カートゥーンアニメーションや漫画の表現から唯一無二の成果を生み出す美術家、陶芸家の宮下サトシの創作の根源

漫画やカートゥーンアニメーションを発想源に、陶芸という枠組みにとらわれないビビッドな印象の作品で知られる美術家・陶芸家の宮下サトシさん。その作品は、愛らしさとともにシュールさも持ち合わせ、観客を独自の世界に引き込んでいく。11月に新たな展示を開催した宮下さんに、ユニークな作品世界の描き方と、創作と真摯に向き合うための秘訣を聞いた。

宮下サトシ|美術家・陶芸家。1992年東京都生まれ。2016年多摩美術大学工芸学科陶専攻卒業。2017年アートアニメーションのちいさな学校卒業。幼少時に見ていたアメリカの古いアニメーションや、漫画から発想された陶芸作品を主軸にした作品を制作。国内外での多数のグループ展や個展のほか、NIKEなど企業とのコラボレーションも発表。20230年11月に伊勢丹新宿店2Fにて個展を開催した

「役に立たないものを大切にすることを忘れないように」

砂漠のおにぎりとピカソ(2014)

—— 宮下さんが陶芸家を目指したきっかけはなんだったのでしょうか?

もともと警察官を志して法学部に通っていたのですが、漫画を描いていた兄の影響や、子どもの頃から絵や工作が好きだったこともあり、表現することを仕事にしたいと思い大学を辞めて美術予備校に通うことにしました。最初は陶芸とは決めずただ漠然と美術に携わりたいと考えていたのですが、予備校に通うなかで自分がやりたかったことを振り返ったとき、子どもの頃にずっと粘土工作の本を読んでいたことを思い出したんです。

それと、高校からやっていたラグビーを引退した直後だったせいか、静かに座って線を引くといった受験のための作業をすることができなくて。身体が自然に動いたり、立ち上がって散歩しに行っちゃったり。それで先生にもっと身体を使ってわーっとやりたいんですと相談して、粘土を勧めてもらったのがきっかけですね。

—— 美術大学へ進んでからすぐに陶芸を始めたのですか?

多摩美術大学の工芸学科に入学したのですが、工芸学科では最初の一年間はガラスと金属と陶芸を学ぶんです。金属の造形や、ガラスの積層を磨く工程も体験しましたね。ガラスをサンダーで磨いてるときに破片が飛んできて顔を怪我したこともありました(笑)。

一年色々やってみて、粘土のぐにぐに作っていける感じがやっぱり面白く、陶芸を志望しました。焼成などで完成まですごく時間がかかるという面では焦ることもあるんですが、瞬発力や身体を使って作れるので、陶芸が見つかってとても良かったなと思っています。

—— 宮下さんの陶芸家としてのデビュー作と言える作品について教えていただけますか。

大学2年生のときに作った『砂漠のおにぎりとピカソ』という作品です。完成したとき、これなら自分は作品を作り続けていけると思いました。この作品は、北野武監督の『アキレスと亀』(2008)という映画の劇中で、美術を学んでいる青年に対しておでん屋の主人が放つ台詞「芸術なんてまやかしだ」「アフリカで飢えている子供の前におにぎりとピカソの絵を置いたら、誰だっておにぎりを取る」というエピソードが元になっています。僕の勘違いでタイトルはアフリカでなく砂漠になったのですが、その青年が「それでも俺はピカソを取る」と言っていたのが印象的で、作品に落とし込みました。

メルヘン的なイメージとしては、お腹をすかせた人にお茶碗のゾウがご飯を届けに行くんですが、工芸の文脈としてはこれは茶碗の役割を果たさないので、不能なものの象徴なんです。ゾウ自身もメタ的にそれを理解しているので、苦しそうな表情をしているし、不能のメタファーとして鼻も垂れています。

砂漠のおにぎりとピカソ(2014) 宮下さんが「これで作り続けていけると思った」と話す、大学2年時の作品。映画『アキレスと亀』のエピソードをもとにしており、芸術の価値の有無や、アーティストを志す自信の立ち位置を見直すきっかけになった

—— たしかに、茶碗の形をしているけれど彫刻作品としても見られるような作品ですね。

当時、東日本大震災があって、美術が人の役に立つかということや、本当に困っている人がいるなかで美術をしていていいのかという不安がすごくあったんです。でも、これを作ったら抜け出せたんですね。もちろん「これがみんなを救うものです」というテーマを掲げたところで実際に救えるわけではないけれど、美術が役に立たないものであるという自覚を忘れないようにしようと思いました。ここに立ち戻って考えることを今も大切にしていますね。

—— 作家としての原点とも言える作品ですね。陶芸を学んだ後に、アニメーションの学校へも通われていたとお聞きしました。クレイアニメーションの映像作品『parade』も過去に発表されていますね。

大学を出てからだんだんと、ひとつだけで完結しない物語性や時間軸を作品に持たせたいと思いはじめました。それから、焼成しなくても作品として成立するものを作りたいと思ってクレイアニメーションを学べる学校に入りました。『parade』はその頃に課題で共同制作した作品です。

parade(2017) 1930年代に生まれたマルチプレーンという技法を用いたクレイアニメーション作品。「途中で人の手が出てきたりとメタ的な視点も入れて、リアルと虚構の混交が面白いなと思って投影しました」

入学したきっかけは色々ですが、自分の作品をアニメイトすることで、自分のキャラクターが生きているように動いているのを見たかったというのが一番の理由ですね。一年間だけでしたが、そこでコマ撮りの基礎などいろいろなことを教えていただきました。なかなか手が出せないけど、またアニメーションで学んだことを交えた陶芸作品を作りたいという野望がありますね。

「ここには無いけれど確かにあった一瞬に愛を感じるんです」

パンチが壺にめり込む代表的なシリーズ「eternal moment」より。制作テーマの「変化のなかでの一瞬をとらえること」を象徴する作品となっている

—— アニメーション以外に影響を受けたアーティストや、好きな作品はありますか?

特にサルバドール・ダリやマックス・エルンストなどのシュルレアリスムの作品に影響を受けました。グロテスクさや物がメタモルフォーゼしていく快感、時間間隔の変容、痛々しさ。そういう皮肉や暴力性は、カートゥーンにも通ずると思いました。好きなアーティストは山程いますが、粘土やクリスタルなど様々な素材を使って人体をテーマに作っているデイヴィッド・アルトメイドという彫刻家の作品が好きです。

すごく技術力があるけどあえて手の痕跡が見えるような彫刻で、触覚的な気持ち悪さを感覚的に残して、人の体なんだけどただの粘土の塊なんだよということを言わんとしているのかなと。暴力的だけど不思議と愛みたいなものも感じます。

slapstick(2023) 完成形を決めずドローイングのような感覚で制作された。今年4月の個展で発表。漫画やカートゥーンのドタバタ劇(slapstick)のイメージや、アニメの煙の表現を取り入れ、不確定な刹那を表している

—— 他者の作品を見る際はどういったところに惹かれますか?

めちゃくちゃ技術があるのに、それすら捨てようとする人が好きです。僕は例えばすごくリアルな作品とか、これすごいなと思ったら自分でも作ってみたいなと思ってしまうんですが、他人が突き詰めて極めてきたものを、そんな思いつきでやってはいけないぞと、引っ張られないようにしてて。僕は僕が引き受けてきたことと、まだ見せられていない情念みたいなものをもっと噛み砕いて積み重ねた上で創造していかないといけないと思っています。

—— アーティストのなかには、吸収しすぎないようにあえて展覧会に行かないという人もいますね。

展覧会もそうなんですが、今は情報の多さによって、何かを見て簡単に吸収したり達成した気になってしまう怖さがある時代だと思うんです。SNSを見ていても、例えば他人の作品から受けた感動を、自分自身が何か成し遂げたように錯覚してしまうということがあるんじゃないかと。

それはモチベーションにつながるという良い面もあるんですが、静かに自分と対話しなくちゃいけないときに、無意識に他人と比べてしまったりとか、自分の内面で収縮しないといけないのに外に拡散してしまうというような、良くない面もある。なので、そうならないよう気をつけています。

Pariacci’s Mind Wandering / パリアッチのさまよう思考(2023) 『slapstick』と同様に完成を決めず、ほぼ無作為に積み上げた形を顔に見立ててピエロの表情が描かれている。モチーフとなっている思考が散らかった状態のピエロは複数の複雑な顔を持つ。自身の現在の心境を素直に反映した自画像のような作品だと言う

—— 宮下さんご自身は、鑑賞者にどういうふうに作品を見てほしいと思いますか?

どうとらえてほしいのか、まだ自分でわかっていないところもありますが、お客さんから部屋に作品を飾ってくれている写真をいただくと、自分の手を離れて別の解釈が与えられていくことがわかって素直に嬉しいです。また、正直に言うと、今は絵本を描きたいと思っています。自分が過去に救われたものが物語なので。自らをどこまでさらけ出せるか、どんな表現に属しているのかに関係しているんですが、言葉には言葉にしか伝わらない領域があると思うので、そういうものと立体作品でやっていることが真摯に結びついていくといいなと思います。

—— 最後に、宮下さんが作品を作り発表するうえで、大切にしていることを教えてください。

僕が時間のなかの一瞬やアニメーション的なものをテーマにしているのは、何かから何かに変わろうとしている途中ってすごく良いなと思っているから。写真なんかもそうだと思うんですが、「ここには無いけれど確かにあった一瞬」に“愛”を感じるんです。だから自分の作品も、日常の記憶の栞のように楽しんでほしいと思います。いろんな時間のなかに作品が存在することで、その一瞬に帰れると感じてほしい。

今、次の個展に向けて新作を作ったところです。『Mind and experiment』というタイトルなんですが、集大成というよりは僕が今こういうものに変わろうとしてるんだというのを正直に見せられたらと思いますね。

eternal moment(2023) 2021年から始まったシリーズで、様々な釉薬の色味によって展開。制作中に落としてへこんでしまったという偶然から生まれた。「人間も同じように少しへこんでしまっても、失敗を活かすことができるんです」
ロトスコープの亡霊(2023) マックス・フライシャーのアニメーション『Betty Boop:Snow-White』のワンシーンから引用。幽霊がダンスする姿をもとに、アニメーションという虚構の下にある人間の生命力を表現した

(出典/「2nd 2024年1月号 Vol.201」)

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