
小さい頃、祖母の手の皺がすごく好きだったんです。そういう心から綺麗だって思った感覚を大切にしたいです

新人アーティストの登竜門とされる、「岡本太郎現代芸術賞(TARO賞)」の会場でひときわ目を引いた、笑顔の女性の巨大なポートレート。大岩美葉さんは、版木を焼き、削ることで木目を出すという特徴的な技法でこの作品を制作した。皮膚に刻まれた皺を起点として、時間の痕跡を可視化することを目指しているという大岩さんの作品には、人間の温かさとユーモアが見え隠れする。TARO賞入選作や、個展で発表された最新作の話から、独自の技法に込められた思いを辿る。
──美術に関心を持ったきっかけを教えてください。
小さい頃から絵を描くのが好きで、ひとり遊びといえば絵を描くことでした。祖父が本当は美術をやりたかったけど親に反対されてできなかった人で、私が絵を描くことを応援してくれたんです。絵画教室にも通ってましたし、自然と美術が好きになっていきました。
──多摩美術大学の版画専攻に進学した理由は?
現役のときは予備校の先生からグラフィックデザイン科を薦められて受験したんですが、ずっと違和感があって。結局落ちて、でも多摩美に行きたかったから浪人したんですね。その途中で、私がやりたいのってグラフィックデザインじゃないなと気づき、先生に相談したら「版画科があるよ」と教えてもらったんです。小学校の授業でやった版画が楽しかった記憶があり、版画科っていい響きだなって思って翌年入学しました。
──大学ではリトグラフを専攻されていたそうですね。
2年生で専攻を選ぶんですが木版や銅版の定員がいっぱいで。木版をやりたい気持ちもあったのですが、出席率の悪かった私には、リトグラフしか空いてなかったんです。それでリトグラフか留年かの二択を迫られて。留年は嫌だったのでリトグラフを選びました。
──卒業制作の作品《生老美思》(2018)では、ご祖父母がモデルとなっており、以降の作品にも頻繁に登場しますね。
《生老美思》を彫ってる時に、祖父母の顔の皺と木版の相性が、ピーンってあったんですね。これだ!とすごくしっくりきて。そこから自然と祖父母の皮膚の皺にフォーカスするようになりました。小さい頃から、おばあちゃんの手の皺を触ってるのがすごく好きだったんです。そういう子どものいいなって思う感覚って、心から綺麗だって感じたんだと思うし、大切にしたいですね。皺は綺麗だけどグロテスクでもあって、そのまま生きた証が表れるってすごいなって思います。
──《生老美思》は、リトグラフと木版画の技法を使われているのも特徴です。
やっぱり木版をやりたいという気持ちがずっとあったので、最後の卒業制作で初めて2つの技法を混ぜた作品を作りました。「ベタ版」という線の版だけ木版で作り、色の部分はリトグラフで刷りました。この作品は各大学から推薦された学生による「大学版画展」にも推薦していただき、優秀賞をいただいて。町田市立国際版画美術館に所蔵されました。その時に、自分がやりたいことや、いいと思ったことが初めて評価に繋がった感覚があって。それまでは、何を作りたいのかがわからなくて遊びながら制作してた感覚だったんですが、卒業制作でもっと作品を作りたいっていう気持ちが明確になりました。
──「老い」をポジティブなものとして捉えているのも印象的です。
それも祖父の影響が大きいです。誕生日になると「36歳だ」とか言って、老いたという感覚が全然ない。ずっと学び続けて、筋トレもして、年齢を理由になにか辞めるということが一度もない人でした。そういう姿をずっと見てたので、老いって自分の気の持ちようだなと思うようになりました。子どもの頃は「成長」と言われるのに、どこから「老い」に変換されるんだろうとも思うし、祖父母もずっと成長を続けていたんだと思うんです。それを近くで見てきて、あ、この状態がなんかかっこいいなって思ったんです。