年齢、性別、職業関係ない。誰とでも仲良くなれるのが横丁のいいところ。
東京・足立区北千住。都心へのアクセスも良く、いまや若者にも人気の街となった北千住だが、駅周辺には、昭和から取り残されたような飲み屋街が広がる。「飲み屋横丁」の愛称で人々に愛されるそのエリアは、昭和から続く老舗から今流行りの〝バル〟まで、あらゆる種類の飲み屋を揃える、東京有数の横丁だ。 そんな北千住にファクトリーを構えるレザーブランド「天神ワークス」に職人として勤める鬼木さんは、連日〝飲み横〟で飲み歩く常連のひとり。
「俺自身、北千住の出身なので、飲み横の存在は昔から知ってはいました。でも、飲み横で飲み始めたのは、実はここ7年くらいなんです」
レザー業界に入ったのが8年前、それ以前は渋谷のアパレルブランドに身を置いていた。
「あの頃は渋谷でばかり飲んでましたね。みんなでわぁわぁ騒いで、その後はクラブに流れる。当時の定番コースでした」と笑う。
そんな話をしながら、彼はずんずんと飲み横を進んでいく。その歩き方に、全く迷いがない。他の店に気を取られることもなく、本日一軒目の串揚げの名店、天七の暖簾をくぐる。
「ここで同級生が働いているんですよ」と話しながら、客で賑わう店内に自分の居場所を見つけ、まずは生ビールを注文する。
「この店、いつも混んでるんですよ。今日はすんなり入れてラッキーです。あ、ここはキャベツ食い放題なんですよ。食物繊維を補給しなきゃ」と、慣れた手つきでキャベツをソースにつけ、口に運ぶ。
「カウンターのみで隣の人との距離も近いこの店の雰囲気が好きなんですよ。隣の人の会話が耳に入ってきて、しゃべりかけることも多いですね。ここではそれが当たり前。横丁には、知らない人とのコミュニケーションが始まるきっかけが溢れているんです」
渋谷で飲んでいた時は、ナンパでしか話しかけたことはなかったと笑う鬼木さん。この「人と人とが繋がる感覚」が、横丁の魅力だという。
「横丁で知り合って、友達になった奴もいっぱいいます。ここでは、年齢とか職業、国籍なんか、全く関係ありません。たまたま知らない人間同士が、同じ時間、同じ場所で飲んでいた。それだけなんです。それ以上の理由なんていらないでしょ? お酒の力も手伝って、会話が生まれて仲良くなって、楽しい時間を過ごす。こんな楽しい場所で、ひとりカッコつけてても、逆にダサい」
渋谷で騒いでいた頃と今を比べ、変に〝武装〟しなくなったと話す鬼木さん。あの頃は、友達と飲んでいても、どこかカッコをつけている自分がいた。
「自分が歳をとったというのもあるのかもしれませんが、変に気取ることがなくなりました。それを教えてくれたのも、ここ横丁です。仕事終わりに、素の自分に戻って、いろんな人との会話を楽 しみながら酒を飲む。この時間が、いちばん自分らしくいられて、リラックスできる時間なんです」
天七で小腹を満たし、アガリコ餃子楼でアツアツの餃子を頬張った後、鬼木さんは次なる行きつけへ。
「北千住の飲み屋横丁のラインナップは、本当に素晴らしいんです。古くからの老舗もあれば、新しい店もあるし、洋食バルなんかもちらほら見かけます。ほんと、食べたいものは何でもありますよ。言ってみれば、昭和時代から続く、 贅沢なフードコートみたいなもんかな?」
軒の店に長っ尻するのは、粋じゃないし、それ以前にもったいない。いろいろ河岸を変えて飲み歩くのが、鬼木さんが横丁で学んだ流儀なのだという。
「だって、こんなにたくさんの飲み屋が並んでるんですよ? いろいろ飲み食いしないと損でしょ」と笑う。
都内でハシゴ酒というと、なかなか近くにいい店がなく、1軒目の後に、かなりの距離を歩いたり、タクシーに乗ったりして2軒目へと移動することが多いが、横丁では、ほんの数十メートルの移動で、すぐに2軒目に到着する。文字通り、ハシゴを一段一段上るように、軽やかなハシゴ酒が可能だ。
本日の3軒目は、燻製料理を味わいながらお酒が飲める「いぶし 燻」。そこへ、鬼木さんの友人である瀬谷友裕さんと田真行さんが合流した。瀬谷さんはTシャツなどのシルクスクリーンのプリントを手掛け、田さんはデニムブランドに勤務し、デニムのカスタマイズを担当しているデザイナー。レザー、デニム、プリントとジャンルは違えど、ファッション業界に携わる者同士、ファッション談議に花が咲く。
「横丁で飲んでると、いろんな仲間が自然と集まったりするんですよね。友達から電話がかかってきて『どこで飲んでるの?』『この前の店だよ』『じゃあ今から行く』みたいな。その友達が、新しい奴を連れてきたりして、また友達になっていく。これも横丁の〝引力〟なんじゃないかなと思うんです。横丁に引き寄せられて人が集まり、その輪が広がっていく感じ。だからますます北千住から出なくなっちゃう(笑)」
気づいたら、仲間がひとり増えふたり増え、いつの間にやら大所帯へ。その中には、鬼木さんの上司である天神ワークス代表・高木さんの姿もあった。友達、会社の後輩、会社の先輩同士が、何の垣根もなくわいわい飲む。その瞬間は、難しい理屈もヒエラルキーも、なにもない。あるのは酒と旨い肴と楽しい会話だけ。
「酒を飲んでウサを晴らす」という言葉がこの国にはあるが、横丁のこんなに楽しい酒の飲み方を世のすべてのサラリーマンが知っていたなら、誰も上司の悪口を言いながら飲むなんてつまらないことは、やめるに違いない。
この日は、偶然にも鬼木さんの32歳の誕生日。最後に行った行きつけの「大国ホルモン」では、なんとボトル酒のバースデープレゼントが待っていた。横丁でつながる人の輪と人情。鬼木さんが北千住を飲み歩く理由がわかった気がする。
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