毎年吉田さんがデザインしてたのだそうだ。

最近のトレンドとして、メッセージを強く伝える『極太フォント』が使われる傾向にある。特に、商品パッケージや、看板、広告などにその傾向が強い。
しかし、アドビの自社フォントで一番太いフォントは『源ノ角ゴシック』。他社のフォントに比べると、さほど太くない。

ネオクロ、ゴシックなの? 明朝なの?
しかし、InDesignやIllustratorなどデザインにおけるプラットフォームも構築しているアドビが作るからには、他のフォントメーカーにはできない技術的チャレンジに取り組む必要がある。また、デザインとしても新味が必要だ。
ゴシックの押し出しの強いフォントは数多くあるが、太くてチャーミングなフォントとなるとなかなかない。

横線や縦線の断面がやわらかく、かつ複雑な漢字を作ることができる基本デザインが必要になる。横線も太らせるのだが、途中を膨らませると横線が増えた時に見にくくなる。そこで、線は太らせず、角だけ丸くした。横線の多い漢字の場合は、線の太さにバリエーションを付けてやりくりすることで、フォントとしての統一感を保ちつつ見やすさを確保した。
フォントデザイナーは、ノートにいろいろなフォントを描いてみたり、街にフォントを拾いに行ったりするそうだ。
こちらは吉田さんが作ったおみくじ。さまざまな『吉』が出るようになっていて、それぞれ独自の書体で描かれているのが面白い。

吉田さんが、川越の街角で見かけた書体。

左側はゴシックで描かれているが、右側はあとから工事した部分をシロウトの方が塗り直したのだろうか、右上の『又』の部分だけが明朝になっている。こうした文字にヒントを得て、縦横の線は等幅だが、ハライや点に極端な強弱のあるフォント『ネオクロ』が生まれた。

点を三角にしたり、ハライやハネをどうするかなど、数多くのフォントをデザインするための基本ルールは吉田さんが試行錯誤しながら作った。
仮名だけの幅が変わる新しいバリアブルフォント
そして、アドビならではの技術的チャレンジは、ポイント数だけでなく、縦横の比率を自由に設定できるバリアブルフォントとしたことにある。
ただし、ネオクロの独特なところは、バリアブルにしたのは仮名(ひらがな、カタカナ)と、数字、英文字だけとしたこと。しかも変更できるのは、縦か横かどちらかだけ。漢字は正方形のまま。

その制限によって、ネオクロは逆にユニークな表現が可能なフォントになった。

もちろん、行の長さは極端に変わるので本文などには向かないが、情報量のある漢字は大きく、仮名は小さく表示できるので、本来のコンセプト通り、意味を強く伝えることができるフォントになった。


横書きで高さ、縦書きで幅を変えることの面白さ
横書きで仮名の高さ、縦書きで仮名の幅を変えるというアイデアのヒントになった。

また、上の例では下揃えになっているが、軸線を移動できるようにもなっているし、軸線をパスに添わせることもできる。

パッケージやタイトルに最適かも。今回は開発発表で、ローンチはまだ
このネオクロを使った架空のゲームのタイトル画面がこちら。

これまでのフォントにない、強さと柔らかさと、多彩な表現力を持ったフォントである。
その特徴から、食品などの商品パッケージにもフィットしそうだ。

今回は、ネオクロ開発発表だったので、ローンチするまでにはまだしばらく時間がかかりそうだが、発表されるとさまざまなところで目にすることになりそうだ。
装丁家の方や、パッケージデザイナーの方は楽しみにお待ちいただきたい。また、アドビがこのような技術を発表、公開すると、他のフォントメーカーからも、この『仮名のみバリアブル』の仕組みを使ったフォントが公開されるかもしれない。それも含めて楽しみな発表だ。
(村上タクタ)
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