3世代が集うアイスクリーム店。いや、ダイナー。

神奈川県の新丸子に、老若男女から愛され、親子3世代で通うファンもいるアイスクリーム店がある。それが『BIG BABY ICE CREAM』だ。オーナーの吉田康太郎さんは、自身の店をアイスクリームダイナーと呼ぶ。そんな店への思いやこだわり、オープンに至るまでの経緯などを伺った。

「BIG BABY ICE CREAM」オーナー・吉田康太郎さん|神奈川県の白楽に生まれ、幼少期から父の仕事の都合でフロリダで過ごしたり、ボストンに渡米するなど、アメリカの文化に触れる機会が多かった。美大生だった兄のゼミに出入りするようになり、、「兄と一緒に、コンセプチャルな店をつくりたい!」と思い始める。経営を学んだり、世界各国の飲食店を回るなどし、2018年に新丸子に『BIG BABY ICE CREAM』をオープンした。

父から繰り返されたたったひとつの問いかけ。

「康太郎、何がやりたいの?」

子どもの頃から吉田康太郎さんは大学教授でもある父親に、そう問われながら育ったという。朝は「おはよう」のあとに。食事中の会話のネタとして。

「『何のために生きてるの?』とかもありました。そのせいでやりたいことを見つけ、成し遂げるんだと意欲だけは昔からあった。だからって『コレだ!』と答えられたわけじゃなかったんですけど」

今なら、違う。『ビッグベイビー・アイスクリーム』。吉田さんは2018年から東急東横線・新丸子駅近くのアイスクリーム専門店を経営しているから。

店は東急東横線・新丸子駅の東口から伸びた商店街にある。夏場はいつも行列が

コンセプトは3世代に愛されるアイスを売る“アイスクリームダイナー”。大人の一人客はフラッとカウンター席でビールを傾けながら。ファミリーはワイワイと。アメリカのダイナーのように、自由にリラックスして手の込んだクラフトアイスを楽しめるのだ。

「そんなコンセプチャルな店をやりたかった。そう、高校の頃から“やりたかったこと”を、僕らは形にしたんですよ」

アイスクリーム店ではなく、アイスクリーム“ダイナー” と自称。「地域に根付いて誰しもふらっと訪れて自由に佇める、ダイナーのあの雰囲気が好きなんです」
オリジナルアイスはすべて店内でつくっている

兄の通うゼミで「なりたい」を見つける。

はじまりの記憶はアメリカだ。3歳の頃、父親が1年間フロリダの大学で研究することになり、横浜から家族で移住した。

「広くてプール付きの家に住み、白人や黒人やアジア系がごちゃごちゃにいてみんなフラットに付き合う。それが世の中のスタンダードだと思っちゃってましたね」

その後、横浜に戻るとアメリカと違うスタンダードに戸惑った。家にプールもなく、天井も低い。それも違和感があったが、何より「出る杭を打つ」同級生たちのごく自然な同調圧力がイヤだった。

「それこそ『あれがやりたい!』なんて夢を語るとバカにするような空気がどうも苦手でしたね」

よどんだ空気から引き上げてくれたのが、2つ上の兄だった。兄・健太郎さんは、武蔵野美術大学で空間演出デザイン学科を選考。店舗デザインを手がけるゼミに所属していた。『手伝ってくれない?』と、弟の吉田さんを研究室に誘い込んだのだ。

デザインを担当する吉田健太郎さん(左)とともに運営。「もともと兄と店をやりたかった」

「高校2年の時かな。実際に手伝うのは、店舗デザインの模型づくりでしたが、もうめちゃくちゃ楽しかったんですよね。その場が」

店や建造物のテーマを決め、コンセプトを絞り、それにふさわしい形をデザインしていく。クリエイティビティに、まず魅かれた。

「しかも、みんなやりたいことが明確だった」からたまらない。

「自分もこっち側に入りたいと思った。もっと言うと兄と一緒にコンセプトを形にした、理想の店をつくりたいと思い始めたんです」

兄弟で店がやりたい。ビジョンから引き寄せ、進学先も決めた。明治大学商学部だ。

「兄はデザイン、なら僕は経営を極めようと。バランスを考えた」

ことあるごとに兄と2人、海外のイケてる飲食店を巡る旅にも出た。ブルックリン、上海、ソウル。話題のカフェやレストランを訪ね、ホテルに戻っては議論した。『あそこのメニューと内装は最高だった』『スタッフの雰囲気が合っているのも大事だよね』と。

『BIG BABY ICE CREAM』をはじめるにあたり大きな影響を与えた、海外での飲食店視察。「アメリカ、ヨーロッパ、アジア。メニューも空気感も体感することからこそ得られる何かがある。友人も増えますしね」

「2人の店のためのインスピレーションを集めていた感じですね」

ただ最も大きなインスピレーションは、東京の3つの街で得る。

「バワリーキッチン」での忘れられない瞬間。

まずは「駒沢」。大学時代、東京のカフェカルチャーを牽引してきた山本宇一氏がつくった駒沢の『バワリーキッチン』でバイトをしていた。

「洗練された店構えと美味しい食事、そしてお客様に水を出すときの向き、所作まで『どうすればかっこよく感じてもらえるか』を計算して提供していた。感動しました。世界のどの店より矛盾がない店が、東京にあったという」

忘れられない瞬間もあった。とある週末、『バワリーキッチン』のホールに立ったときだ。夜が深まり席が埋まり、オーダーが溢れた。ただキッチンもホールも驚くほど仕事がスムーズに進んだ。不思議と全体もよく見えた。スタッフ全員の充実した顔。お客さんの笑顔。店内に充満するポジティブなエネルギー。

「『これ最高の景色だな』と感じた。こんな景色を作り出したい、と今の道を決めた瞬間でしたね」

2つめの街は「代官山」だ。『ピザ・スライス』。オーナーの猿丸さんがつくった、NYスタイルのピザスタンドで、兄と仲間たちとピザパーティを開いた。

「DJを入れ、友人のクリエイターにタイポグラフィーのライブでしてもらったり。場と人と空気をつくる喜びを実感しましたね」

『BIG BABY ICE CREAM』が今にいたったルーツのひとつが代官山『PIZZA SLICE』でのパーティ。「オーナー・猿丸さんに店をやりたいことを話したら、パーティを勧めてくれた。あの手応えが今に繋がっている」

最後の街は「自由が丘」だ。彼の地に2017年まであった老舗のアメリカンダイナー『バターフィールド』で、駒沢を離れた後、バイトスタッフをしていた。

「ゆったり時が流れるバターフィールドの雰囲気は自分の店でも醸し出したい。今も思っています」

アイスがなかなか出てこない? それは父親の再登板を待とう。

学生時代にバイトしていた老舗ダイナー自由が丘『バターフィールド』。数年前閉店したが、その看板メニューだった「ドーナツアイス」を、吉田さんはオーナーから引き継いだ。「偶然にも近所に『バターフィールド』にドーナツを卸していたパン屋さんもあり、皿もすべて『バターフィールド』からいただきもの。アイスだけはうちの自慢のを出しています」。ドーナツアイスクリーム。690円
『BIG BABY ICE CREAM』での毎回出塁間違いなしの頼れる一番打者は「ミルク」フレーバー。「個人的にも一番好き」。卵を使わず、砂糖ひかえめ、その分クリームを多めに入れたあっさりだけどコクのある味に仕上がっている。コーンかカップか選べる。値段は全フレーバー同じで、サイズごとにBABY 350 円/SINGLE 450円/DOUBLE 650円。

東京の“空席”だった、カッコいいアイス店。

2017年、ロンドンだった。大学3年になる時、1年休学。イギリスへ遊学していた。

「兄がNYに住んでいたことがあった。それなら僕はロンドンかなと」

そこに父と兄が遊びにきた。3人で気になる飲食店を巡った。『あそこの店、良かったね』『俺ならこうするけどな』『お、いいね!』。いつものようにまた盛り上がる兄弟の背中を、父が押した。『もう、店やっちゃいなよ』

「『どう?』と兄に声をかけたら2つ返事で『いいよ』と。ただ何の店をやるかは見えてなくて」

『アイスなんてどうだ?』

推したのは父だった。ちょうどプライベートでアイスづくりにハマっていたからだ。半分、冗談で言われた気がしたが、あとから考えると「アリだった」という。

一番人気はたっぷりのピスタチオが入ったこちら。「この値段でここまでピスタチオ感が出ているのは珍しい」
ゴルゴンゾーラチーズ×ミルクベースで、こってりとした美味しさ。ブラックペッパーが抜群の相性を見せます

「なぜか? アイス店って競合が少ないブルーオーシャンなんです。個人経営のカッコいい専門店が東京には少ない。夏と冬で売上が変わるし、そのくせ製造機が高く参入障壁が高いからでしょうね」

しかしブランドが出来上がれば、冬でも売れる確信があった。運命も後押しした。

「昔、横浜でこんにゃく店を経営していた祖父が、夏場だけアイスを売っていたことがわかった」

ルーツに導かれ「3世代のためのアイスクリームダイナー」のコンセプトは生まれた。続いてアイスを食べるときは子どもも大人も赤ちゃんのように無邪気になってほしい、という意味の店名『ビッグベイビー・アイスクリーム』も。

非常口のピクトもBIG BABY! 声に出して読みたくなる店名。「アイスを食べるときくらい、子供も大人も大きな赤ちゃんのように無邪気に楽しんでほしい」との願いを込めた。実際、園児からシニアまで、日々、老若男女のBIG BABYを集める

ベンチシートの3人の忘れられない新たな光景。

デザインはもちろん兄・健太郎さんが担当。ゴテゴテのアメリカンダイナーのデザインを入れなかったのは、兄弟の“らしさ”だ。

ショーケース横には子供の視界に入る場所に積み木が。「毎日、違う形に変わるのが楽しくて」

「いろんな店を見てきたからこそ、コピー&ペーストしたくなくて」

場所は横浜の地元民として馴染みにある東横線沿線で探した。そして肝心のアイス。とにかく試して、試食しまくったという。

「アイスは何をどれくらい混ぜるかで味が決まる。夜中まで厨房にこもって、もう本当に試してきたし今も試しています。基本は甘すぎないけれど、しっかりコクがある。小さな子どもたちからシニアの方たちが美味しい味にした」

こうして2018年、吉田兄弟の『ビッグベイビー・アイスクリーム』はオープンした。最初からうまくいったわけじゃない。「1日4人しかお客さんが来ない」なんて日もあった。

ブレイクスルーとなったのは「ブラウニーアイスクリーム」。知人が差し入れてくれたブラウニーにアイスをのせてみたら抜群に美味しかったことから生まれたメニューだ。これがSNSでバズり、「新丸子に美味しいアイス屋さんがある」「10種あるどれも美味しい。ゴルゴンゾーラなんてたまらない!」とファンの輪が広がった。

差し入れのブラウニーに、アイスをのせたら抜群に美味しくて生まれたブラウニーアイスクリーム。黒×白にチェリーの赤がバランスよく、SNSなどでバズり、多くのお客さんを集めるきっかけに。濃いめのブラウニーと、爽やかなアイスとベストマッチだ。720円
生チョコが入った下地に、バナナ、そして2種のアイスをのせ、さらに生クリームをたっぷりとかけた「バナナチョコサンデー」。レトロで素朴なな見た目ながらも、それぞれが自分の持ち味を最大限に引き出す絶妙のバランス。完全に計算されたものです。690円

そして今や新丸子を代表する名店で、東京のクラフトアイスのトップランナーと言っていい。今は目黒に『NOON』というレストランとカフェも出して多忙だが、吉田さんはなるべく『ビッグベイビー』のカウンターに立つ。だからココでも忘れられない瞬間がいくつか。L字型のベンチ。シニア女性と若いママ、小さな女の子が並んでアイスを食べていた。

「もしかして……と尋ねると、うなずきながら『はい。3世代です』と。めちゃくちゃうれしかった」

大きな赤ちゃんのような、めちゃくちゃに無邪気な顔で笑った。

吉田兄弟の次の一手はニューアジアンスタンダード&カフェ。

尊敬する山本宇一氏を見習い、別の業態5店舗をつくる予定の吉田ブラザーズ。2020年と21年にすでに目黒オープンさせたのがニューアジアンスタンダードと銘打ったレストラン『NOON』(写真上)と、カフェ『PARLOR NOON』(写真下)。1階と2階で別業態だが、『BIG BABY〜』のアイスを使ったメニューも楽しめる。東京都品川区上大崎4-3-7 1/2階

【DATA】
BIG BABY ICE CREAM
神奈川県川崎市中原区新丸子東1-829
TEL044-750-9080
営業/12:00〜21:00
休み/水曜(夏季のみ)
https://www.bigbabyicecream.com/

※情報は取材当時のものです。

(出典/「Lightning2023年9月号 Vol.353」)

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