【北千住・飲み屋横丁】天神ワークス・鬼木祐輔さんが横丁に向かう理由。

いま、感度の高い業界人やクリエイターから密かに注目を集める場所、横丁。小綺麗で洒落たカフェではなく、なぜ彼らは猥雑な横丁へと足を運ぶのか。「天神ワークス」クラフトマン兼プレスの鬼木祐輔さんは地元である北千住で働き、そのあとは飲み屋横丁で飲み歩く。年齢や職業を問わず誰とでも仲良くなれるという“飲み横”の魅力を知るべく同行させてもらった。

「天神ワークス」鬼木祐輔さん|1987年生まれ、北千住出身。8年前にアパレルブランドから栃木レザーの販売代理店である和宏に転職し、レザー業界でのキャリアをスタートさせる。6年半前に系列会社である天神ワークスに入社。現在、クラフトマン兼プレスとして活躍中

年齢、性別、職業関係ない。誰とでも仲良くなれるのが横丁のいいところ。

「昔は都心へのあこがれが強くて、北千住には何の興味もなかったんです」と鬼木さん。今やすっかり北千住に魅了され、毎日のように飲み横で飲み歩いている。いまでは、渋谷のアパレル時代にクラブイベントなどで繋がった仲間たちが、この横丁に惹きつけられ、みな北千住へと訪れるようになったという

東京・足立区北千住。都心へのアクセスも良く、いまや若者にも人気の街となった北千住だが、駅周辺には、昭和から取り残されたような飲み屋街が広がる。「飲み屋横丁」の愛称で人々に愛されるそのエリアは、昭和から続く老舗から今流行りの〝バル〟まで、あらゆる種類の飲み屋を揃える、東京有数の横丁だ。 そんな北千住にファクトリーを構えるレザーブランド「天神ワークス」に職人として勤める鬼木さんは、連日〝飲み横〟で飲み歩く常連のひとり。

「俺自身、北千住の出身なので、飲み横の存在は昔から知ってはいました。でも、飲み横で飲み始めたのは、実はここ7年くらいなんです」

レザー業界に入ったのが8年前、それ以前は渋谷のアパレルブランドに身を置いていた。

「あの頃は渋谷でばかり飲んでましたね。みんなでわぁわぁ騒いで、その後はクラブに流れる。当時の定番コースでした」と笑う。

そんな話をしながら、彼はずんずんと飲み横を進んでいく。その歩き方に、全く迷いがない。他の店に気を取られることもなく、本日一軒目の串揚げの名店、天七の暖簾をくぐる。

「ここで同級生が働いているんですよ」と話しながら、客で賑わう店内に自分の居場所を見つけ、まずは生ビールを注文する。

「この店、いつも混んでるんですよ。今日はすんなり入れてラッキーです。あ、ここはキャベツ食い放題なんですよ。食物繊維を補給しなきゃ」と、慣れた手つきでキャベツをソースにつけ、口に運ぶ。

「カウンターのみで隣の人との距離も近いこの店の雰囲気が好きなんですよ。隣の人の会話が耳に入ってきて、しゃべりかけることも多いですね。ここではそれが当たり前。横丁には、知らない人とのコミュニケーションが始まるきっかけが溢れているんです」

渋谷で飲んでいた時は、ナンパでしか話しかけたことはなかったと笑う鬼木さん。この「人と人とが繋がる感覚」が、横丁の魅力だという。

「横丁で知り合って、友達になった奴もいっぱいいます。ここでは、年齢とか職業、国籍なんか、全く関係ありません。たまたま知らない人間同士が、同じ時間、同じ場所で飲んでいた。それだけなんです。それ以上の理由なんていらないでしょ? お酒の力も手伝って、会話が生まれて仲良くなって、楽しい時間を過ごす。こんな楽しい場所で、ひとりカッコつけてても、逆にダサい」

渋谷で騒いでいた頃と今を比べ、変に〝武装〟しなくなったと話す鬼木さん。あの頃は、友達と飲んでいても、どこかカッコをつけている自分がいた。

「自分が歳をとったというのもあるのかもしれませんが、変に気取ることがなくなりました。それを教えてくれたのも、ここ横丁です。仕事終わりに、素の自分に戻って、いろんな人との会話を楽 しみながら酒を飲む。この時間が、いちばん自分らしくいられて、リラックスできる時間なんです」

天七で小腹を満たし、アガリコ餃子楼でアツアツの餃子を頬張った後、鬼木さんは次なる行きつけへ。

「北千住の飲み屋横丁のラインナップは、本当に素晴らしいんです。古くからの老舗もあれば、新しい店もあるし、洋食バルなんかもちらほら見かけます。ほんと、食べたいものは何でもありますよ。言ってみれば、昭和時代から続く、 贅沢なフードコートみたいなもんかな?」

軒の店に長っ尻するのは、粋じゃないし、それ以前にもったいない。いろいろ河岸を変えて飲み歩くのが、鬼木さんが横丁で学んだ流儀なのだという。

「だって、こんなにたくさんの飲み屋が並んでるんですよ? いろいろ飲み食いしないと損でしょ」と笑う。

都内でハシゴ酒というと、なかなか近くにいい店がなく、1軒目の後に、かなりの距離を歩いたり、タクシーに乗ったりして2軒目へと移動することが多いが、横丁では、ほんの数十メートルの移動で、すぐに2軒目に到着する。文字通り、ハシゴを一段一段上るように、軽やかなハシゴ酒が可能だ。

本日の3軒目は、燻製料理を味わいながらお酒が飲める「いぶし 燻」。そこへ、鬼木さんの友人である瀬谷友裕さんと田真行さんが合流した。瀬谷さんはTシャツなどのシルクスクリーンのプリントを手掛け、田さんはデニムブランドに勤務し、デニムのカスタマイズを担当しているデザイナー。レザー、デニム、プリントとジャンルは違えど、ファッション業界に携わる者同士、ファッション談議に花が咲く。

「横丁で飲んでると、いろんな仲間が自然と集まったりするんですよね。友達から電話がかかってきて『どこで飲んでるの?』『この前の店だよ』『じゃあ今から行く』みたいな。その友達が、新しい奴を連れてきたりして、また友達になっていく。これも横丁の〝引力〟なんじゃないかなと思うんです。横丁に引き寄せられて人が集まり、その輪が広がっていく感じ。だからますます北千住から出なくなっちゃう()

気づいたら、仲間がひとり増えふたり増え、いつの間にやら大所帯へ。その中には、鬼木さんの上司である天神ワークス代表・高木さんの姿もあった。友達、会社の後輩、会社の先輩同士が、何の垣根もなくわいわい飲む。その瞬間は、難しい理屈もヒエラルキーも、なにもない。あるのは酒と旨い肴と楽しい会話だけ。

「酒を飲んでウサを晴らす」という言葉がこの国にはあるが、横丁のこんなに楽しい酒の飲み方を世のすべてのサラリーマンが知っていたなら、誰も上司の悪口を言いながら飲むなんてつまらないことは、やめるに違いない。

この日は、偶然にも鬼木さんの32歳の誕生日。最後に行った行きつけの「大国ホルモン」では、なんとボトル酒のバースデープレゼントが待っていた。横丁でつながる人の輪と人情。鬼木さんが北千住を飲み歩く理由がわかった気がする。

この記事を書いた人
モヒカン小川
この記事を書いた人

モヒカン小川

革ジャンの伝道師

幼少期の革ジャンとの出会いをきっかけにアメカジファッションにハマる。特にレザー、ミリタリーの知識は編集部随一を誇り、革ジャンについては業界でも知られた存在である。トレードマークのモヒカンは、やめ時を見失っているらしい。
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