墨田区菊川の下町のパチンコ店が映画館に生まれ変わった! 映画好きの男の思いとは?

  • 2023.12.04

映画好きの父親の影響で自身も映画好きに、やがて映画関連の仕事をするようになった岡村忠征さん。一時はグラフィックデザイナーとなり、独立も果たしたものの、映画の世界にカムバック。ミニシアターのオーナーにまでなった映画への情熱と、そこに至るまでの経緯を聞いた。

「Stranger(ストレンジャー)」オーナー・岡村忠征さん|1976年広島県生まれ。父親の影響で映画好きになり、学生時代から数多くの映画を鑑賞。20歳で上京後は映画関連の仕事を渡り歩くが、グラフィックデザイナーに転身。2020年の新型コロナの影響で再び映画を鑑賞するようになり、2022年に墨田区菊川にミニシアター『Stranger』をオープンする

『気狂いピエロ』を観て、自分の映画だと思った。

2022年9月、都営新宿線菊川駅から徒歩1分の地にオープンしたミニシアター『Stranger』。館名より大きな「THANK YOU FOR YOUR STRANGE LOVE」の文字に近隣や映画好きたちのへの愛と仲間意識がにじみます

「もうちょっとデニムの色が残っていればな」とか。「シートがオリジナルなら買ったのに」とか。服でもバイクでも、好きな人ほど細部にまでこだわるものだ。

岡村忠征さんのそれは映画だった。父の影響で小学校の頃からむさぼるように観てきた。ただ周囲が絶賛した『バックドラフト』も『心の旅』も「ツメが甘い」「深みに欠ける」とうるさく評した。

「映画はとにかく好きなんだけれど、いつも作品のどこかに必ず少しの不満があったんですよね」

ただ18歳で観たその1本は違った。地元・広島のミニシアターでのリバイバル上映。極彩色のパーティから始まり、残酷でいて詩的なラストまで疾走する。1965年公開のフランス映画だった。

「ゴダールの『気狂いピエロ』でした。不満は皆無。『俺のために作られた映画だ!』とさえ思った」

それから30年が経った今、自分がゴダールを観せる側に立つ。墨田区菊川『ストレンジャー』。東京の東に初めてできたミニシアターのオーナーになったからだ。

「3年前まで考えてもなかった」

70年間続いた「菊川会館」という名のパチンコ店をリノベーション。シアターとほぼ同じサイズのカフェが一体となったユニークな空間にした。「映画を観た後、いや、その場でゆっくり観なくても語り合える場にしたかった」
シアターは49席とコンパクト。全国のミニシアターの中でも最も小さいサイズのひとつだ

広島の古着店にあった音楽、映画、文化の香り。

映画監督になる。中学の頃から夢はそれだった。そこで高校卒業後は、広島駅近くの古着店でバイトしはじめた。あきらめた、わけじゃない。

「古着店って洋服好きだけじゃなくてカルチャー好きが集まって、いろんな話をしあうじゃないですか。特に地方都市だと同じ人間が同じ古着店やクラブやミニシアターをぐるぐる回っていたしね」

実際、そのころの岡村さんは「染み込みプリントのTシャツの味」と同じ熱量で「ガス・ヴァン・サントの唯一無二の作家性」を日々、語っていた。

「すると、なお『東京に行かなきゃダメだ』と思い始めた。話題に出るカネフスキーの特集上映とかジャン・ルノワールの回顧上映とかって、必ず渋谷や銀座辺りでしか観れませんでしたから」

そこで1996年、20歳でアテもないまま東京へ向かった。

「ココで働かせてください!」

渋谷のカプセルホテルに荷物を置くや、ミニシアターに片っ端から飛び込んだ。「募集してない」「ムリ」。門前払いの中、渋谷パルコの裏にあった『シネマライズ』だけが、首をタテに振ってくれた。

「そこで一緒に映画を撮る仲間を見つけようと、バイトに入るや声をかけまくったんです。ただ意外にも映画好きがさほどいなくて」

ならば……と次に飛び込んだのは東京国際映画祭の事務局員だった。そして打ち上げに忍び込む。

「世界中から集まった映画関係者に声をかけまくったんですよ」

そろそろ、お気づきだろう。岡村さんは行動力が普通じゃないのだ。打ち上げでは、映画祭の委員長として来日していたイランの巨匠アッバス・キアロスタミ監督にインタビュー。「この間、ゴダールに会ったよ」「どんな人でした?」「そうな……」とカタコトの英語でぐいぐい聞き出した。

またそのやりとりを見ていた配給会社の社長が声がけ。「君、面白いね!」とその場で採用される。

「そして配給会社にいながら映画美学校で制作を学び始めました。その学校の縁で黒沢清監督の現場で制作進行として働くように」

上京2年目の1997年。岡村青年は映画監督への階段をすばやく登り始めた。そう思っていた。

『ストレンジャー』の記念すべきオープン最初の公開作は、敬愛するゴダールの特集上映に。ゴダール自身が「第2のデビュー作」と明言した『勝手に逃げろ/人生』(1980年)や、『JLG/自画像』(1995年)など日本上映権切れの作品6本をとりあげた。(2022 年 9 月16 日〜10 月6 日)
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