いつもレコードのことばかり考えているふたり、初対談(約20年越し)
矢島 僕は高校生くらいから小西さんの大ファンなんですが、実際にやりとりさせていただくきっかけは、小西さんがうちの店のブログを見つけてくださって、そこに掲載しているレコードの在庫を問い合わせてくれたときからですね。20
06年頃だったと思います。
小西 そっかぁ。僕が最初に買ったのは何のレコードでした?
矢島 プログレバンドのメンバーのソロ作品だったと思います。ドラマーがシンガーソングライターっぽいことをやっているアルバムです。実はそれをブログに載せたとき、ちょっと間違えてしまった箇所があって。その頃、小西さんはmixiでレコード日記みたいなのを頻繁に更新されてて、そこに「こういうふうに紹介されていたけど、それは違うんじゃないか」みたいに書かれていて「ヤバい」って気がつきました(笑)。
小西 ココナッツディスクのブログは結構読んでいたなぁ。
矢島 読んでくださっているというのがものすごく嬉しかったですね。ちょうどその頃くらいからレコードを買う人がだんだん減っていって、厳しい時代になっていくんです。そこで自分も「辞めたほうがいいのかな」なんて悩んでいたんですが、こんなふうに小西さんが見てくれているんだというのが大きな支えになりました。それで、そんな時期にやりとりがはじまって、「サイトに文章書きませんか」とか「zineを作るんでそこに文章書いてください」とオファーしてくださって。これも本当に嬉しかったですね。いまもこうして続けられているのは、あのとき小西さんがフックアップしてくれたからだと思っています。今日はこのことを伝えにきたようなものです。
小西 ありがとうございます。
矢島 ここ10年、15年くらい、小西さんは若いバンドの曲をDJでかけたり、気に入っているって発言したりしていて、それきっかけで注目されたバンドも多かったように感じています。
小西 ベテランのミュージシャンだったら若い世代を紹介していくのは当然のことだと思っているんですけど、そういう意味では曽我部(恵一)くんなんかのほうがちゃんとやってるなと。自分はそんなに影響力ないよな、と(笑)。
矢島 いや、影響力ありまくりですよ! 僕のなかでは、ずっと好きだった小西さんと曽我部さんがいまもレコードを買い続けているというのは大きな励みになっていますね。最近はどういうところで買われていますか?
小西 いまも買い続けてますが、リアルな店舗に行く頻度は減りましたね。昔と違っていまはオークションやオンラインで手に入れることも増えました。最近は安いクラシックのレコードをジャケ買いして、当たりだったりハズレだったり(笑)。そういえば以前に池袋店でたまたまお会いしたことがありましたね。
矢島 はい! 確か映画帰りでしたね。
小西 新文芸坐の帰りですね。
矢島 緊張しました。映画はいまもたくさんご覧になっていますか?
小西 映画は観ていますね。映画館があるから東京にいる、という感じです。
矢島 そのときについでに近くのレコードショップを覗いたり。
小西 昔は映画と映画のあいだの空き時間にも行ってましたけど、あっという間に出費がかさむのでやめました(笑)。
ジョン・レノンのデモ集など持ち寄ったレコードのあれこれ
小西 今日、矢島さんが持ってきたなかにジョン・レノンの『The Lost Lennon Tapes Volume Two』があるでしょう。あれが「矢島さんってすごい」と思ったきっかけなんですよ。
矢島 おおー嬉しい!
小西 僕はビートルズのなかでは圧倒的にポール・マッカートニー派で、ジョンについては同じバンドにひとり天才がいてかわいそうな人だ、くらいに思っていたんですけど、あるときココナッツのブログで矢島さんが『The Lost Lennon Tapes』を紹介していて、その耳で聴いたらめちゃくちゃよかったんです。
矢島 いろいろ買っていただいたなかで印象に残っているひとつがこの『The Lost Lennon Tapes』ですね。雑誌でも紹介してくれたり、小西さんが選曲した非売品のスペシャルCD『これからの人生。』に収録してくださったり。
小西 そもそもジョン・レノンがあんなにたくさんのデモテープを遺している人だとは思っていなかったから、それにも驚いたし、あのプライベート感もたまらないですよね。
矢島 ピチカート・ワンの『わたくしの二十世紀』(2015)を聴いて『The Lost Lennon Tapes』感をすごく感じました。『The Lost Lennon Tapes』っぽい音楽ってほとんどないんですけど、これはそうかも、と思ったんです。
小西 確かに影響は受けているかもしれないなぁ。これをきっかけに、70年代、80年代のメジャーなロックアーティストのデモ集が出るようになったでしょう。そういうレコードも集めるようになりましたね。
矢島 確かに僕も「デモがいいんだ」と気づいたのは『The Lost Lennon Tapes』がきっかけでした。
小西 裸の音楽に触れたような錯覚があるのと、メジャーレーベルのアーティストだと時代の音の傾向に寄ってしまうことが無意識のうちにあると思うんですけど、そうじゃない部分を聴きたいとなると、やはりデモ音源はいいんですよね。
矢島 今日、僕が持ってきたジュリー・ドワロンの『Heart and Crime』もブログを見て買ってくださったんですよね。
小西 そうだった。
矢島 そのあとに問い合わせくださったときにも「前回買ったあのレコード、愛聴しています」と言っていただいて、とても嬉しかったです。
小西 先日、ラジオで好きなヴォーカリストを訊かれてルースターズの花田裕之さんを挙げたんだけど、花田さんのヴォーカルとジュリー・ドワロンって僕のなかでは同じなんです。音程の正確さとは違う、独特のブルージィなピッチのとり方が共通している。とても説得力があるんですよね。
矢島 ラヴィン・スプーンフルは小西さんが本で書かれていた文章がすごく好きで。「スプーンフルは、彼らが好きなチャック・ベリーやフィル・スペクターを好きって気持ち丸出しで演奏している。そういう衝動がないレコードはどんなに売れても意味がない」みたいなことを書いていて、そのおかげでスプーンフルは自分にとって特別なバンドのひとつになりましたね。今回、小西さんが選んだレコードは……あ、ジェイムズ・カーじゃないですか!
小西 最近ようやくサザンソウルのよさがわかってきました。
矢島 僕もそうです!
小西 同じのを聴いてるんだね。なんだか嬉しいな。僕が高校2年頃から大学1年くらいのあいだ、ソウルにすごく傾倒した時期があったんですけど、それはシカゴ、デトロイト、ニューヨーク、フィラデルフィアというようにわりと東海岸のソウルミュージックのレコードだったんです。知識としてオーティス・レディングとかサム&デイヴなんかは聴いてましたが、そこまでピンとはきていなかった。なのになぜいまこんなにいいと思えるのか? 自分でもよくわからないんですよね。かつて好きだったモータウンなどに比べて、サザンソウルはゆるいというかリラックスしていて独特のいなたさがある。それがいいのかな。
矢島 南部のスタジオの音というのもまたいいんですよね。
小西 これ、いま出まかせで言っちゃうけど、もし僕にセカンドアルバムを作らせてもらえるチャンスがあったら、サザンソウルだと思っているんです。
矢島 それ最高じゃないですか!
小西 あと、持ってきたレコードだと、撮影で手に持ったグレン・ヤーブロウのレコードは、タイトルにあるとおりロッド・マキューンの曲を唄っている作品。グレン・ヤーブロウは一回聴いたら忘れられない“縮緬ビブラート”の人なんですが、ロッド・マキューンと密接に仕事をしていた時期があって、その頃のものですね。今回の自分のアルバムに「心」という曲を最初と最後に入れていますが、最初の方(「心の欠片」)の出だしのピアノのフレーズは実はこのアルバムのようにはじめたくてつけました。このレコード、本当に好きなんですよね。アルバム中の「私の人生、人生の夏」はロッド・マキューンの唄い方を真似て、わざと作ったしわがれ声でやってみたんですけど、誰も気づいてくれない(笑)。
ライヴで確かな感触を得た弾き語りへのアプローチ
矢島 『失恋と得恋』はすでに何回も聴きましたが、僕は2曲目の「東京は夜の七時」が一番泣けるんです。最初はいわゆるジャズミュージシャンのお遊びみたいな茶目っ気、かっこよさを感じたんですが、繰り返し聴いていくうちにそれだけじゃない感情が芽生えてきました。あれ、全員で唄ってるじゃないですか。あれがグッとくるんですよね。
小西 そっかぁ。それは嬉しいな。
矢島 このアルバムは昨年の公演「小西康陽・東京丸の内」のために編曲された楽曲をベースにしたそうですが、その前段として弾き語りのライヴがあったかと思います。僕は一昨年に吉祥寺の曼荼羅でやった最初の弾き語りライヴにも行きましたし、その前にサニーデイ・サービスとピチカート・ワンの2マンで全曲小西さんが唄うというのも体験しています。さっきのデモ音源の話とも重なりますが、弾き語りは全部ご自身でやるわけですから、それをついに観られたのは嬉しかったですね。
小西 自分で弾けない曲はやらないという(笑)。
矢島 演奏の途中で突然その曲のエピソードを話しはじめるのも最高でした。
小西 弾き語りをやって解放されましたね。こんなにも音楽で自由になれるんだと。唄いながら何かを思い出して、それをその場で喋らずにはいられなくなっちゃう。それで演奏を止めて話すんです。
矢島 いっぱい喋っているのを聞いているだけでも満足ですね。
小西 最初に弾き語りをやったときにたまたま読んでいたのが結城昌治の『志ん生一代』で、自分の弾き語りと落語の芸が重なってしまって。弾き語りは話芸、演芸だなと思いました。ただ喋ることによって曲や音楽、ソングライティングに興味を持ってもらえたら嬉しいなと思ってはいますね。なので関係ないことでなく曲の周辺についての話が中心です。
矢島 先ほど「心の欠片」と「私の人生、人生の夏」の話がありましたが、今作の編曲やアンサンブルにはそのほかどんなアイデアがあったんですか?
小西 「陽の当たる大通り」のドラムと歌だけのアレンジは、「What Now My Love」をペドラーズがカバーしている最高のレコードがあるんですけど、それを参照しました。「きみになりたい」は当初は収録を見送ろうと思ったんですが、うちの事務所の社長さんが入れたほうがいいと言うんで。どうするか悩みに悩んでいたリハーサル前日にレコード・ショップ・ビューに気になるレコードが出てまして、試聴したらチェロと歌だけだった。アーサー・ラッセルの作品だったのだけど「この手があったか」とリハーサルで試してみたらいい具合にできました。そんなふうに、すべてにおいて好きなレコードがまずあって、「自分でもいつかこういうことをやりたい」という気持ちからはじまっていますね。
矢島 なるほど。しかしこうしてレコードや曲の話を伺えるのは本当に嬉しい時間でした。ありがとうございました!
まさかの、独唱。『失恋と得恋』
小西康陽さんの初個人名義アルバムは、ピチカート・ファイヴ時代の楽曲を中心に、他アーティストへの提供曲やカバー曲も含む。ピアノ、ベース、ドラムス、ギター、チェロというアンサンブルをフルに用いたり、ミニマルな編成にしたりしながら、小西さんが自らの歌声で聴かせてくれる。お気に入りのレコードを参照しつつ、わかりやすいポップネスを慎重に回避することで、楽曲本来の強度が明らかになった、非常に優れたシンガーソングライター作品だ
LIVE インフォメーション
2025年1月24日 ビルボードライブ大阪
2025年2月1日 福岡・ROOMS
(出典/「2nd 2025年1月号 Vol.210」)
Photo/Yoshika Amino Text/Kenichi Aono Edit/Kazuki Ueda