「HIGH LARGE LEATHERS」代表・山﨑佳克氏
レザーファンなら知らぬ者はいないFINE CREEK LEATHERSの代表も務める。日々、革の可能性を追求する姿勢は、まさに「革の求道者」と呼ぶに相応しい。
アメリカンヘリテージが、日本古来の技法を纏い、いま蘇る。
あれは事件だった。2015年に彗星の如く登場し、アメリカンカジュアル界に旋風を巻き起こしたレザーブランド、HIGH LARGE LEATHERS。往年のデニムジャケットの意匠をレザーに落とし込みつつ、ライダースジャケットのパターンを採用し、ワーク然としながらもスタイリッシュにモディファイされた彼らのプロダクツは、レザーラバー達の心を瞬時に捉え、アメリカンカジュアル界に空前の「Gジャンタイプ」ブームを巻き起こしたのだ。
フルベジタブルタンニン鞣し・アニリン仕上げの馬革を用い、着込むほどに美しい茶芯が現れ、いままでにない〝馬革体験〞を楽しめる革ジャン。特に、ファーストタイプをトレースした「OKLAHOMA CITY」は、レザーファンのみならず、ヴィンテージファンをも魅了し、世界中の愛好家から熱い視線を注がれることになる。しかし、そんな勢いを尻目に、HIGH LARGE LEATHERSは急に動きを潜めてしまう。ブランドを立ち上げた代表の山﨑佳克氏は、当時を振り返りながら、こう語る。
「あの頃は、右も左もわからずに大変でした(笑)。スタイリストの経験はあったのですが、服飾業界での経験がなかったため、それこそ一から勉強する毎日でした。その後、いろんな準備が完了し、自社ファクトリーを立ち上げるタイミングで、新ブランド『FINE CREEK LEATHERS』を立ち上げたんです」
その後のFINE CREEK LEATHERSの活躍は、レザーラバーなら知らぬ者はいないだろう。いまや世界中にファンを持ち、日本を代表するレザーブランドへと成長を遂げたのは周知のとおり。しかし、そんな中でもHIGH LARGE LEATHERSの存在は、頭のどこかに絶えずあったという。いつかは、自分の原点であるHIGH LARGE LEATHERSを復活させたい。そして、いままで誰も見たこともないようなスペシャルなモデルを作りたい。
「今までは、毎年世界を回って各国のディーラーに顔を出していたんですが、このコロナ禍でそれも出来なくなりました。いろいろ考えましたね。海外で待つファンのために、HIGH LARGE LEATHERSでなにか出来ないだろうか、と」
ある日のこと。山﨑氏が家族で奄美大島を訪れた時に、偶然立ち寄った染色工房「金井工芸」。この偶然が、HIGH LARGE LEATHERS復活のきっかけになるとは、誰が予想しえただろうか。
金井工芸は、奄美大島に古くから伝わる伝統技法「泥染め」を行う工房。ちなみに泥染めとは、その名の通り泥を使って染める技法で、正倉院の書物にも記されているほど、その歴史は古い。世界三大織物に数えられている奄美大島の工芸品「大島紬」に用いられている技法、といえばピンとくるだろうか。車輪梅という植物を煮出した液でまず染色することで生地や糸にタンニンを染み込ませ、その後、泥の中に入れていく。奄美大島の土壌は鉄分を多く含んでいるため、泥の鉄分とタンニンが化学変化を起こし、黒く変化していくのだ。天然由来の草木で黒色を出すのは非常に難しいため、昔から重宝されてきた技法だ。
金井工芸を訪れた山﨑氏は、その泥染めを目の当たりにする。あまりに原始的で力強い手法、美しい仕上がり。思わず、金井工芸の2代目である金井志人(ゆきひと)氏にこう尋ねたという。「これ、革も染められますか?」すると金井氏から、間髪入れずに次の返事が返ってきた。「もちろん出来ますよ」
この瞬間に、漠然と頭の片隅にあったHIGH LARGE LEATHERSのイメージが、パズルのピースがはまっていくように形になった。
「これだ! と思いました。日本の伝統技法を取り入れて、ジャパンメイドでしか作れないプロダクトを作ろう、そう思ったんです。1300年の歴史を持つ泥染めで染めた革を、僕の好きなアメリカンヘリテージへと昇華させていく。HIGH LARGE LEATHERSの方向性が見えました」
HIGH LARGE LEATHERS復活の第一弾となるモデルに選んだのは、かつて一世を風靡したGジャンタイプ「OKLAHOMA CITY」だった。Gジャンタイプだけに、いつかは藍染めの革を使いたいと思っていたという山﨑氏。しかし、ただ青いだけの革は作りたくなかったという。デニムのような、深い色合いの青を出したい。そこで金井氏と相談し、まず藍で染め、その後に泥染めで黒味を足していく「藍泥」という手法を使った。一見、黒っぽい色に見えるが、光が当たると深海のような奥行きを感じさせる青。HIGH LARGE LEATHERSの新たなる定番が誕生した瞬間だった。
日本に古来より伝わる伝統技法とアメリカンヘリテージの邂逅。HIGH LARGE LEATHERSの復活は、まさしく事件である。
奄美大島に伝わる伝統技法、それが「泥染め」。
HIGH LARGE LEATHERSのOKLAHOMA CITYには、「藍泥」という手法が用いられている。これは、まず下地として革を藍で染め、その後に「泥染め」という技法を使って染め上げていくというもの。「泥染め」とは鹿児島県奄美大島に伝わる伝統技法で、世界三大織物に数えられる大島紬にも使われる手法だ。
正倉院の書物の中にも記述があるほどその歴史は古く、約1300年前にはすでに奄美大島で文化として根付いていたことが伺える。OKLAHOMA CITYの染色を行うのは、奄美伝統の泥染めを今に伝える金井工芸。先人たちの叡智から生まれた、すべて天然由来の染色技法を目撃せよ。
昭和52年創業の金井工芸。敷地内には泥染めを行う天然の染め場「泥田」がある。奄美大島の土壌には鉄分が多く含まれており、タンニンとの化学反応によって染めていくのが「泥染め」なのだ。かつては奄美大島には100軒近くの泥染め工房があったが、着物の需要の減少と共に数が減り、現在では金井工芸を含め、数軒を残すのみとなっている。
OKLAHOMA CITYに使用される革は、フルベジタブルタンニン鞣しが施された2.3㎜という厚手の馬革が使われる。通常は織物に用いられる泥染めだが、レザーでもしっかりと染めることができるという。
まずは下地として天然藍で染めていく。OKLAHOMA CITYの場合は、色素の多いインド藍を使用しているが、金井工芸では、他に琉球藍を使うこともあるという。タンカラーの馬革が、藍に浸されていく。
藍染液の入った藍甕の中で4~5分ほど革をゆっくり泳がせて、革に藍を浸透させていく。甕から引き上げると、最初は緑色だった革が空気に触れることで酸化し、青くなっていく。15~20分ほどで酸化が完了する。
藍甕から革を取り出し、革を乾かしていく。酸化することで美しい藍色と変化していく。OKLAHOMA CITYの場合は、深い藍色を出すために10数回藍染めを繰り返し、次の工程へと進んでいく。
次はいよいよ泥染めの工程へと進んでいく。地元で“テーチ木” と呼ばれる車輪梅の木をチップ状にし、大きな鉄籠に入れて工場内の巨大な窯で2日間ほど煮出していく。その煮汁を数日間かけて冷まし、泥染めの染料(テーチ木染料)を作っていく。煮出した車輪梅は、そのまま煮出す際の燃料として使用される。車輪梅は奄美大島に自生するバラ科の常緑樹で、非常に硬く垣根として使われることも多い。
車輪梅を煮出したテーチ木染料を別の容器に移し、そこに藍染めした革を入れて足で踏むことで染み込ませていく。こうすることで、革にタンニンが入っていく。10回ほどテーチ木染料で染め、その後1回泥で染め、またテーチ木で10回程度染め、その後泥染めをし……この工程を最低2往復行う。非常に手間のかかる作業なのだ。
テーチ木染料で染めることでタンニンを含んだ革を、工房裏手の「泥田」と呼ばれる天然の染め場に運び、泥染めの工程を行う。この泥には鉄分が多く含まれており、タンニンと鉄分が化学反応を起こすことで、黒っぽくなっていくのだ。まず、革に水分を吸わせ、柔らかくしつつ泥に入れていく。革の中まで泥を吸わせるように揉みこみ、5~10分寝かせ、その後、泥の跡が残らないように軽く洗い流す。水分を含んだ革は非常に重いため、力任せに作業を行うと体を痛めてしまう。そのため、体の使い方には気を使うという。奄美大島の泥は粒子が細かく滑らかではあるが、革表面に傷を付けないよう細心の注意を払いながら作業を行う。
革に付いた泥の粒子を、川で洗い流していく。ここは奄美大島の龍郷町を流れる戸口川の上流で、地元の人には“ナンゴの川” と呼ばれている。天然記念物であるリュウキュウアユも生息する清流だ。染めの工程をすべて天然由来で行っているため、川で洗うことができるのだ。
泥染めを施した後、革を乾燥させ、金井工芸での作業は終了。その後、その革をタンナーに戻し、抜けてしまった油脂分を革に入れていく。こうして出来上がった革は、デニムのような深い藍色をたたえている。
HIGH LARGE LEATHERS代表・山﨑佳克氏(右)と、金井工芸の二代目・金井志人(ゆきひと)氏(左)。このOKLAHOMA CITYの藍泥染めの馬革は、この二人の男の邂逅から始まった。革の可能性を追求する山﨑氏の熱情と、伝統工芸の枠に縛られることなく新たな挑戦を続ける金井氏の想い、このふたつが化学反応を起こし、馬革に泥染めを施すという前代未聞の挑戦を成功させたのだ。
こちらが完成したHIGH LARGE LEATHERS / OKLA HOMA CITY[ Indigo-Mud Dye]。藍染めだけでは実現しえなかった深い色味が印象的だ。HIGH LARGE LEATHERSの新たなるチャレンジに、目が離せない。
HIGH LARGE LEATHERS OKLAHOMA CITY AGING SAMPLE
OKLAHOMA CITY [Indigo-Mud Dye]
フルベジタブルタンニンで鞣した2.3㎜という肉厚の馬革を、奄美大島の手法「藍泥」で仕上げた珠玉の1着。まず下地として藍染めを10数回繰り返し、その後に車輪梅を煮出した「テーチ木染料」で10回ほど染め、その後に奄美伝統の「泥染め」を施し、また10回程度「テーチ木染料」で染め、また「泥染め」……と非常に手の込んだ工程を経て作られている。泥染め特有の黒味が足された藍色は、唯一無二の存在感を放つ。¥449,900_
OKLAHOMA CITY [Anilline Dye]
こちらはベジタブルタンニン鞣し・アニリン染料で仕上げた2.3㎜の馬革を採用したモデル。茶芯仕様で、着込むほどにうっすらと地のブラウンが出現する。前頁の藍泥モデル、そしてこのアニリンモデルともに、ファーストタイプのデニムジャケットのデザインモチーフに、パターンを徹底的に見直すことで美しいシルエットを実現した。特に袖付けなどはライダースジャケットのパターンを採用し、運動性も高めている。¥199,980_
【問い合わせ】
MASPHALTO
Tel.03-6383-4006
http://www.masphalto.jp/
※情報は取材当時のものです。現在取り扱っていない場合があります。
(出典/「CLUTCH2022年2月号 Vol.83」)
Photo by Norihito Suzuki 鈴木規仁 Text by Takahiro Ogawa 小川高寛
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